12月3日に新国立劇場で開幕する舞台『白衛軍 The White Guard』。20世紀ロシアを代表するウクライナ出身の作家ブルガーコフが、1918年、革命直後のウクライナを舞台に、時代に翻弄された“白衛軍”の家族を描いた作品です。2010年に英国のナショナル・シアターで上演されたアンドリュー・アプトン版に基づき、上村聡史さんの演出によって日本初演を迎えます。本作に出演する村井良大さん、上山竜治さんにお話を伺いました。
内乱の時代に生きた、芸術を愛する人々
−本作への出演が決まった時の心境をお聞かせください。
上山「新国立劇場は17歳の時に『INTO THE WOODS』という作品で初めて舞台に出演させて頂いた、思い入れの強い劇場なので、また新国立劇場に立てるというのがとても嬉しかったです。演出の上村聡史さんもご一緒させて頂きたいと思っていた方でしたし、社会的な作品ということで身の引き締まる思いでした」
村井「台本を読ませて頂いた時、戦争ものでありながら、登場するキャラクターたちがとても面白く、興味深い作品だなと惹き込まれました。これを立体化したら凄く良い作品が出来上がるのではないかという期待と、上村さんとご一緒できるということで、是非やらせて頂きたいと思いました」
−1918年、革命直後のウクライナを舞台に、旧ロシア帝国軍人である白衛軍の人々を描く…ということで一見、難しそうと感じている方も多いかもしれません。
村井「確かに複雑に感じるかもしれないですが、歴史を細かく勉強してほしいというわけではなく、この時代にどんな人たちが息づいていたかを表現している作品なので、まずは作品を体感して頂いて、興味が湧いたら少し知ってみる、ということで良いと思います。演劇は勉強会ではないので、楽しんで頂けたら」
−村井さんが演じるニコライ、上山さんが演じるレオニードは、どんなキャラクターだと捉えていますか?
上山「白衛軍はロシア帝国を守るために出来た軍隊なので、ロシア帝国時代を愛し、過去に縋る人物たちが多いのですが、レオニードはその中で凄く俯瞰して世の中を見ていると思います。先見の明がありながら、過去の栄光に縋る気持ちもある。葛藤しながらも未来に向かっていく強さがありますね」
村井「良い役ですよね。僕が台本を読んだ時、役者はみんな、最初にレオニードをやりたいと思うだろうなと思いました。お客様が“レオニードがいて良かった”と思うようなキャラクターですし、上山さんの持っている雰囲気も相まって、この作品を凄く柔らかく見せてくれていると思います」
上山「戦争が続く中で、ゲトマン政権の司令部副官という立場で葛藤する場面と、レーナに恋をする場面という全く異なる一面を演じられるので、やりがいは大きいです。村井さんが演じるニコライは戦争の残酷さを背負う役ですね」
村井「ニコライはまだ18歳で、士官候補生と階級も下なので、戦地を知らない若者という感じがします。それなのに兄が大佐で、周囲に大尉や司令部副官と位の高い人たちに囲まれているので、無意識的に自分も凄いんだと思っている節があると思うんです。そんなニコライが戦争でどんな結末を迎えるのか。そこはぜひ見て頂きたい部分です」
−ニコライはアコースティックギターで弾き語りするシーンもありますね。
村井「エレキギターを少しやったことはあったのですが、アコースティックギターは初めてなので凄く練習しました。エレキより繊細ですし、難しいです」
上山「凄いですよ。初めてだと知らなくて、みんなで“本当に初めてなの?”と驚きました」
−ストレートプレイでありながら、歌唱シーンも多いです。
村井「白衛軍は、ロシア帝政時代に貴族階級だった人々の集まりなんですよ。それを前情報として知っておいてもらえると、見やすいかもしれないです。音楽や詩といった芸術を嗜んでいる人たちで、そういった人たちが革命や内戦に巻き込まれていくというのが肝になっています」
上山「彼らは教養が高くて、芸術を愛する人々でもあるんです。戦争の時代に敗者になっていくことを感じながらも、芸術を拠り所にしながら生きていっています。そういった芸術とのバランスも面白い作品だと思います」
−ニコライやレオニードの家の中での会話劇は楽しいシーンも多いですよね。
村井「海外で上演された時は、笑いの連続だったそうです。リラックスして見て頂ける場面も多いですし、“思った以上に笑えた”と言って頂けたら良いなと思っています」
奥行きのある新国立劇場だから実現した豪華な舞台美術
−演出の上村聡史さんはどんな印象ですか?
村井「言葉を大切にする方だなと思います。今日はこの単語が“聞こえなかった”、という言い方をされるんです。台詞をお客様にしっかり届けたいという思いをとても感じます。また役者の動きを、手の動きまで細かく見ていらっしゃいますね。こういうのはどうだろう、と動いてみた役者のトライをすぐに汲み取った上で、“こういうアプローチもしてみてください”とおっしゃるので、役者と近い距離で演出してくださっている感覚があります。上村さんご自身もよくおっしゃるのですが、台詞を喋っていない、聞いている側の役者の反応を凄く見られていますね」
上山「本当に読解力が深い方で、そういう解釈があるのかと毎回感動します。お客様に飽きずに観て頂けるよう、感情の変化をはっきりと見せることを大事にしながらも、“ここはリアルベースで”と言われることも多くて、それによって台詞の説得力が増すのを感じます。そのバランスが凄く面白いし、勉強になっています」
−舞台美術についても、今教えて頂けることがあればぜひお願いします。
上山「奥行きのある新国立劇場だからこそ出来るセットですね。新国立劇場の機構をフルに使っているので、見応えがあると思います」
村井「彼らの暮らす家の中が舞台の奥から出てくる時、お客様も一緒にこの時代にクローズアップしていくような感覚になれるんじゃないかなと思います。とても豪華ですよ。台本を読んだ時には全くイメージしていなかった意外なセットもあるので、ぜひ期待して頂きたいです」
現代にも繋がる台詞の数々
−お二人が印象に残っている台詞はありますか。
上山「レオニードがロシアについて、“まだ偉大になれるかもしれない。でも−−かつてのロシアは帰ってこない。変化していくから”という台詞があって、それはとても印象に残っています。上村さんには、この台詞に8,000円くらいの価値があるとプレッシャーをかけられているんです(笑)。凄く作品のメッセージを背負う台詞だと思います」
村井「僕はレーナの“ヌルっと入り込んでる、私の中に”という台詞が印象に残っています。レオニードと話している時の台詞なのですが、“ヌルっと”ってこの戯曲唯一の擬音なんですよ。そしてレーナは本作で唯一の女性で、男性社会の中でいつの間にか戦争が始まって、自分たちの町が戦時下になってしまう。それをリアルに現した台詞だなと感じていて、凄く好きです。レーナの存在はとても印象的に描かれているので、ぜひ女性にも観て頂きたい作品です」
−ウクライナの首都キーウを舞台にした物語ですが、「誇れる何かを持たない現代人、帰る家がない現代⼈」など、現代の日本の私たちに問いかける作品だとも感じました。
村井「1926年に戯曲化されたとは思えないくらい、現代にも刺さる作品ですよね。ブルガーコフはSF作家でもあり、未来を見据えたような台詞もあるように感じます」
−本作を通して、どのような体験をしてもらいたいですか。
村井「僕らは戯曲の中で生きるだけなので、“これを持ち帰ってほしい”というのはないのですが、良い演劇って台詞が耳に残ったり、情景が脳裏に残ったりするものだと思うんです。僕以外の台詞でも、どこかの台詞やシーンが皆さんの心に残る作品になれば良いなと思います」
上山「争うことの儚さを感じてほしいです。また戦争の題材ではありますが、家族愛や、人間の愛をテーマにした群像劇でもあるので、彼らを通して人間の心というのを見て頂けたら嬉しいなと思います。あとは良大くんの弾き語りを楽しんでください(笑)」
村井「プレッシャーかけないでください!(笑)」
『白衛軍 The White Guard』は2024年12月3日(火)から22日(日)まで新国立劇場 中劇場にて上演されます。公式HPはこちら
日本でも上演の多いチェーホフの『桜の園』では、19世紀末のロシアを舞台に、時代に取り残されていく貴族たちを描いています。その少し先の物語と考えると、分かりやすいかもしれません。作品について理解を深めてから観たいという方は、上村さんと大森雅子千葉大学大学院准教授によるスペシャルトーク動画もおすすめです!