井上ひさしさんの戯曲を上演するこまつ座が創立40周年第1弾として4月8日から上演が始まった『きらめく星座』。小さなレコード店を舞台に、激動の時代を強く生きた人々を描きます。今回は初日を前に行われたゲネプロリポートをお届けします。(作品概要はこちら

貧しくなっていく世の中で、逞しく生きる人々を描く

物語は太平洋戦争から1年前の昭和15年から始まります。幕が開けるとそこにあったのは、一気にタイムスリップした気持ちになれる、小さなレコード店・オデオン堂。ここで暮らす家族と間借り人の2人は音楽を愛する、とても温かな人々です。時代設定から少し身構えていた筆者でしたが、コミカルなシーンも多く、歌いながら愉快に暮らす様子が描かれていきます。

撮影:宮川舞子

陸軍に入隊していた長男の正一が軍隊から脱走したことで家族は“非国民”となってしまうのですが、脱走した正一も、オデオン堂の人々も、どこか楽観的。正一を追って乗り込んできた憲兵伍長の権藤に怯えながらも、ピアノの音色が聞こえるとついつい歌に夢中になったり、昔話に盛り上がったり。厳しい時代の中でも、いつも変わらない人間の逞しさがあったのだなと感じます。

しかし世の中はどんどん厳しくなるばかり。間借り人の竹田さんは広告会社に勤めていましたが、“あらゆるものが不足している中で、広告するものがない”と会社が倒産。タバコやお米、卵はめった手に入らない高級品になっていきます。今では考えられない状況…と言いたいところですが、物価が跳ね上がった今、卵はもはや高級品です。もしかしたらオデオン堂の人々は過去の存在ではなく、未来に起こりうる存在なのかもしれないと思うと、少し恐怖さえ覚えます。

音楽は“世の中の足しにならない”のか

オデオン堂を営む家族の長女・みさをが結婚した源次郎は、軍隊出身の愛国主義者。軍歌を愛し、ジャズを馬鹿にしますが、オデオン堂の主人でありみさをの父である小笠原信吉は、軍歌の元もマーチやカルメンなど海外の音楽であること、良い音楽は国に関係なく良いものだと説きます。

撮影:宮川舞子

そして源次郎は戦争で失った右手が痛む“幻肢痛”に悩まされるようになります。国の教えを真っ向から信じ、国のために戦うことこそが正義だった源次郎にとって、戦地で死ねなかったことや右手を失ったことは心の底から受け入れることではなかった。そんな精神的にも傷を負った彼に、オデオン堂の人々の優しさと音楽が、ゆっくりと流れ込んでいくのが見えます。

広告会社で働いていた、詩や音楽を愛する竹田さんは、あらゆる時々に、星を見上げます。音楽や、私たちを見守る星々は、人間がどんな過ちを犯そうと、ずっと人間のそばにあるもの。変わらない美しいものがそばにあるからこそ、人間は様々な過ちを超えて、生きていけるのかもしれません。帰り道、星を見上げたくなる作品でした。

撮影:宮川舞子

こまつ座『きらめく星座』東京公演は4月8日(土)から23日(日)まで、紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAにて上演。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。

Yurika

平成生まれの筆者としては、やはり“男は兵隊に行って当然”といった描写や、まだ会ったこともない文通相手の中から結婚相手を決めるといったストーリーには強烈な違和感があり、コミカルに描かれていても“笑えない”と感じてしまうことも。歴史の教科書で見るよりも“目の前で起こる物語”として見ることで、改めてこういった価値観が本当に存在していたことが信じられないという思いに包まれました。本作が初演された1985年と、2023年に上演する現在では、受け取り手の印象が大きく変わったのではないかと思います。