日生劇場にて開幕するミュージカル『Once』。2007年に公開されたアイルランド映画を元に2011年にミュージカル化され、トニー賞11部門ノミネート8部門受賞したヒット作です。日本では稲葉賀恵さんの演出のもと、京本大我さんが主演を務めます。開幕を前に囲み取材とゲネプロが行われました。
「味わったことのない余韻を」

囲み取材には、京本大我さん、saraさん、鶴見辰吾さん、斉藤由貴さん、演出の稲葉賀恵さんが登壇しました。
本作はブロードウェイ版の演出とは異なり、日本版の新演出として製作。稲葉さんは「音楽の多面的な素晴らしさを伝えたい」と演出のポイントを解説され、京本さんも「稲葉さんが本当に素敵な演出をしてくださっているので、そのメッセージや作品を届けられたら」と意気込みます。

京本さんはギターを9曲ほど披露するため、半年ほどの練習期間を経て稽古に臨まれました。「ギターの難易度が相当高くて、ギタリストの方に頼むべきなんじゃないかというくらい。正直心が折れかけた時も何度もあるんですけれど、音楽監督や一緒に演奏してくださる皆さんと、早い段階から練習する時間を作っていただいて、皆さんのおかげでなんとか今日まで来られた」と挑戦の日々を振り返りました。
また稲葉さんの演出については、「韓国で上演されていたブロードウェイ版演出の公演を観に行って勉強させてもらっていたので、映画やブロードウェイ版の印象が強かったのですが、稲葉さんの新しい演出プランを聞いた時、斬新さと、どんな『Once』になるんだろうと高揚したのを覚えています。稽古が始まってそれが具現化されていくにつれて、どんどんと作品の魅力、新解釈に自信がついてきて、早く観ていただきたいという気持ちになりましたし、観ていただいた方それぞれに気づく箇所、感じるポイントが違うんじゃないかというくらい、細部にこだわられた演出になっているので、見どころがたくさんあります」と魅力をアピールしました。

saraさんは「始まってから無我夢中で、あっという間にこの日が来たなという感じで。人生の色々なことが凝縮された作品なので、お客様を迎えてどういう感覚になるのか、作品がどうなっていくのか楽しみ」と想いを語りました。

斉藤由貴さんは「約2ヶ月という時間をお稽古に割けるのは、今の時代に贅沢なことだと思うんです。それだけ高みを目指そうという製作側の本気度ということなんだと思います。もの凄く素晴らしい作品だと断言できます。観終わった後に、言葉にならないような、何かに圧倒される作品なのではないかと感じています」と自信をのぞかせました。

鶴見辰吾さんは「多くの取材陣の皆様を前にして緊張感が高まってきてしまいました」と心境を明かしつつ、「ご覧になる方は、味わったことのない余韻を持ち帰ってくださると思うので、ぜひそれを楽しみにしていただきたい」とコメントしました。

稲葉さんは京本さんの印象について「アーティストとして、かなり面白い人ですね。自分自身と戦っている感じの方だなと思うんです。世界に対してちょっと挑発しているし、もがいているし、そういう人じゃないとものづくりはできないと思う。ものづくりをする上でかなり独特で刺激的な方ですし、ガイという役はもの凄く適役だと思いました。一緒にものづくりをする人間として、本当にわくわくするし、この方とだったらどこまででも飛べる、行けるところまで行けるという信頼感が不思議と最初からあった感じがします」と信頼を寄せました。
「つまずいても道は続いていく」
アイルランドの首都ダブリンの街角で、弾き語りをしている“ガイ”(京本大我さん)。貧しい暮らし、愛する彼女との別れ、音楽で評価されない日々。絶望に打ちひしがれ音楽を辞めようとした彼の元に、チェコ移民の“ガール”(saraさん)が現れます。

ガイが父親の店で掃除機修理をして働いていることを知り、少々強引に、掃除機修理を依頼するガール。その代金を「音楽で」払うと告げ、連れて行った楽器店で、ガイはギター、ガールはピアノを奏で、ガイの作った楽曲「Falling Slowly」を歌います。音楽を通して心を通わせていく2人。

ガールはガイが現状から抜け出せるよう、彼の楽曲をレコーディングすることを提案します。ガイを独特のペースで飲み込み、引っ張っていくガールでしたが、ガールもまた、大切な人と離れ、人生の躓きの中にいたのでした。

舞台上にはテーブルや椅子などの家具たちがキャストによって配置され、シンプルながら想像力を働かせるセットに。登場人物たちの距離感を現す盆(廻り舞台)も効果的に使用されています。ガールと彼女の家族・仲間たちはチェコ移民ということで、言語の違いを字幕で表現し、それが後半には美しくも切ない本作のキーポイントとなっていきます。

京本大我さんは暗闇の中で炎が揺らめいているようなガイの複雑な心情を、歌声で存分に表現。人生を諦めているが故に捻くれて見える前半から、ガールに出会うことで徐々に根底にある優しさが見えてくる様子が印象的でした。

saraさんはガールの奔放さをチャーミングに表現。ガイの才能を信じ、日の当たる場所に引っ張ろうとする力強さがありながらも、ガール自身の抱える孤独が見え隠れします。柔らかく儚い歌声に、本作の世界観との相性の良さを感じました。

アイルランド独特の音色も楽しめる本作。ミュージシャンたちが舞台上で音楽を奏で、時にキャストの分身のような存在に。

美しい照明の数々は音楽と共に“鳴っている”ように感じられ、アンサンブルキャストが音楽の盛り上がりに合わせて登場するなど、舞台全体で音楽を奏でている様子が感じられます。

ガイとガールを中心に、人生の再生を豊かな音楽と共に描いた本作。「つまずいても道は続いていく」。その意味をそっと噛み締め、心を温めてくれる作品です。

ミュージカル『Once』は2025年9月9日(火)から9月28日(日)まで日生劇場にて上演。10月4日(土)から5日(日)まで愛知・御園座、10月11日(土)から14日(火)まで大阪・梅田芸術劇場、10月20日(月)から26日(日)まで福岡・博多座にて上演が行われます。公式HPはこちら

誰しもが、苦しい時期に自分を救ってくれた音楽があるのではないでしょうか。本作はそんな音楽の力強さと温かさを感じさせてくれる作品で、最後には余韻と共に静かに涙が溢れていました。