イギリス演劇界の奇才サイモン・スティーヴンスによる衝撃作を、上村聡史さんの演出で上演する『スリー・キングダムス Three Kingdoms』。猟奇的な殺人事件を捜査する主人公のイギリス人刑事イグネイシアスを演じる伊礼彼方さんに本作の魅力を伺いました。

誰しもが無関係ではいられない。攻めた作品を今、新国立劇場で

−本作で最初に惹かれたのはどんな部分でしたか?
「ミステリー、サスペンス、不条理劇というのは僕が好きな要素なので、そこにまず惹かれました。台本を読んでみると、何度も同じ言葉を繰り返したり、見慣れない横文字があったりして難しい部分もありましたが、段々と作品の描く背景が見えてきて一気に読み進めました。海外での上演の情報を調べてみると賛否両論、色々な意見が分かれているんだなと思いながら、そこで得た情報も台本に紐づけて改めて読んだら合致する部分もあって。気がついたら読み始めてから2時間くらい経っていて、非常に惹かれる作品でした」

−ヨーロッパにはびこる犯罪を取り上げ、現代社会の闇に深く切り込んだ作品となっており、イギリスでの上演では賛否両論が生まれたそうですね。
「台本を読んでいて、こういった問題というのは、誰しもが無関係ではいられないものだと気づかされる瞬間がありました。ドイツなどでは社会問題に切り込む演劇を上演することは案外普通のことだそうです。日本でもかつて社会運動と演劇は密接に関係していましたが、今の日本ではそういったテーマの作品はなかなか取り上げにくい。そういった中で、この作品を選んだ新国立劇場と上村さんはかなり攻めているなと思います」

−本作は舞台がイギリスからドイツ、さらにエストニアへと広がり、3カ国の言語が入り混じる様子が描かれます。特にイグネイシアスはイギリス人の同僚にドイツ語を通訳する場面がありますね。
「イギリスの上演では、俳優も3カ国から集まり、字幕を使って3言語が入り混じる演出になったと聞いています。日本ではそういった演出にはならないと思うのですが、日本人はこれまでも海外作品の翻訳劇というものを数多く経験している分、視覚的・聴覚的にその違いを作れなくても、空気感を作ることに長けていると思うので、上村さんがどう演出されるのかが楽しみです。先日上村さんが演出された『みんな鳥になって』でも各キャラクターの空気感がちゃんと伝わってきましたし、役者1人1人が自分の中に落とし込んでいることを感じられたので、今回の『スリー・キングダムス』でもそんなクリエーションができるのではないかと期待が高まっています。イグネイシアスについても通訳の仕方や、扱う言語によって、彼の内面が見え隠れすると良いなと思います」

完璧に見える刑事イグネイシアスの仮面が剥がれていく

−現時点で、イグネイシアスはどんな人物だと捉えていますか。
「表向きは凄く完璧な人物ですね。清楚で、学歴があり、知識もある刑事です。凄く隙のない人物として意図的に描かれているように思います。けれども、国を越えて事件を追っていくにつれて、彼が纏っている仮面が剥がれ落ちていく。気付かないうちに沼に引きずり込まれていくように見えるんですけれども、彼が意図的だったのか、無自覚だったのかによってもお客様の捉え方が変わってくるだろうなと思います。そこは上村さんと相談しながら作っていきたいです」

−正義の中に狂気がある人物は魅力的なキャラクターですし、伊礼さんがこれまで演じてきた役柄にも共通する部分があるように感じました。
「そうですね、普段は物語を動かす悪役のような役柄が多いのですが、そういう役をする時は、悪く書かれている役ほどその中に正義を見つけるようにするんです。正義からくるものでなければ、深みが出ないと思うから。
反対に、例えばもし僕が『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャンを演じるとしたら、彼の闇の部分を見つけて演じようと思います。コゼットを守って次の世代に繋いでいくというのは、天国に行くため、ある意味自分を正当化するための理由としても捉えられます。そうしなければ生きていけないほど過酷な状況だった。そう理解すると演じやすくなるんじゃないかと思うんです。
今回のイグネイシアスは、清楚で正義感溢れる人間が、気がついたら闇に呑まれていく。お客様から見たら、“うわ!一番嫌いなタイプ!騙された!”って感じですよね(笑)。それが役者としては面白いので、上手く容姿も含めて作り上げていきたいです」

−伊礼さんは新国立劇場主催公演には、2016年上演の『あわれ彼女は娼婦』以来の出演となります。
「新国立劇場の舞台は、いつも身が引き締まります。周囲からの反応でも、“やっぱり凄い劇場なんだな”と感じますね。今日も劇場内で撮影して、建築物としての素晴らしさを感じました。お客様にとっても、新国立劇場に来るということ自体が1つの体験になると思います」

呼吸から音符を作り出す会話劇の面白さ

−伊礼さんはミュージカル作品でも多数ご活躍ですが、演劇作品ではまたアプローチが変わりますか?
「変わります。ミュージカルでは、音楽を通じて会話をするのですが、演劇では会話のリズムや温度が日々違うし、相手がどう発するかによっても変わってきます。ミュージカルは音楽が助けてくれる部分も多くて、自分がその温度を体感していなくても勝手に演出してくれる部分があるんです。それは良さでもあり、役者が甘えてしまう可能性もある。だから僕はミュージカルではなるべく温度感を落とし込むように心がけるのですが、やっぱりミュージカル作品ばかりやっていると、音楽が覆い隠してしまうものもあるように思います。だからこそ今回、細かい芝居に挑戦したかった。呼吸から音符を全部作り出すのが会話劇だと思うし、面白さだと思います。作曲までするようなイメージですね」

−伊礼さんのお芝居をこれまで拝見してきて、役柄の体温・温度というのを感じていたので、それを大切にされているお話を伺えてとても興味深いです。
「そこまで観てくれている人がいると知れて嬉しいです。僕がミュージカルで気になっているのは、Wキャストで同じ役をやる時、出自が違うと持っている武器が違うからもちろん別のものになって良いはずで、その違いをお客様に評価してもらいたいということです。両方が同等に良いよね、ではなく、各々に持っている良さがあるし、各々に欠けている部分があるはず。それぞれに感じることをお客様に発してもらいたいし、欠けている部分についても指摘してもらいたいです。そういうところに僕はお客様との繋がりを感じるし、批判的な言葉を受けても、もっとやってやろうという気持ちになれる。お客様は最後のピースであり、一緒に作品を創っていると本当に思っているので、刺激ある言葉が欲しいんです。だから深く観てくれているんだなと感じる言葉は凄く嬉しいです」

−伊礼さんはフジテレビ系列で放送されている番組『オールスター合唱バトル』でもミュージカル合唱団のリーダーとしてチームを優勝に導き、ミュージカルの“音楽は物語”であることを伝えていらっしゃいます。ハードな企画だと思いますが、どう感じていらっしゃいますか。
「同じ音楽でバトルするはずなのに、ジャンルが違って、チームによって感動するポイントが違うというのは音楽の面白さであり、奥深さだと思います。技術をどんなに磨いても、熱量に負けてしまうことがある。でも熱量だけで勝負するのも違う。僕らとしては、技術で乗り越えられるものもあると思って毎回挑んでいます。
僕は元々ブルーハーツをきっかけに音楽活動をしていたので、音楽とはアプローチの違うダンスに苦手意識があったんです。でも初めて『うたかたの恋』というバレエ作品を観た時に、踊りから物語が見えて、台詞が聞こえてきたんです。それに凄く感動して、ダンスの表現力を知るきっかけになりました。
ミュージカルも同じで、歌が上手ければ良いものではないと思っています。物語や言葉、感情を伝える歌い方がある。それを多くの人に伝えられる場だと思うので、やめられないです。ただ練習も大変だし毎回しんどいですね。4回目になってくるとどんどん僕らの形が見え始めて、新鮮さがなくなってきてしまう。でも勝つためには新しい引き出しが必要なので、毎回苦悩します。今冬の放送では4回目にして、テレビを通してミュージカルを伝える、ミュージカル合唱団らしい物語が作れた実感があるので、ぜひ楽しみにしていただけたらと思います」

撮影:晴知花、ヘアメイク:Eita(Iris)、スタイリスト:吉田幸弘

−『スリー・キングダムス Three Kingdoms』はS席が8,800円、A席が6,600円、B席は3,300円となっています。伊礼さんはSNSで“なんとミュージカルの1公演分で2回観劇できます!!”とアピールされていましたね。
「普段ミュージカルしか観ないお客さまにもぜひ、演劇の面白を知ってもらいたいですね。この作品はミステリーでありサスペンスなので、1回目はイグネイシアスの視点で物語を目撃し、衝撃を受けられると思います。もし2回目を観ていただければ、イグネイシアスの綻びがどこから始まったのかを考察したり、伏線を見つけたりすることができます。
劇中で、“(パートナーの)キャロラインと同い歳だ”という台詞が何度か出てきます。この台詞の裏に隠されているのは何なのか、イグネイシアスの目に映っているものは何なのか。そういったことに気付けるのは2回目以降だと思うので、ぜひ2回目を観ていただきたいです。また人によって捉え方が違って、語りたくなるというのもエンターテイメントの面白いところだと思います。観終わった後の興奮を誰かと共有し、考察していただきたいです」

『スリー・キングダムス Three Kingdoms』は2025年12月2日(火)から14日(日)まで新国立劇場 中劇場にて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

伊礼さんがミュージカル作品でご活躍される姿を拝見してきて、役に宿る体温はどこから来るのだろう、と気になっていたのですが、まさにそういったことを大切にされているお話が聞けてとても興味深く、楽しい時間でした。また会話劇は「呼吸から音符を作り出す」というお話も、音楽を大切にされてきた伊礼さんならではの視点だなと感銘を受けました。本作では、どんな音が紡がれていくのでしょうか。