現代イギリス演劇を代表する劇作家の1人、キャリル・チャーチルさんの2作品を同時上演するBunkamura Production 2024/DISCOVER WORLD THEATRE vol.14『A Number―数』『What If If Only―もしも もしせめて』。本作に出演する堤真一さん・瀬戸康史さん、大東駿介さん・浅野和之さんが初日前会見と公開ゲネプロに臨みました。

「人間としての課題が浮かび上がってくる」「短い永遠のような時間」

優れた海外戯曲を今日的な視点で上演するDISCOVER WORLD THEATRE(DWT)シリーズの第14弾として上演されるのは、現代イギリス演劇を代表する劇作家の1人、キャリル・チャーチルさんの2作品『A Number―数』と『What If If Only―もしも もしせめて』。DWTシリーズで『るつぼ』『民衆の敵』『ウェンディ&ピーターパン』を手がけたジョナサン・マンビィさんが演出を手がけます。

『A Number―数』はクローンを作ることが可能になった近未来を舞台にした父と息子の物語で、2002年に初演、2022年にローレンス・オリヴィエ賞リバイバル部門にノミネート。DWTシリーズのマンビィ演出作品3作全てに出演してきた堤真一さんと、堤さんと初共演、マンビィ演出公演に初出演となる瀬戸康史さんが親子を演じます。

『What If If Only―もしも もしせめて』は2021年に上演されたチャーチルの最新作で、日本で上演されるのは初めて。愛する人を失い苦しむ“某氏”を大東駿介さん、“未来”と“現在”を浅野和之さん、“幼き未来”をポピエルマレック健太朗さん・涌澤昊生さんのWキャストで演じます。

『A Number―数』が60分ほどの作品なのに対して、『What If If Only―もしも もしせめて』の上演時間は約20分。囲み取材では堤さん・瀬戸さんが「もっと稽古をしていたい」「あと半月くらい稽古があってもよかった」と口を揃える一方で、大東さんは「僕たちは十分にやったので、出し切りました」と対照的な反応。

短い上演時間ながら、大東さんは「“某氏”にとって大切な人を失った悲しみを描いているので、短い永遠のような時間、そんなお芝居です。僕自身、この台本を頂いた時点で、この作品に出会えるなんて本当にありがたいな、奇跡のような体験をさせてもらっているなと思うくらい、素晴らしい作品に出会えました。出ていなくても3回くらい観に行っているんじゃないかな。でも出ている方が嬉しいです」と作品への想いを語ります。

浅野さんは「見どころとしては、(浅野さんが)出てくるシーンが楽しいかな。少しわかりにくいなと思うところもあったりするかもしれませんけれど、何か感じていただければ一番良いんじゃないかなと。あまり頭を使ってみようと思わずに、感じていただければそれで良いと思っております」とコメント。

『A Number―数』に出演する堤さん・瀬戸さんは本作の題材となるクローンについて、大学の教授の講義を受けて勉強をされたそう。大東さんもこの講義を一緒に受け、「自分たちの作品にも繋がるところがあって、この2作品が同時上演されるのは今回が初めてなので、2つが寄り添うようにある作品であるというのは凄いなと感じられたのが面白かったです」と語ります。『What If If Only―もしも もしせめて』に出演する大東さん・浅野さんは、心理学の講義を受け、深い悲しみを受けた人間の感情の段階について学ばれたそうです。

題材について学ぶ期間を経て、稽古に臨まれた皆さん。演出家のジョナサン・マンビィさんについて瀬戸さんは、「台詞が途中から始まったりするのですが、その前にどのような会話をしていたのか、そのシーンが終わった後に彼らはどうなっていたのかというところを紐解いていく作業があって、そのお陰で凄く作品を理解することができました。僕の役では一瞬妻について話す場面があるのですが、マンビィさんが妻に名前をつけてくれて、それによって具体的に妻の存在が浮かび上がってきて。次の作品からもそうやろうと思えるような演出が多かったです」と振り返ります。

大東さんも“某氏”という名前のない役柄だったため、名前をつけて理解を深めたそう。また大東さんは妻の名前をつけただけでなく、ワークショップで妻役の女優さんに来てもらい、買い物に行くなど2人の生活を想像する時間を過ごしたそうです。「失われた時間というのを凄く丁寧に稽古中にやらせて頂いて、本当にありがたかったです。あとマンビィさんは紳士で、人との接し方を学びました。演劇をやっていたら色々な意見や解釈が出てくるんですけれど、否定せえへんし、“確かにそれもあるね。それを一度試してみよう”とお話ししてくれて、子どもにそういう風に話そうって…(笑)。本当に学ばせていただきました」と、マンビィさんの人柄が伝わるエピソードを話してくださいました。

また堤さんは本作について、「クローンというのが全面的に出ている感じがするんですけれども、それよりも人間とは何か、自分とは何かという部分や、過去に犯した罪を抱えながら生きていく中で、なぜそれが許されないのか、そういった人間としての課題が浮かび上がってくる作品だと思います。見る人の立場や年齢によっても見え方の変わる作品だと思うので、一見難しそうなテーマだと思うかもしれないですけれど、肩肘張らずに見に来ていただければ嬉しいです」と語りました。

「私はとても優しいとは言えない」『What If If Only―もしも もしせめて』

愛する人を失い、苦しみの中にいる某氏。もしもせめてあのとき、ああしていたら。もしせめてあのとき、ああしていなかったら。愛する人にどんなに呼びかけても、その人に会える未来はもう二度とやってこない。

悲しみに暮れる某氏(大東駿介さん)の前には、浅野和之さん演じる“”現在”が現れ、「私はとても優しいとは言えない」「戦争はなくなると約束した未来はどれも死んだ」と語りかけます。

舞台は箱の数々が空中に吊るされ、舞台中央に置かれた大きな箱の中にあるキッチン・ダイニングで、某氏と“現在”の会話は繰り広げられます。会話は1人の家族の物語から、世界の過去・現在・未来の物語へ。

20分という短い時間に怒涛の勢いで出てくる、起きなかった世界線の“未来”、どうにもできない“現在”、そしてやがて来る“幼き未来”。映像も駆使したファンタジックな世界に捉われているうちにあっという間に終幕。大東さん、浅野さんの言葉の応酬に惹き込まれます。一言も聞き漏らさないよう、“現在”と“未来”のジェットコースターに振り落とされないよう、耳を澄ませて堪能したい作品です。

「僕たちは誰もオリジナルじゃない」『What If If Only―もしも もしせめて』

バーナードはある日、自分にはかなりの“数”のクローンがいることを知ります。ショックを受ける彼に、「自分は何も知らない」と弁明する父親ソルター。しかし「僕たちは誰もオリジナルじゃない、と言われた」と言うバーナードに、ソルターは重い口を開きます。彼にはかつて息子がいて、そのクローンが現在のバーナードなのだと。

別の日、オリジナルのバーナードと向かい合うソルター。オリジナルのバーナードは、冒頭で現れたクローンのバーナードとは全く異なる空気を纏い、激しい口調でソルターを責めたてます。

ソルターはなぜ、息子のクローンを作り出したのか。自分は“オリジナル”ではないと知ったバーナードの運命は。

堤真一さんは、どうしようもないダメな父親ソルターを好演。自分がクローンだということにショックを受ける息子に対して、ソルターは「病院が勝手に細胞を盗んで違法なコピーを作ったに違いない」と言い張り、病院を訴えて大金をせしめようとまでします。彼には全く共感出来ない…と思うほどの人物ながらも、物語が進むにつれ、過去をやり直せたらと願う人間らしい姿が見えてくるのは、堤さんによるキャラクター描写に愛らしさがあるからでしょう。

瀬戸康史さんは、場面が変わるたびに、同じ風貌でも全く異なる数々のバーナードを演じていきます。自分にコピーがいる。そう知った時の反応も、クローンとは言え人それぞれです。

どんなに同じに見えても、時代が違えば、文化や環境が違えば、全く異なる人間になっていく。それでもやはり、“コピー”であることを知れば、自我が崩れていく。そんな様を淡々と、時には声を出して笑えるようなコミカルなシーンも盛り込みながら描いていく作品です。

そして『What If If Only―もしも もしせめて』と同時上演されることで、本作もまた、過去を嘆き、どうしようもない現在を生き、それでも未来に向かう人々の物語なのだと感じさせられます。

撮影:山本春花

『A Number―数』『What If If Only―もしも もしせめて』は9月10日(火)から29日(日)まで世田谷パブリックシアターにて上演。10月4日(金)から7日(月)まで大阪・森ノ宮ピロティホール、10月12日(土)から14日(月・祝)まで福岡・キャナルシティ劇場にて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

この2作品が同時に上演されるのは今回が初めてであり、マンビィさんがチャーチルさんに上演を熱望して実現したのだそう。そのため、チャーチルさんも日本で観劇したいと仰っているのだとか。チャーチルさんは現在86歳で実際に来日が叶うかは未定とのことですが、それだけチャーチルさんも関心を寄せている公演のようです。