村上春樹さんが36歳の時、1985年に発表した長編小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」。“世界の終り”と“ハードボイルド・ワンダーランド”という2つの世界を並行して描く本作は世界中で愛読されており、2026年1月、フランスの世界的アーティストであるフィリップ・ドゥクフレさんによる演出・振付で舞台化されます。“ハードボイルド・ワンダーランド”で“私”と共に地下世界を旅するピンクの女役の富田望生さんにお話を伺いました。

 “私”との旅路、愛情を途切れずに持ち続けたい

−村上春樹さんの長編小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読んでみていかがでしたか?
「まず私は本を自主的に読むことが多い方ではないので、前後編ものというのはなかなか手が出る存在ではなかったんです。でもその勇気を出さなければいけないタイミングが来たなと感じました。ただ不思議なことに、凄くお世話になっている方々、自分を形成してくれた人たちが何人もこの作品を一番好きな作品だと言うんです。縁のある作品だったのだなと感じました。
読み始めた時は“やみくろ”が出てきたり一角獣が出てきたり、ファンタジーな世界観だなと思いましたし、生きることと死ぬこと、こっちの世界とあっちの世界のような、自分の生きている世界とはまた違う見方をしている作品なのかなと思ったんです。でも気がついたら物語の中に自分を置いて進めている感覚があり、潜在的に自分の中にあるものが散りばめられているような、古い記憶が蘇る懐かしさもありました。自分の中に確かにあった記憶を感じながら読みました」

−東京を舞台にした作品で、地下鉄の青山一丁目駅なども出てきますよね。
「それがまたリアルですよね。小説が発売された時代は、今私が想像するエリアのイメージとはまた違うと思うんです。私は当時まだ生まれていないので、その頃の地下はどんな感じだったのかなとか、今地下鉄が通っている下には、まだその世界があるのかなとか、色々と想像が膨らみました」

−ピンクの女は、藤原竜也さん演じる“私”との関係性が大きい役柄でもあります。
「藤原さんは映像でももちろん拝見しています。舞台でのご活躍が印象深いです。ポスター撮りの時は凄くフランクに接してくださったので、ご一緒するのが楽しみです。
“私”とピンクの女の関係性は、観ている方にとって大切なのはもちろんですけれど、ピンクの女にとっての“私”、“私”にとってのピンクの女も凄く大切な存在になってくると思います。一方で、それぞれにとっての存在感というのは同じではなく、平行線にはいきません。常に凸凹していて、途端に清らかな水のような時間が訪れたり、途端に泥沼の中を歩いていたり。コロコロと変わっていくものだと思うんですけれど、その中で愛情や優しさを途切れずに持ち続けられる関係性になれたら良いなと思います」

世界の終りと真っ直ぐ向き合うピンクの女

−富田さんは“ハードボイルド・ワンダーランド”のピンクの女役を演じられます。ピンクの女はどんな人物像を持たれていますか?
「ピュアだなと思いました。大人っぽい部分もあるし、子どもっぽい部分もあるキャラクターです。祖父である博士のもと特殊な環境で育ってきたので、知的で大人びた部分もありますが、年相応の感覚や興味もあって、凄くリアルなピュアさだなと。私は今25歳なので、彼女を“高校生かぁ、ピュアだなぁ”と思う歳になったんだなと思いました。この差をどう縮めていくのかは、稽古をしていく中で考えていくことになるのだと思います」

−危険な状況でも勇敢に行く側面もありますよね。
「そうですね。主人公の“私”を急かしてしまうほど(笑)。“私”に時間がないことを伝えたいという思いもあるだろうけれど、“私”に対して状況を語ることで、彼女自身も言語化されて整理されていくところもあると思います。“私”を鼓舞させるシーンは凄くまっすぐで、“私”を巧みに操るわけではなく、彼女も世界の終りと向き合ってぶつかっているのだろうなと思いながら読みました」

−ピンクの女と富田さんご自身がリンクする部分はありそうですか?
「ぐいっと行くタイプなのは似ているかもしれないですね。でも小説が好きな知り合いから、“ピンクの女は色気がないとダメなんだよ。君にできるかな”って言われたんです(笑)。良いプレッシャーを与えていただいたなと思っています。
人付き合いという点で言うと、1人1人の濃さが圧倒的に違うだろうなと思います。私は作品ごとに共演者の方もスタッフの方も変わる環境にいて、色々な人と出会うことで年々積み重ねてきている経験があります。一方で、ピンクの女はあまり外に出たことがなく、祖父の話を聞いて、特殊な知識を身につけています。出会う人が少ない分、人への愛の向け方、濃さも変わってくると思います。そういう違いを感じるのも面白そうですし、楽しみです」

板の上に「立つ」ことの難しさ。観客と共に生きる時間に

−演出・振付を手がけるフィリップ・ドゥクフレさんの印象はいかがですか。
「ドゥクレさんはダンサーということもあり、“僕は身体表現を求めるけど、君は踊れるかい?”と言われたのが凄く印象的でした。そうか、身体表現かと思ってもう一度作品を読んでみると、それまでは小説として心を読もうとしていたけれども、色や音、その場の状況というものをもの凄く意識するようになったので、そういうことに助けられながら世界を生きていくことになるだろうなと感じました」

−身体表現が求められる舞台で表現するということについてはいかがでしょう。
「これまでもチアダンスだったりなぎなただったり、体を動かす作品は多かったんです。それも1つの身体表現ではあるんだけれども、本作は心の揺らぎを体にまで浸透させなければいけないと思います。
ワークショップ映像を拝見して、“うわーお!なるほど、そうだよな!”って(笑)。楽しみな気持ちと、この世界に立つのかというドキドキが行ったり来たりしています。アンサンブルのダンサーの方々の中には以前舞台でご一緒した方も数名いらっしゃるので、そこは凄く安心感があります。舞台でしか表現できないものがきっとあると思うので、お客様がその空間に今一緒に過ごしている、生きているという時間になると良いなと思っています。
舞台って、板の上に普通に立って歩いていてもどこか浮いているように見えてしまうこともあるので、まずその場所に “立つ”ということが難しいなと毎回思います。だからドゥクフレさんが作り出す空間に“立つ”ことから始めてみようかなと思っています」

−最後にメッセージをお願いします。
「私自身が今、とてもワクワクして稽古を待ち望んでいます。世界の見方や人に対する価値観、哲学に対しての新たな扉が開かれる時間をお届けできると良いなと思っています。身体表現を含め、色々な感性が研ぎ澄まされる舞台になると思うので、様々な角度から楽しみに劇場に足を運んでいただけたらと思います」

Sky presents 舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は2026年1月10日(土)から2月1日(日)まで東京芸術劇場プレイハウスにて上演。その後、宮城・愛知・兵庫・福岡公演が行われたのち、シンガポール・中国・イギリス・フランスにてワールドツアーが行われます。公式HPはこちら

撮影:山本春花
Yurika

とっても素敵なピンクの衣装で撮影に臨んでくださった富田望生さん。映像作品でもいつも印象的な存在感を示す富田さんが、ピンクの女をどう表現されていくか、楽しみです。