11月23日(日祝)から東京芸術劇場 シアターイーストで上演される舞台『飛び立つ前に』。家族をテーマにした三部作『Le Père 父』『Le Fils 息子』『La Mère 母』を手がけたフロリアン・ゼレール氏の話題作に、岡本圭人さんが出演します。『Le Fils 息子』で初舞台を踏み、再演と『La Mère 母』で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞するなど、ゼレール作品と深い縁を重ねてきた岡本さん。俳優としての成長を重ねながら、演出家ラディスラス・ショラー氏との信頼関係のもと、どんな新たな表現を魅せてくれるのか。本作に挑む心境を伺いました。
今まで以上に謎めいた、余白を残した戯曲

−『飛び立つ前に』出演にあたっての思いをお聞かせください。
「フロリアン・ゼレールさんの作品を演出家のラッド(ラディスラス・ショラー)がまたやるということで、その作品には絶対に出たいという思いがありました。実は昨年、『Le Fils 息子』『La Mère 母』同時上演の際に、ラッドがフランスに帰る前に“こういう作品があるんだけれど出てくれる?”と声をかけてくれたんです。その時点で“もちろん”と答えていましたし、本作に出演する方々のお名前を聞いてもう絶対に出たいなと。橋爪功さんはずっと尊敬していて本当に凄いなと思っている方でしたし、橋爪さんや若村さん、皆さんと一緒に稽古ができて、舞台に立てるだけで凄く財産になると思ったので、どんな作品だったとしても出たいと思いました」
−作品の戯曲を読んでみていかがでしたか。
「これまで『Le Père 父』『Le Fils 息子』『La Mère 母』の3作が日本で上演されてきて、どれも普通の戯曲とは違う、謎が秘められている作品だなと思っていました。フロリアンはあまり多くを明かさず、お客様に想像していただく余白の多い作品を書くことが多いんです。『飛び立つ前に』は今まで以上にもっと謎めいていて、どんどん世界も変わっていくような作品で、戯曲を読んでいる時はよく分からなかった。でも稽古に入ってラッドの演出を聞いていて、“そういうことだったんだ”と理解していっています。お客様は舞台を観ていくうちに、その方の今までの経験や歩んできた人生によって解釈が変わってくるだろうし、そういった余白を残した作品だからこそ新たな演劇体験ができるんじゃないかと思います」
−本作は世界各国で上演されていますが、ラディスラス・ショラーさんが演出を手がけているのはフランス版と日本版のみですね。
「フロリアンの作品は人間の内面や家族の関係性を描いているので、万国共通のテーマではあるのですが、演出家のラッドは日本での上演を通して、フランスと日本のお客様の違いに驚いているようです。日本のお客様は凄く真摯に聞いてくれるし、作品を理解してくれようとするし、物語にしっかり入ってくれるという印象を持っていると言っていました。ラッドはフロリアンと親交が深く、一番の理解者であると思うので、フロリアンの世界観が一番出る演出なんじゃないかと思います。また作中には詩が出てくる場面もあるので、日本語の美しさを出せる作品でもあると思います」
“圭人ならできる”という言葉を信じて、驚くような佇まいを
−岡本さんが演じるポール役についての印象はいかがでしょうか。
「この作品は、橋爪さんが演じるアンドレ、若村さんが演じる妻のマドレーヌと、奥貫さん、前田さんが演じる2人の娘の家族の関係が描かれています。ポールは前田さんが演じるエリーズのフィアンセとして登場するのですが、戯曲には“男”としてしか書かれておらず、名前がついていません。ラッドからもどちらかというと役にあまり捉われないようにと言われていて、男という人物は作品の中でどんどん変わっていって、ポールだけでなく、他の役割を演じることもあります。時には台詞を全く話さずただそこにいる人にもなるし。あまり一貫性のない、リアリティから少し離れているような人物で、色々な面が見られるんじゃないかと思います。家族の中で起こっているものの中に嵐を巻き起こすような異質な人になる気がしています」
−稽古で役に取り組まれていてどのように感じられていますか。
「難しいですね。今までこういった役を演じたことがないので、今までとは違う役作りが必要になります。でもラッドが“圭人ならできる”と言ってくれたのでその言葉を信じて。そう言われると僕もなんだかできる気になってきますし、信じてもらっているからこそ、それ以上のものを返したい。演出家や他の役者さんが驚くような佇まいを表現できたら良いなと思っています」
−岡本さんはストレートプレイ初舞台が『Le Fils 息子』(2021年)で、2024年の再演にも出演し紀伊國屋演劇賞を受賞されています。1人の作家の作品と長く向き合っていて、ご自身の俳優としての変化を感じますか。
「まずこういうご縁をいただけることがありがたいです。初舞台の『Le Fils 息子』はもういっぱいいっぱいで大変だったんですけれども、3年後に同じ役と再会したときに、凄く皆さんから“成長したね、変わったね”と言っていただきました。『La Mère 母』(2024年)では『Le Fils 息子』で演じた思春期の息子の役よりも少し大人になった役で、『飛び立つ前に』ではさらに年上の男の役となります。作品やこのチームと出会うたびに自分も成長できている実感がありますし、先日の稽古の合間にもラッドと話していて、“違う人みたいだね、凄く落ち着いたね”と言っていただきました。自分としても毎回、より成長した自分を見せたいという気持ちになります。この間に経験したもの全てを詰め込んでやろうと思えるような環境にいられるのが、凄くありがたいです」
−ラディスラス・ショラーさんからの要求も高くなってきていますか?
「どうなんだろう。それは分からないんですけれど、もうご一緒するのが3度目なので、ラッドがフランス語で話していても何となく理解している気になっちゃうんですよね。それで通訳してくださる前に“分かった”と言っちゃうのですが、その後考えると“あれ、なんて言っていたんだろう”って我に返ります(笑)。細かい言葉の意味は分かっていないのですが、何となくコミュニケーションは出来ている感覚があるんです。前回までは英語で演出してくれる機会が多かったのですが、最近はフランス語が多くなっているので、僕がフランス語も分かっていると思っているのかな?(笑)ラッドとの関係性は深まっていると思うのですが、フランス語は分からないですね(笑)」
−橋爪さんの演技を間近で見ていていかがですか。
「凄いです。今のままでは絶対に追いつけないなと思いますし、何を考えながらやっていらっしゃるのか全く読めない。群を抜いて凄い役者さんだなと改めて実感しています。稽古で役を作り上げていく段階を毎日見させていただいていて、それ自体が凄く良い経験だなと思うので、もう本番に出られなくても良いと思っちゃうくらい(笑)。稽古でも本当に凄いのですが、本番になったらさらにギアを上げてこられると思うので、同じ舞台に立てるというのが本当に嬉しいです」
綿密に計算された繊細な作品を臨場感ある劇場で
−様々な作品に出演する中で、自身を更新していくために定期的にやられていることはありますか。
「舞台は本当によく観に行きますね。それは昔からだけれど、たくさん観に行ってインプットするようにしています。また少しでも休みがあればワークショップにも行きます。最近では、海外の演出家さんが来日して開かれるワークショップや、日本の映画監督の方が開くワークショップにも行きました。また、姿勢を綺麗に保ちたいという思いがあるのでジムにも定期的に通うようにしています」
−本作に入る前に準備されたことはありますか。
「翻訳検証ではないけれども、フランス版と英語版の原文を読んで、今回ドラマターグで入られている下平慶祐さんと翻訳の齋藤敦子さんと3人でセッションする時間がありました。ここはどういう意味なのかとか、この言葉はこう変えたほうが良いんじゃないかとか。やはり文字として翻訳するだけでなく、俳優の声から言葉を発することで新たな発見があることもあるので、一回読んで聞いてみていただいて、台詞を検証してみるというような準備期間が1〜2ヶ月ほどありました。海外の戯曲であれば、必ず原文は最初に当たるようにしています」
−東京公演の上演は東京芸術劇場 シアターイーストとなります。劇場と作品の相性についてはどう思われますか。
「凄く相性が良いと思いますし、贅沢だなと思います。橋爪さんの演技をあれだけ舞台と客席の距離が近い場所で観られるということはなかなかないと思いますし、凄く綿密に計算された繊細な作品になると思うので、シアターイーストという空間だからこそ見えるものがあると思います。また個人的にも様々な作品を子どもの頃から観てきた劇場なので、その舞台にまた立てるということが凄く嬉しいです」

舞台『飛び立つ前に』は2025年11月23日(日祝)から12月21日(日)まで東京芸術劇場 シアターイーストにて上演。その後、兵庫・島根・宮崎・秋田・富山公演が行われます。公式HPはこちら
家族という閉じた関係性に、岡本さん演じる“男”がどのような影響を与えてくれるのか、楽しみです。取材前は雨が心配な日だったのですが、撮影中に徐々に太陽が見え始め、綺麗な自然光が入った1枚が撮影できました。


















