10月7日(火)からシアタークリエで開幕する音楽劇『エノケン』。戦前・戦中・戦後と昭和の日本で“エノケン”の愛称で親しまれた喜劇俳優・榎本健一さんの波乱の人生を、又吉直樹さんが新作戯曲として書き下ろし・市村正親さん主演で描きます。開幕を前に囲み取材とゲネプロが行われました。
「何としてもお客さんに喜んでもらえるように」自身にも重なる喜劇役者エノケンを熱演
囲み取材には市村正親さん、松雪泰子さん、本田響矢さん、豊原功補さんが登壇しました。

榎本健一を演じる市村正親さんは出ずっぱりながら、冒頭でも「なんでこんなに頑張っちまったんだろう」という台詞を実感を持って言えるよう、1曲歌う予定から3曲に増やしたりと、「何としてもお客さんに喜んでもらえるように」という思いでご自身でも追い込みながら役作りをされたそう。
「自分に苦しみを与えて、苦しんでいる姿を見せる方が、エノケンの物語としては正しい方向なのかなという気がしました。ただ体が持つか…持たせます!」と市村さんのエネルギーが存分に注がれる作品であることが伺えます。

また本作はエノケンの舞台上の姿ではなく、家族や劇団員との交流がメインに描かれます。市村さんは「私生活や稽古場での姿、根底に流れている部分を又吉さんがしっかりと書いてくれたので、その部分をしっかりと演じていきたい」と語ります。
「歌って踊って芝居をして、映画もいっぱい撮っていますけれども、基本は舞台の人なので、そういう意味で言うと僕も歌って踊って、段々と膝が悪くなったり…エノケンさんはもっと酷い目に遭うんですけれど、そういうところは自分の実感としてやれるので。途中からエノケンなのか自分なのか、分からないような瞬間もあって。役者というのは自分の体験やイマジネーションを役に溶け込ませていく仕事なので、実感でやっている部分はかなりあります」と役柄とのリンクを語りました。

松雪泰子さんは花島喜世子と榎本よしゑ、エノケンを支えた2人の女性を演じます。「早替えがあるので物理的に大変」と明かしながら、「エノケンさんを見つめ続ける中、時間が変わっていく劇の面白さ。とにかく駆け抜ける」と意気込みます。

本田響矢さんはエノケンの息子・榎本鍈一と、劇団員の田島太一の2役を演じます。約7年ぶりの舞台出演ということで、稽古場では「たくさんメモしました」と多くの学びがあったよう。「スリッパのシーンでは昭和の笑いを学びました…詳しくは内緒です!見てのお楽しみで」とのこと。テンポの良い掛け合いが見られるシーンをお楽しみに。

豊原功補さんは座付き作家として舞台を支えた菊谷榮を演じます。本作が上演されるシアタークリエの前身である芸術座には、榎本健一さんも出演していたことを踏まえ、「台詞の中にもありますけれども、その方達が当時作っていたものが、何年経ってもその後の舞台にも影響を与えるということを実感しながら、できると良いなと思います」と思いを語りました。

「深刻な状況を笑いに変えてこそ」

1952年、48歳のエノケンこと榎本健一(市村正親さん)は、十八番のエノケン・ソングで観客を沸かせたのち、右足の激痛に襲われていました。エノケンを探してやってきた息子の鍈一(本田響矢さん)に、エノケンは思い出話を語ります。

遡ること20年以上前。浅草ではエノケンと共に、座付き作家の菊田一夫(小松利昌さん)、劇団員の田島太一(本田響矢さん)、絵描きから座付き作家に転じた菊谷榮(豊原功補さん)らが日々公演を行い、夜は居酒屋に集い、喜劇について語り合っていました。

エノケンの芸を愛する芸者のあい子(本名:よしゑ、松雪泰子さん)もエノケンらと行動を共にするようになりますが、家では妻で劇団の花形女優でもあった喜世子(松雪泰子さん)が幼い鍈一と共にエノケンの帰りを待っていました。
時代が戦争へと向かっていく中、エノケンが上演する劇にも検閲が入るように。それでも菊谷とエノケンは「こんな世の中だからこそ笑える舞台を」と舞台に情熱を注ぎ続けます。しかし、菊谷にも戦地への招集命令が来てしまい…。

本作には「東京節」「モンパパ」「私の青空」などエノケンのナンバーがバンドの生演奏とともに披露されます。さらに、又吉直樹さん作詞、和田俊輔さん作曲のオリジナル楽曲「夢や」も。エノケンが愛した音楽が、シアタークリエに響き渡ります。

また松雪泰子さんが幼い息子がいながらも家になかなか帰ってこないエノケンを支える妻・喜世子と、エノケンが出会った芸者で最後の伴侶となったよしゑの2役、本田響矢さんが病弱な息子・鍈一と元気が取り柄の劇団員の田島太一の2役を演じることで、対比的な2役が重なっていきます。演劇的で粋だと捉える人もいれば、「どちらにもなり得た」運命の悪戯に胸がつまる人もいるでしょう。

「日本の喜劇王」と謳われたエノケンですが、彼の人生には全てを諦めたくなるような壮絶な別れや喪失が何度もあり、エノケン自身も完璧とは言えない人間でした。それでも何度も立ち上がり、舞台に立ち、喜劇を届け続ける。戦争の世の中に笑いを届けたいという思いはもちろん、自分自身の過酷な人生にも、笑いが必要だったのかもしれません。

音楽劇『エノケン』は2025年10月7日(火)から26日(日)までシアタークリエ、11月1日(土)から9日(日)まで大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール、11月15日(土)16日(日)に佐賀・鳥栖市民文化会館 大ホール、11月22日(土)から24日(月・祝)まで愛知・名古屋文理大学文化フォーラム(稲沢市民会館)大ホール、11月28日(金)から30日(日)まで川越・ウェスタ川越 大ホールにて上演が行われます。公式HPはこちら

様々な過酷な運命に立ち向かい、舞台に立ち続けたエノケンは、内から溢れ出るエネルギーを感じる市村さんにとても重なって見えました。個人的には喜世子の立場を思うと非常に胸が苦しくなる作品でもありました。