12月9日から日生劇場にて開幕する『天保十二年のシェイクスピア』。井上ひさしさんがシェイクスピア37作品と江戸末期の人気講談「天保水滸伝」を織り込んで描いた傑作戯曲です。2020年の公演から続投でお光とおさちの2役を演じる唯月ふうかさんに本作の魅力と意気込みを伺いました。

自分が自分の一番の味方、と教えてくれる作品

−再演が決まった時の心境はいかがでしたか。
「2020年の公演では不完全燃焼で終わってしまい(コロナ禍で一部公演中止)、またチャンスをいただきたいなと思っていたので、ついに来たかと思いました。再演を待ち望みながらも、自分の中でもかなり大変であり、やりがいのある作品だったので、再びこの日がやってくると思うと身の引き締まる思いでした」

−再び本作に触れてみて、作品のどんな部分に魅力を感じますか?
「井上ひさしさんが50年前に書かれた作品ですが、今の時代に刺さる言葉や、共感できる言葉がたくさん散りばめられているので、言葉の力って凄いんだなと改めて感じることのできる作品です。例えばおさちは浦井健治さん演じる三世次に“あなたを殺す殺し屋はあなた以外にいない”と言って鏡を突きつけ、三世次は初めて自分の醜さを目の当たりにします。この言葉も裏を返すと、“自分が自分の一番の味方だよ、自分を守れるのは自分しかいないんだよ”と言っているようにも感じられて。そう思うと自分の中で強くなれた言葉ですし、そういった深いメッセージが込められた作品だなと感じます」

−唯月さんはお光とおさちの2役を演じられますが、それぞれの役柄について教えてください。
「お光はずっと賭博の世界で生きてきたので、光を見つけたいという思いがあったのではないかなと思っています。復讐のために賭博の世界に戻ってくるんですけれども、誰かを助けるために復讐をしたいという強い気持ちを持っている人として説得力を持たせられるよう、かっこよさや、剣のさばきを研究していきたいと思います。おさちは穏やかで水の中で浮いているような清らかな部分がありますが、最終的には彼女も復讐を成し遂げます。2人とも芯の強さ、意思の強さ、女性としての強さがある人物であり、それが作品でも重要な役割となってくるので、しっかりと表現していきたいです」

−初演でお光とおさちを演じた時はいかがでしたか。
「自分の中に賭博師の部分や、戦いの部分っていうのが見当たらなくて、どちらかというとおさちのように緩やかに生きている人だったので、自分の中の2人に近しい部分を見つけることがなかなか難しかったんですけども、先輩方や演出家の藤田俊太郎さんのサポートを受けて、なんとか形にすることができました。今回はより表情や所作で、2人の人物を瞬時に切り替えていけるようにしたいです」

−演出家の藤田俊太郎さんとは、役柄についてどんなことをお話しされていますか。
「お光とおさちは20歳なんですけれども、当時の平均寿命から考えると、今の20歳よりも大人な部分をたくさん持っていたと思うので、今の私の28歳という年齢が2人を演じる適齢期なんじゃないかとお話をいただきました。ですから、より生々しく、人間味溢れる2人でやっても良いのではないかと言われて、確かに私自身、4年前に台本を読んだ時とは刺さる部分も変わってきているので、今の年齢だから演じられる2人を見つけていきたいと思っています」

「お客様が考える余白を作る」演出

−藤田さんは空間を立体的に使う印象があり、本作の初演でもそれを感じたのですが、唯月さんは藤田さんの演出についてどう感じられていますか?
「全てを私達が作り上げるのではなく、あえてお客様が考える余白を作るというのが、藤田さんが演出する作品の好きな部分です。特に本作はシェイクスピアの作品や言葉が散りばめられている中で、お客様が考える時間を作っているので、それが凄いなと感じますし、それを届ける立場であることが光栄です」

−宮川彬良さんが手がける音楽についてはいかがでしょうか。
「この作品では様々なジャンルの楽曲が使用されていて、悲しいシーンや重いシーンなのに楽曲は明るいといった意外性もあります。また登場人物が歌う曲のリプライズが伏線のように様々なシーンで使用されているので、歌っている部分だけでなく、芝居の後ろで流れている音楽にも注目してもらいたいです。歌う立場としては、美しいメロディーの中で歌い上げすぎず、言葉を明確に伝えなければならないので、凄く難しい楽曲が多いです」

−きじるしの王次役の大貫勇輔さんについてはどのような印象をお持ちですか?
「大貫さんとはミュージカル『ピーター・パン』でピーター・パンとフック船長としてご一緒していたので、今回は恋に落ちる役柄というのがむずがゆいというか、恥ずかしいです(笑)。でも大貫さんは凄くダイナミックな動きが素敵ですし、お芝居も素晴らしいので、胸に飛び込んで一緒にやっていければと思います」

−佐渡の三世次役の浦井健治さんはいかがですか?
「前回は王次役で、カリスマ性や出てきた瞬間の華のある方で、まさに王子のような方だなと思っていました。今回は三世次という全く異なる役柄を演じられ、私が復讐を仕掛ける相手でもあるので、浦井さんと信頼関係を築いて、濃く細かくお芝居の部分を組み立てていきたいと思っています。浦井さんご自身の中に闇のオーラって全然ない印象なので、それがどういうふうに変身していくんだろうと楽しみです」

−2020年の初演から4年が経ち、作品から受け取る印象も変わりそうですよね。
「以前は言いたいことがあっても言えないことが多かったように思うのですが、今はSNSがあって、声を上げる人たちも増えたなと感じています。この作品でも三世次を筆頭に成り上がっていく、下剋上を果たしていくという要素が散りばめられているので、より現実的に観て頂けるのではないかと思います」

作品の中で耳心地のいい声になるよう“役の声”を探す

−唯月さんはどんな作品・役でも安定感がありながら、お声や可愛らしさといった個性も感じられます。様々な役を演じる上で、大事にされていることはありますか?
「声を褒めていただいて嬉しいのですが、声が他の人よりもちょっと特徴的なので、作品の中で耳心地のいい声になるように、まず“役の声”を探すところから始まります。作品の中でしっかり馴染めるような声を見つけるというのが、自分の中で一番大事にしていることです。あとはシーンごとに自分がどの立ち位置なのか、どの方がそのシーンの主役なのか、役の関係性を1つずつ探っていくということです。小さな努力の積み重ねが凄く大事なお仕事だと思うので、サボらずにコツコツとやっていけるよう、いつも自分のお尻を叩いてやっています」

−役作りは、ご自身との共通点から探っていくことが多いですか?
「明るい役柄だと自分と近い部分が多いので、自分の中から見つけることが多いんですけれども、今回のお光とおさちや、『レ・ミゼラブル』のエポニーヌなどは、自分とは異なる境遇や違う一面を持っているので、まずは形から入ります。歩き方とか座り方とか、凄く簡単なことなのですが、形から入っていくと自然と中身も少しずつ意識していけるタイプです」

−ミュージカル『ハウ・トゥ・サクシード』では再演に参加され、初演とは全く異なるチャーミングなキャラクターになったことが印象的でした。
「前の方が演じている役をやるという機会がもの凄く多い世界なので、以前は“この役はこうしなきゃ”という先入観があったのですが、ここ数年であえて意識をしないということを覚えられるようになりました。1人か2人は自分がやったことを良いと思ってくれる人がいるよね、と思いながらやると、リラックスした気持ちで挑めますし、そのおかげで緊張も減ったと思います」

−『SPY×FAMILY』や『四月は君の嘘』は原作漫画やアニメがあり、役柄のイメージを持っている方が多い中で演じる必要がありましたよね。
「そうですね。でもそういった役は、アニメの声や漫画でのキャラクターの癖を見よう見まねでやるところから入って、役作りをしていました。『SPY×FAMILY』では舞台に上がる前に、一番ヨルさんっぽいなと自分が感じたアニメのシーンを見て、チューニングをしていましたね。声優さんも愛を込めて役の声を吹き込まれていますし、お客様もその役の像があると思うので、それに敬意を払いながらも、ミュージカルとしての私が演じる役を受け取ってもらえたら、という思いでやっていました」

撮影:山本春花
衣装:Fumiku(インナー、トップス、スカート)、agete(イヤリング、ネックレス、リング)、RANDA(シューズ)

−最後に、『天保十二年のシェイクスピア』でお客様にどのようなことを感じてもらいたいですか。
「藤田さんとお話ししていた時、“この作品は、生きている喜びは皆さんにありますか、という問いかけです”と仰ったんです。それがとても衝撃で、私自身もまだ理解しきれていないのですが、それをお客様にドンとメッセージとして届けられるよう、意識していきたいと思います。ただこの作品のタイトルから難しい作品なのかなと構えている方もいると思うのですが、クスッと笑えるシーンもありますし、色々なジャンルの楽曲もありますし、心から楽しめる作品だと思っているので、純粋に楽しんでいただけたら嬉しいです。ぜひ3時間30分の“お祭り”を楽しんでください」

『天保十二年のシェイクスピア』は2024年12月9日(月)から29日(日)まで日生劇場にて上演。その後、大阪・福岡・富山・愛知での全国公演が行われます。公式HPはこちら

Yurika

2役に挑む唯月さんに、普段の柔らかい雰囲気をたっぷり感じられるお写真と、クールな白黒写真を撮影させて頂きました。インタビュー中もとっても楽しくお話しいただき、妖精のような雰囲気に編集部一同、メロメロでした。シェイクスピア作品の登場人物が次々に登場し、遊び心溢れる『天保十二年のシェイクスピア』。中でも重要な役柄を演じる唯月さんが再演でどう演じていくか、楽しみです!