2025年4月に開幕するブロードウェイミュージカル『キンキーブーツ』。華やかなステージで繰り広げられる、老舗の靴工場を継いだチャーリーとドラァグクイーンのローラの物語は、これまでも多くの観客に愛されてきました。今回新たにローラ役を務める甲斐翔真さん、松下優也さんにお話を伺いました。
ビジュアル撮影で「自然とスイッチが入る感覚」に
−作品を観て、どのような印象をお持ちでしたか?
松下「ロンドン公演の映像を観て、もちろんショーアップされているし自然とお客さんが盛り上がってくれるような作品であることはめちゃくちゃ伝わってきたんですけれど、ローラの人間の中身の繊細さも見えて、それが凄く素敵だなと思いました」
甲斐「僕は、日本での公演は初演・再演・再々演を全て観劇しています。初演を観た時、僕は芸能界デビューしたばかりで、とても衝撃を受けました。ミュージカル作品に出るようになった今振り返ると、(三浦)春馬くんが日本のローラをやるというのは、ミュージカル業界全体においても特別だったんだなというのをより感じます。再演を重ねる度に作品のファンがどんどんと増えていって、僕もその1人なので、出演することになるなんて本当に夢にも思いませんでした」
−もしご自身が出るならローラ役かなという思いはなかったですか?
甲斐「1ミリもなかったです。もしやるならチャーリーかなと思っていました。工場のみんなやローラとの芝居のやり取りが楽しそうだなと思っていたので。ローラの要素は僕にはないと思っていて、可能性が全くないと思っていた役だからこそ、決まって戸惑いもありましたし、新しい扉を開けないといけないと思います。でも20代の今、自分の可能性に蓋をする必要はないと思ったし、こんなチャンスに恵まれることなんてそうそうないと思います。もし10年後だったら体の状態も違うし、優也さんのように踊れるわけでもないから…今この瞬間にチャレンジしていくことに、自分の人生の中でも意味があると思います。でも8割は苦しいことが待っていると思うので、勝負であり、挑戦ですね」
−これまで大きな役を務めてきた経験と自信もあるのでは?
甲斐「その自信は全く使えないと思います。僕のこれまでの役が日本で積み上げてきたものだとしたら、ローラ役は北極に行って、気候も人々も言葉も文化も違うところに飛び込むようなものだと思うんです。そこに飛び込むと決断するのは結構勇気が要りました。でもローラ役を経験できる人は少ないですから、やるしかないと思いました」
−松下さんはオーディションの話が来てどう思われましたか。
松下「自分がやるなんて思ってもみなかったので、オーディションの話を頂いた時点で凄く嬉しかったです。舞台というのは観に来てくださった方にしか届かないし、自分がやってきていることがどこまで伝わっているのか、毎回フィードバックがあるわけでもないので分からないんです。でもオーディションにお声がけ頂けるということは、見てくださっている方がいるのだなと知れて嬉しかったですね」
−どのような部分がローラとして見出されたのだと感じられますか?
松下「何だろう、分からないけれど…繊細な部分と大胆な部分の振り幅が、自分自身の中にも、お芝居の中にもめっちゃあると思っています。ローラも人間の繊細な部分と、開放してパフォーマンスをする部分が必要だと思うので、そういったところなんですかね」
−ビジュアル撮影でローラの衣装やウィッグを身に纏ってみていかがでしたか。
松下「衣裳もメイクも細かいところまでこだわってビジュアルを作って頂いたので、自然とスイッチが入る感覚はありました。自分なんだけれど、自分じゃない、自分から離れていくような感じ。だからローラのビジュアルになったら戸惑いは全くなかったし、ブーツもローラにとっての武装なので、履くのが自然というように感じました。それにヒールって体の軸が自然に整うので、歌いやすい気がします。ただローラは芝居の中で動くことも多いので、ダンスだけでなく芝居中の動きも意識したいと思います」
甲斐「ここまで人の手を借りて全くの別人に生まれ変わるという経験はなかなかないと思うんです。ビジュアル撮影の日、鏡を見て100回は“誰?”って言ったと思うんですけれど(笑)、まるっきり違う人になれるという経験をして、オーディションの時に抱いていた不安が1個クリアできた気がしました。僕は海外に行くと凄くフレンドリーになれるのですが、この作品も留学先として(笑)別人のように伸び伸びとできそうだなと。自分を一旦置いて自分以外の何かを表現できるというのは、俳優という仕事もそうですし、無限の可能性があるなと感じました。ドラァグクイーンをやっている友人にチラシを見せたら“まだまだね。綺麗じゃだめ、びっくりさせないと”って言われたのですが(笑)」
「翔真くんは新星でありスター」「優也くんは異彩を放っている存在」
−お互いの印象について教えてください。
松下「翔真くんは日本のミュージカル界の新星であり、もうスターでもあると思います。『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』を観に行かせてもらって、これだけポテンシャルを持っていて、大勢のキャストに囲まれてもドシっと真ん中に立てるというのは貴重な存在だと思ったし、それを20代でやっているというのは凄いです。周囲からの期待値が高いのも納得ですね。今はまだ取材等でしかお会いしていなくて、普通の男の子としての一面はまだ見られていないと思うので、それを見るのが楽しみです」
甲斐「優也くんと初めてお会いしたのは僕のライブに来て頂いた時で、いらっしゃっているのを知らなかったのでライブが終わった後に凄く驚いたのを覚えています。僕にないものを持っているので憧れますし、熱く切り拓いていくイメージと、理論的で繊細な部分とのバランスを時と場所によって使い分けていらっしゃるのがクレバーだなと思います。俳優の世界で脚光を浴びる存在であり、僕はずっと言っているのですが、異彩を放っている存在だと思っています。タイプが全然違いますね」
−甲斐さんも熱い部分を持っていらっしゃるので、近しい部分が多いのかなと思っていました。
甲斐「でも僕はある種、根底ではふざけているというか、どうにでもなるさ精神があるんです。同じ面積の柱を地上で歩くのと上空1万メートルで歩くのとは全く違うと言いますが、大舞台が上空1万メートルだとしたら、僕は上空1万メートルでも冷静にいられるように、深く考えないようにして人前に立つようにしています」
−松下さんはどうでしょうか?
松下「僕は両方ありますね。深く考えずに立てる時もあるし、でも緊張もします。その緊張を不安と捉えるか、高揚感や武者震いのような緊張として捉えるかによって変わるだろうし、深く考えすぎた方が良いこともあるので、バランスかな。
凄く尊敬する先輩である山本耕史さんはまさに上空1万メートルを地上と同じように歩ける人で、楽屋と舞台上のテンションが本当に変わらないんです。それをすぐ側で見て凄いなと思いましたし、自分にとってそのやり方が良いのかは分からないけれど、その感覚を掴みたいという思いもあります。一旦楽屋に戻る時間のある作品だと、楽屋から出たスピードのまま止まらずに舞台に出るということをしている時もあるんです。ただローラは着替えが多いので楽屋に戻る暇はなさそうですね(笑)」
−Wキャストなので同じ舞台に立つことはないですが、支え合える関係性になれそうですね。
松下「Wキャストって稽古場でも同じことをやるので、しんどい時も乗っている時も、手に取るように分かってくるんですよ。言葉でのコミュニケーションもたくさんとるだろうけれど、言葉を交わさなくても、お互いが“いる”だけで支えになるという瞬間があると思います」
甲斐「優也さんは言葉以外でも会話ができそうな人というイメージがあります。僕もそうなので、阿吽の呼吸で通じ合えることが多くありそうです。そういった方と稽古場にいられるのは凄く楽しみです」
コンプレックスのある自分を受け入れ、輝ける自分を探す
−『キンキーブーツ』はなぜここまで多くの人に愛されると思われますか?
甲斐「自分に完璧に自信がある人って実はそんなにいないので、ローラの全てを見せられる姿に憧れるんじゃないかなと思います。でもローラにもサイモンとしての一面があって、傷ついたり葛藤したりした過去もある。そこにお客さんは共感しながら、少しだけいつもよりおしゃれして仕事に行ったり、メイクやネイルを変えてみたりするんだと思います。コンプレックスのある自分を受け入れて、その上で輝ける自分を探すというメッセージ性が作品に込められているので、僕はそこに惹かれます」
松下「まずショーとして、観ていると体の中から湧き上がるような高揚感があると思います。そしてチャーリーとローラを通して奮い立たせてくれる感覚がある。その2つが大きな要素なんじゃないかなと思います。元気のない時に元気なものを見ると疲れる時もあるけれど、『キンキーブーツ』は寄り添ってくれる部分もあるので、本当の意味で奮い立たせてくれるような作品な気がしています。ローラが葛藤したり戦っていたりする姿を見て、良い意味で力を抜いてくれると嬉しいですね」
ブロードウェイミュージカル『キンキーブーツ』は、2025年4月27日(日)から5月18日(日)まで東急シアターオーブ、5月26日(月)から6月8日(日)までオリックス劇場にて上演されます。公式HPはこちら
才能と熱い想い、舞台上で輝くスター性を持ち合わせたお二人が、どのようにローラを演じるのか楽しみです。