20世紀初頭、アメリカの移民の約9割がやってきたと言われる激動の時代のニューヨークを描いたミュージカル『ラグタイム』。ユダヤ人、黒人、白人のそれぞれのルーツを持つ3つの家族が固い絆で結ばれ、差別や偏見に満ちた世界を変えていこうとする物語です。9月の上演を控え、製作会見リポートに石丸幹二さん、井上芳雄さん、安蘭けいさん、藤田俊太郎さんが登場。本作への深い想いが語られました。
「美しくて楽しくて心躍る音楽」と「胸を強く締め付けるような痛み」のある作品
娘の未来のため、ラトビアから移民としてアメリカにやってくるユダヤ人・ターテを演じる石丸幹二さん。石丸さんはブロードウェイで1998年頃に本作を観劇したことがあり、その頃から「自分が出てみたい」と感じていた作品だったのだそう。石丸さんを惹きつけた1番の魅力は、「音楽でした。外国人である私たちも音に心が動いていくんですね、まるでその国の人間のように。これを日本でやったら、皆さんどう反応するんだろうと思っていました」と語り、念願の出演であることを明かしました。
新しい音楽“ラグタイム”を奏で、新時代の到来を目指す黒人ピアニストのコールハウス・ウォーカー・Jr.を演じるのは、井上芳雄さん。「アメリカ的なミュージカルだと感じていて、そういったものは日本でなかなか上演されないパターンも多いので、今上演できるというニュースはいちミュージカルファンとしても幸せなことでした」と日本上演の喜びを語り、「日本で、僕たちでやる意味がたくさんあるはず」だと意気込みます。
現在井上さんが出演中の『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』は8月末まで上演、『ラグタイム』は9月9日に初日を迎えるハードスケジュール。「どんな形でも良いから関わりたい」という井上さんの熱望で出演が叶ったそうですが、「歌舞伎俳優並みのスケジュールになっていて(笑)。『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』はサティーンの物語だしWキャストだから大丈夫かなとか、『ラグタイム』は3つの人種がそれぞれ描かれるうちの1人だし大丈夫かなとか、甘い考えで突入したらどちらもありがたいことに重要な役回りで。この夏は燃え尽きる思いで、でも幸せな気持ちで日々本番と稽古をやらせてもらっています」と、目まぐるしい日々を過ごされているようです。
正義感に溢れ、人種の偏見を持たない裕福な白人家庭の母親マザー役を務めるのは、安蘭けいさん。石丸幹二さんとは『スカーレット・ピンパーネル』『蜘蛛女のキス』で共演しており、「幹二さんの稽古場でのスタイルを凄く尊敬していますし、舞台上でも信頼感があって、またご一緒できると聞いて絶対に良い作品になるなと感じました。芳雄くんとは一度共演したことはあるのですが、ミュージカルは初めてなのでとても楽しみです。藤田俊太郎さんとは蜷川幸雄さん演出の舞台に出演した時に演出助手でいらっしゃったので、今回演出を受けられることがとても嬉しいです」とカンパニーへの期待を語ります。
演出家・藤田俊太郎さんは本作について「とても美しくて楽しくて心躍る音楽に溢れた、そして胸を強く締め付けるような痛みを伴った素晴らしい作品」だと表現。
「20年以上にわたって演劇やミュージカルに関わっていると震えるような瞬間がやってくると思うのですが、『ラグタイム』の演出が決まった時は震えるような思いになりました。本作の戯曲もスコアも知っていたので、これを自分が演出できるんだという震えがあって。さらに素晴らしいキャスト・スタッフ・ミュージシャンの皆さんとご一緒できると分かった時に2度目の震えが来ました。そして、稽古でのスタッフのあまりの熱量にまた震えています。1つの作品でこんなに震えることはないので、初日には4つ目の震えがやってくるんじゃないのかなと楽しみに、身を引き締めながら過ごしています」と期待を語りました。
また、石丸幹二さんと井上芳雄さんは、ミュージカル作品初共演。井上さんは「僕にとっては石丸幹二になるために頑張ってきたくらい憧れで、大学の文科の先輩でもあり、ミュージカル以外の分野でも活躍されているという部分でも背中を追っている存在なのですが、なかなかご一緒する機会がなかったんです。石丸さんに断られているんじゃないかと思うくらい(笑)。やっと共演できて、今回は稽古場でも色々と勉強するのを楽しみにしています」と共演の喜びを語ります。
石丸さんも「どんなうねりが生まれるのか非常に楽しみ」としつつも、あまり歌での絡みはないそう。ただ藤田さんは「ターテという役は引いた場所でこの作品を見ている・聞いているという役割を持っているので、シンクロしていく場面はあると思います。台本にはないけれども台本からはみ出してはいない絡みを作るというのもこの作品の僕の仕事ではないかなと思っているので。日本初演版として、3人の絡みを作っていきたい」とコメントしました。
ユダヤ人・黒人・白人の“音楽”が描かれ、融合していく『ラグタイム』
石丸さんは本作の音楽について、「ブロードウェイで冒頭のタイトルソング「ラグタイム」を見た時、震えが止まりませんでした。ミュージカルは冒頭が勝負だと改めて感じましたし、次々と色々な民族の人々が登場して融合していく、音楽と演技がものすごくマッチしているんです。音楽に色々な答えがあると感じました。今回、音楽監督の江草啓太さんがラグタイムとは何かを分解してくださって、1つ1つの音にそれぞれのバックボーンが現れていることが分かるとまた震えて。3つの民族で全く違う音楽があって、その並びも非常に考えられている。歌ってみると、ユダヤ人のターテの音楽は非常に独特で難解で、振付もユダヤ人らしい動きが付いてくるので、そこも楽しめると思います」と魅力を語ります。
井上さんは「良い曲ばかりですし、ただ良い曲なのではなく、それぞれの信念が貫かれていて、それが1つの作品にまとまっているということが名作なのだなと思っています。タイトルからして音楽のジャンルの名前が付いているのも大きいなと。まさに“ラグタイム”というものがこの作品のテーマであり、僕たち人間が目指したい道のヒントになる。とても音楽的な作品ですね」と語り、安蘭さんは「白人の音楽は3拍子で表現されていて、私が歌う楽曲は全て3拍子なのですが、少しずつターテに気持ちが向いていくと4拍子が入ってくる場面があって、音楽を読み解いていくととても面白いです」と、それぞれの役柄において音楽の深みを追求していることを語りました。
日本初演の演出プランについて藤田さんは、「ユダヤ・黒人・白人と3つの家族が出てきますので、それをどう表現をし分けながら融合していくかは演出のテーマになっています。ただちょっと観点を変えて、ターテは切り絵アーティストであるということ。移民としてアメリカにやってきて、切り絵アーティストとして切り絵を繋げるペーパーブック、映画の原型を作り、それから映画監督になっていくという役なので、そこから着想を得ました。また演出としてもう1つ重要なのは、20世紀初頭を生きた当時の人たちと、今生きている俳優の皆さんがどうシンクロしていくか。例えばターテが切り絵を切ると、当時の写真になったり、そこから切り絵が動き出すと今のカンパニーの俳優になって演じていったり…そんな演出を考えています」と構想を語りました。
また石丸幹二さんは蜷川幸雄さん演出、9時間にもわたる舞台『コースト・オブ・ユートピア』で当時演出助手だった藤田さんとご一緒していることを踏まえて、「あの作品で蜷川さんから蜷川イズムを浴びて、こういう世界観、こういう準備の仕方、こういう取り組み方で俳優は蜷川さんのパレットに乗って踊るんだと体感したんですね。それを今回の藤田さんに感じるのですが、意識する問題ではないかもしれないけれど、蜷川イズムの影響はあるものでしょうか?」と質問。
藤田さんは「ものすごくありますね。僕の中で蜷川イズムは“構成力”と思っていて、各セクションの方々と作品をどう創り上げていくか、現場の皆さんと対峙していく上で“構成力”はイズムとして持っています」と答えると、「蜷川さんにまた会ったような気持ちになるんです。作品や役者への愛をものすごく感じるので」と石丸さんがコメント。
「それは嬉しいですね。究極、どれだけ作品を愛しているかだと思うので。それは蜷川さんから受け継いだもの。ただ僕はカリスマの現場を知っているけれど、カリスマではないので、僕なりに役者を愛するやり方を作っていくことがイズムを継承することになるのだと思います」と藤田さんらしさも交えた現場づくりが行われていることが語られました。
最後に、4名から本作への想いが語られました。
安蘭けいさん「今、多様化と謳われている時代ですけれども、まだまだ差別がある中で、この作品を見て改めて差別とは何なのか、それぞれ見てくださった方がもう一度考え直せる機会になれば良いなと思っています。愛が詰まった作品にしたいと思います」
井上芳雄さん「演劇が持つ使命の1つとして、過去の歴史を今のお客さんと共有するという側面があると思うので、そういう意味でもとても重要な作品であり、それをミュージカルでお届けることがさらに僕にとっては大事なことかなと思います。僕は井上ひさしさんの作品が好きなのですが、井上ひさしさんの作品も過去に起こったことを演劇としてエンターテイメントとしてどう届けるかということをずっとやっていて。また劇場はユートピアだ、夢を見るゆりかごだと井上さんは仰っていて、この作品でターテが最後に見る夢は理想郷かもしれないけれど、そのイメージをしっかり持って僕らはここから進んでいかないといけないと思うので、そういう意味でも大事な作品になっていると思います」
石丸幹二さん「私が演じるターテという役は、凄くチャップリンと被るんですね。チャップリンはまさに映画を普及させていった人、ターテもペーパーブックから映画の世界に入っていった人で、映画というものを使いながら世の中に伝えていくということは身近な存在に感じています。今はAIが世の中を席巻していますが、この作品の舞台となった当時も新しいものに翻弄されながらそれを乗り越えていて、我々もどうやって乗り越えるのか、また新たな夢を持つのか、この作品で提示していけると思う。だから他人事ではなくて、世の中と向き合った作品をお届けできる社会派ミュージカルになりますので、皆さんご期待ください」
藤田俊太郎さん「この作品は分断というのが描かれていますが、それ以上に音楽の喜び、他者とものを創る喜びがある作品です。図らずもタンテは映画監督ですから、映画を見るお客さんがいるわけですよね。それが作品を見るお客さんとシンクロしていくというのがこの作品の最終着地点になるのではないかと思います。それをこの素晴らしいカンパニーとお客さんと作れることを楽しみにしています」
ミュージカル『ラグタイム』は9月9日(土)から30日(土)まで東京・日生劇場にて上演。10月には大阪・愛知公演が上演されます。公式HPはこちら
本作は人種の違いを描く作品でもありますが、藤田さんは「肌の色の外見の変化では(違いは)つけないです。でも衣装や身体の動き、言葉で、明確に分かるようにお客さんに渡していくようにします」とコメント。身体表現も大きなキーポイントとなりそうです。