出演者が実体験を台本にして演じる『ワレワレのモロモロ』。劇団「ハイバイ」を主宰する岩井秀人さんが、全国各地で仕掛ける人気企画の新作公演が、8月8日から11日まで札幌の新劇場「ジョブキタ北八(きたはち)劇場」で、8月14日から18日まで東京・下北沢の「ザ・スズナリ」で相次いで開かれます。日常の悲喜こもごもから宗教3世問題まで、「ジョブキタ北八劇場」で滞在制作した短編4本をオムニバスで上演します。構成・演出・脚色の岩井さんと、出演者の1人で「ジョブキタ北八劇場」芸術監督の納谷真大(まさとも)さんのおふたりに、作り方の秘密や見どころについてお伺いしました。
ひどい目に合った話を集める理由
-『ワレワレのモロモロ』について紹介してください。
岩井「自分の身に起きたことをまず話して、それを基に台本を書き、本人役を演じる企画です。ぼく自身、16~20歳まで引きこもっていた経験を基に、作品をつくって演劇活動をスタートさせました。それ以来、家族のことを題材にしてきたので、みんなもできるのではと思って、15年ほど前から始めました。これまで高校や大学や劇場、就労継続支援施設など全国50ヵ所以上で時に講演会を織り交ぜながら、ワークショップを開いてきました。一般の人たちもいますが、参加者の多くが俳優やその卵の人たちです」
-引きこもり体験を題材にした作品とは、ハイバイの旗揚げ公演で上演した『ヒッキー・カンクーントルネード』(2003年初演)ですね。プロレスラーを夢見る引きこもり青年を描き、幾度も再演されています。前に見た時、おかしいけど切ない…不思議な余韻を覚えました。ワークショップではどんなことをやるのですか。
岩井「まず、車座になって「じゃあ、皆さん、ひどい目にあった話を教えて」と、聞いてスタートします。ハッピーな話はあまり面白くないので(笑)。ドラマは基本、不幸を見るものなのです。とは言っても、トラウマになっているような、つらい話を無理に話すのではなくて、人前で話したいと思う内容だけにしています。「こんなひどい目にあったんですよー」と言えるのは、自分の中ですでに客観視できている体験だと思うので。つまり、悲喜劇化された状態の話からつくっていきます。そうして集まった話を、今度は参加者のみんなと再現していきます。最初のうちは当事者が本人役を演じますが、何度かやっていきながら、やがて当事者の役を他の参加者に演じてもらって、当事者が外側から「自分の体験を見る」経験をします」
一人称の視点が変わるとき
-印象に残っているエピソードを教えてください。
岩井「父親のことを恨んでいた女性がいました。母親の具合が悪かったのに、「風邪をひいただけ」と父親から聞かされていて、ある時急に亡くなってしまった。その女性は「父にだまされた」と。でも、体調不良について娘にどう伝えるか、話し合う父母のシーンをみんなで演じてもらったんですよ。父と母で、「娘には心配をかけたくない」「言わないでおこう」とか。その場面を見た女性は、「確かにそういうやり取りがあったかもしれない。父親を恨むのはちょっと変な気がしてきた」と違う見方をするようになりました」
-『ワレワレのモロモロ』ならではの変化が起きたのですね。
岩井「それまで自分の主観でしか過去を見ていなかったのが、傍らから見ると別の視点が生まれる。俳優が演じたからこそ、想像力が膨らみ、リアリティーが出せたと思います」
-再現の後は、どうするのでしょうか。
岩井 「演劇作品にする場合は、当事者に1人称の1人語りとして書いてもらったテキストを基に、メールでやり取りを重ねながら、3~4ヵ月かけて台本に仕上げていきます。稽古に入ったら、通常の芝居と作り方は同じです」
-『札幌東京編』でも2023年11月に札幌で同様のワークショップが行われました。今回の公演の経緯について教えてください。
納谷 「ぼくはもともと岩井さんのファンで、作品をよく見てきました。それで「ジョブキタ北八劇場」に関わることになって、岩井さんにワークショップを開いてもらうことにしました。3日間で計4回やって延べ60人近い人たちに参加してくれました」
-今回上演される2作品は、そのワークショップから生まれました。そのうちの1本『恵比寿発札幌、仕方なき弁』は納谷さんご自身の作品です。岩井さんとの台本創作はいかがでしたか?
納谷「岩井さんからアドバイスをもらって変化していって、すごく勉強になりましたね。一例を挙げると、「わかるかい、母さん」というせりふが最初、あったんです。でも、岩井さんから「『母さん』に限定して呼びかけるのではなく、今の時代性を考えて別の言い方を考えてみませんか」と意見をもらって、お客さんに語りかけるスタイルになりました。僕の話はタイトルの通り、恵比寿に行って、笑うに笑えないあるヘマをしてしまう話なんですけど、「ハードボイルドにしてみれば」と言われました(笑)」
岩井「ヘマをする展開が待っているときには、ヘマが似合わない雰囲気のスタートにした方がいい。一番遠いのがハードボイルドかなと思って」
グチャグチャでチグハグなのが人生
-納谷さんの作品以外の3作品も紹介してください。
岩井「札幌発のもう1本が、数年前に演劇を始めたという南雲大輔さんの『アメリカで起業したら大変だった件』。単身渡米して超資本主義にぶち当たるストーリー。これを聞いたとき、どうしてもやりたいと思いました。東京発は次の2本。滝沢めぐみさんの『クローゼットのほとけさま』は宗教3世のお話です。信仰を持つ家庭に生まれ、家の中で普通に受け止めていたことが、一歩社会に出た途端にトンデモない居心地の悪さになってしまった様子が、丁寧に描かれています。もう1本の足立信彦さんの『僕の夢、社長からハト』は、俳優を目指して福岡から上京して、凄まじいだまされ方をするお話です」
-バラエティー豊かなラインアップですね。
岩井「みんなが知っておいた方がいいような、メッセージ性の強いお話があります。電車に乗り合わせた人たちにも、これぐらいのドラマがあったかもしれない。そんな感覚のお話もあれば、納谷さんの作品のように、本人にとっては大変だったけど、笑っちゃうようなお話も入っています。その両方を一緒に並べることが大事じゃないかな。どっちかだけじゃなくて悲喜こもごもなので、人生は。これこそが『ワレワレのモロモロ』ですよ。いろいろな人生があるので、なるべくグチャグチャな方がいい。その一貫していないところが演劇のいいところです」
-1本30分弱の作品をつないで上演します。札幌と東京から2作品ずつのオムニバスで、地域性は感じられましたか?
岩井「地域の特性は出そうで出なかったです。その代わり、時代性はメチャクチャ出ていると思います」
札幌の新たな演劇文化拠点から作品を発信
-7月下旬から約3週間、「ジョブキタ北八劇場」などで滞在制作して、本番を迎えます。この劇場について教えてください。
納谷「札幌駅北口から地下直結の再開発商業ビル2、3階に、今年5月にオープンした民間劇場です。最大226席の固定座席なので、座りやすくて見やすいと思います」
-岩井さんの印象は。
岩井 「とても見やすい劇場ですね。作り手も観る人も自然に出入りできて、動線がとてもいいと思いました」
-滞在制作では何を目指しますか。
岩井「この人の話をみんなに見せたい!と思った最初のインパクトを大事にしたい。その根っこを離さないようにして、広げられていくところを探していきたいですね」
-出演者は物語の当事者である納谷さん、足立さん、滝沢さん、南雲さん4人と、板垣雄亮さんの計5人の予定です。
岩井「本人以外の話にも出演してもらいます。お互いの人生のストーリーの登場人物を、お互いに補完し合う。そこでまた別のドラマが生まれるところも、『ワレワレのモロモロ』の特徴です。少人数だから面白くできる。1人何役を演じるのか、そういう無茶ぶりも含めて遊んでいけたら、と思っています」
納谷「初めて岩井さんとクリエーションができるし、誰かのリアルな話に飛び込めるのは、楽しみでしかないです」
-「ジョブキタ北八劇場」と札幌の演劇界にとって、今回の企画はどんなインパクトがあると思いますか?
納谷 「札幌の主な小劇場は、「ジョブキタ北八劇場」を含めて4ヵ所ぐらい。市内を拠点に100劇団ほどが活動しています。ちょうど7月13日から8月31日まで「札幌演劇シーズン2024」を開催中で、うちの劇場に触れてみたい人もかなり多いと感じています」
-「演劇シーズン」とは、札幌で生まれた良作をロングランで再演する演劇フェスティバルですね。「ジョブキタ北八劇場」も会場の1つになっています。新たな演劇文化の拠点としても期待を集めています。今後の展望をお話しください。
納谷「東京の作り手と一緒に、こんなに面白い作品が作れることを観ていただきたいです。これからも定期的に岩井さんとクリエーションできる体制を整えて、岩井さんの作品を上演してきたいですね。民間劇場ではなかなか難しいのですが、ロングラン公演できるようチャレンジしていきたいと考えています」
-『ワレワレのモロモロ』の今後の展開は。
岩井「ぼくは『ワレワレのモロモロ』というフォーマットを面白がってくれる人にやってほしい。納谷さんがやるのもいいなと思っています。今回は札幌と東京の両方で上演するので、また違った意味合いが生まれてくるのでないでしょうか」
一人称の実体験が演劇となって「他者」と出会うとき、どんなドラマが生まれるのでしょうか? ぜひ劇場で目撃してみてください。スケジュールの詳細は公式HPをご確認ください。
「誰もが一生に一冊、本が書ける」と聞いたことがあります。いろいろな人たちの『ワレワレのモロモロ』のストーリーを観てみたくなりました。