2021年11月26日。ブロードウェイの巨匠と呼ばれたミュージカル作家、スティーブン・ソンドハイムが死去しました。『ウェスト・サイド・ストーリー』から始まり、約65年間の制作活動の中で『イントゥ・ザ・ウッズ』『スウィーニー・トッド』などの名作を世に送り出したソンドハイム。20世紀後半を代表する作詞家・作曲家として、その才能を惜しみなく周りに分け与え続け、ミュージカル界にとてつもなく貢献した圧倒的な存在でした。

型破りな題材でミュージカルを再定義

ソンドハイム作品は決して大衆向けとは言えないでしょう。ディズニー作品や分かりやすく派手な作品が並ぶブロードウェイでは、地味とすら評されるかもしれません。しかし、彼の作品の良さはその点にこそあります。ソンドハイムは斬新な題材選びを通じて「ミュージカル」というジャンルを再定義し続けました。

たとえば、ショービジネスに子役を送り込む母親を描いた『ジプシー』。アメリカ大統領の暗殺を試みた人々を記録する『アサシンズ』。有名なフランス絵画に命が吹き込まれる『サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ』。西洋化していく1850年代の日本を描いた『太平洋序曲』。分かりやすく親しみやすい作品ほどチケットが売れるミュージカル業界で、ソンドハイムは一味違う作品を生み出し続けました。

ソンドハイム作品はハッピーエンドとも限らず、風刺的な内容も多く、時にはジャンルすら不明瞭なことがあります。彼は「ミュージカルはこうあるべき」という固定観念を軽々と飛び越えてみせ、次世代の劇作家たちにインスピレーションを与える存在となりました。

ソンドハイムの詞の力

一風変わった世界観の作品でも、ソンドハイムの書く詞には詩的な優しさが宿っています。彼の描くキャラクターの多くは「人並みの幸せ」を追い求め、迷い、傷つき、美点も欠点も等しく持った大人です。まるで現実世界の私たちがそのまま舞台に上がったような気持ちにすらなります。

たとえば、恋愛に後ろ向きな主人公と、続々と結婚していく周りの友人達を描いた『カンパニー』。誰かと共に生きていくことへの恐怖心と向き合う瞬間を捉えた楽曲”Being Alive”は、シンプルながらも美しい詞で綴られています。

ミュージカル業界の発展に尽くしたソンドハイムの人望

ミュージカル業界にソンドハイムが遺した功績はその作品群だけではありません。彼は晩年まで劇場の大小を問わず頻繁に足を運び、自作の再上演も積極的に観劇し、若い劇作家や俳優からアドバイスを求められれば喜んで応じることで知られていました。特に「どんな手紙でも必ず返事を書く」ことを信条としていたようで、彼の死後に設立されたインスタグラムのアカウント(@sondheimletters)では業界人が受け取ってきた無数の手紙が日々アーカイブされています。

そんなソンドハイムの急な訃報を受け、ブロードウェイ中が悲しみに包まれました。訃報の2日後に開かれた追悼イベントでは、多くのスター俳優を含む大勢が集まり、ソンドハイムの楽曲“Sunday”を歌い上げました。

Akane

直近でソンドハイム作品が見たい方には、池袋で上映されるナショナルシアターライブ上演『フォリーズ』をおすすめします。(2022年1月5日&1月24日上映予定) また、映画『ウェスト・サイド・ストーリー』が2022年2月11日に公開予定のほか、2020年4月に収録されたソンドハイム楽曲コンサートも Youtube で見ることができます。