摂食障害を抱える娘とそれに向き合う家族を描いた舞台『リンス・リピート』。2019年にオフ・ブロードウェイで上演された話題作を、第30回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞した注目の若手演出家・稲葉賀恵さんが手がけます。開幕に先立ち、ゲネプロと囲み取材が行われました。

「誰の身にも起こりうる可能性があるもの」

日本初上演となる舞台『リンス・リピート』。娘・レイチェルが摂食障害を患ったことで浮彫になる、家族のすれ違いと苦悩を描いた作品で、4月17日から紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演されます。

移民ながら弁護士としてのキャリアを築き、仕事と家庭のはざまで葛藤する母親・ジョーンを寺島しのぶさん、摂食障害を患いながらも愛する家族と生きようとする娘・レイチェルを吉柳咲良さん、息子・ブロディを富本惣昭さん、レイチェルのセラピスト・ブレンダを名越志保さん、優しさと不器用さを持ち合わせる父・ピーターを松尾貴史さんが演じます。

囲み取材には、寺島しのぶさん、吉柳咲良さん、松尾貴史さんが登壇しました。

寺島さんは「娘に治って欲しいという愛は一緒なんですけれども、愛のかけ方が違うというか、それぞれが複雑で。でも普遍的な家族の話なので、観に来てくださるお客様には確実に残る作品になっていると思います」とコメント。

また演じるジョーン役について、「家族の稼ぎ頭で、施設のことや学費を全部やらなきゃいけない。そして移民として渡ってきて弁護士で大成功している、這い上がってきた女性です。だから自分にも厳しいし、人にも厳しい。やっていてもの凄く辛いです。娘に対しても大好きが故にやってしまうことが時として娘を追い詰めてしまって。病気を抜きにしても、親が子どもにどう接していくのかという問題や、自分の夢を無理に押し付けてしまうということはあると思います。娘にとって傷となるような言葉をどんどんと投げつけていくので、お客さんは多分“出てけ”と思うでしょうね(笑)」と語ります。

舞台美術についても、「洗練されたセットで、揺れるように波のように変わっていく様や、照明も綺麗で、ビジュアルもとても喜んでいただけるものになっております」と魅力を語りました。

摂食障害を患うレイチェルを演じる吉柳さんは「摂食障害というのが大きなテーマの作品ではありますが、言いたくても言えないところや、本当はやりたいことについて、心の内で思っている子が多い子だったので、台本から汲み取れることも凄く多かったし、自分によく似ているなという印象が強かったです。理解できないというよりも、最終的に立ち上がるまでどのように作っていこうかを凄く考えて稽古をしてきました。
物語は登場人物が立ち上がるまでを描くことが多いですが、そこに辿り着くまでの葛藤や辛さ、なかなか超えられるものではなかったり、いまだに超えられない壁があったりということが現実にはあるように感じていて、だからこそ簡単には進めない辛さやしんどさを私も体感するべきだと思いながら台本を読んでいました」と語ります。

また「センシティブなテーマだと捉えられがちかもしれませんが、本当に身近なもので、誰の身にも起こりうる可能性があるものだと思います。共感をしていただけると思うし、どこまでが愛で、どこまでがエゴか、相手を本当の意味で思いやるというのはどういうことなのかを、もう一度考えて頂けるような舞台になるんじゃないかと思います。舞台を観にきて頂くというのは凄く労力のいること。それを理解した上で、責任を持って最後までやりきりたい」と意気込みます。

松尾さんは「摂食障害というのは、色々な職種の人、立場の人が、もちろん家族も含めて継続的に取り組んでいかなければ治療が難しいし、理解しにくい。心の低温火傷のように、時間をかけて治療をしていくし、医師だけでなく、精神科医、セラピスト、管理栄養士、家族、周りの色々な人の理解があって続けていかないといけません。日本の社会はみんな自分と同じことを求める割合が大きいので、自分が理解できないことは変である、あるいは本人が悪い、努力が足りないといった間違った認識で奇異の目で見られてしまう。でもこれは誰にも起きうることだろうと思うんです。だからこの作品を観ているお客さんがどうやって味方についてくれるかというのが、この芝居の大きいポイントだと個人的には思っています」とコメント。

また、「理解を深めるための端緒としていただけるような作品で、他者に対する想像力、言い換えると思いやりなんでしょうけれど、上辺ではなくどうすることが最善なのかというのを、摂食障害だけでなく色々なことで考えるきっかけになる芝居になったら嬉しいなと思いながら臨みたいと思っております」と意気込みました。

“母から娘へ受け継がれる愛と痛みの物語”

本作は、命が脅かされるほどの摂食障害を抱えていた大学生のレイチェル(吉柳咲良さん)が、施設での治療を経て、4か月ぶりに家族の元へと帰ってくるところから始まります。一時帰宅をしたレイチェルはとても元気そうで、安心する母・ジョーン(寺島しのぶさん)、父・ピーター(松尾貴史さん)、弟・ブロディ(富本惣昭さん)。

しかしピーターが作る料理を嬉しそうに食べるレイチェルには、時折不安げな表情がよぎります。移民として苦労しながらも弁護士として成功したジョーンはレイチェルに、いち早く大学に戻り、ロースクールやインターンに通うよう促します。レイチェルの将来を心配し、優秀なレイチェルだからこそ期待をかけるジョーン。

母の期待に応えたい想いと、本当にやりたいことを言い出せずに葛藤するレイチェル。父・ピーターは様々な料理を作ってレイチェルを気遣いますが、彼女の不安や葛藤はどんどんと膨れ上がっていき、ブロディはその異変に気がつき始めます。

さらに、セラピストのブレンダ(名越志保さん)からレイチェルの食事には誰かが必ず付き添うよう言われたにも関わらず、両親が仕事のために家を不在にすることに。レイチェルは共に食事をして欲しいとジョーンに懇願しますが、ジョーンは仕事のトラブルを無視できず、“すぐに戻るから”と出ていってしまい…。

胸に迫る物語ながら、舞台セットは美しいピンクで統一され、幻想的な世界観に。キッチンでは実際に料理が作られ、食事シーンでは美味しい匂いが客席にまで届きます。

寺島しのぶさん、吉柳咲良さん、富本惣昭さん、松尾貴史さんの家族はまるで本物の家族を覗き見しているような、リアルなテンポ感で繰り広げる会話が印象的。それゆえに、誰もが言ってしまいがちな悪気のない一言が突き刺さります。

親の期待に反してしまうかもしれないことを言い出せず、つい何気ない会話に逃げてしまう。そんな家族の関係性に共感する人は多いのではないでしょうか。

また、摂食障害についても詳細に描かれており、学びにもなります。異常なほどに痩せることが美化される世の中、誰もがこの病気のすぐそばにいると感じざるを得ません。画面上の世界にはダイエットコンテンツが溢れ返り、無意識なプレッシャーを感じる女性も多いはず。摂食障害の一歩手前にいる人は案外多いのかもしれません。

松尾さんが囲み取材で語った通り、「心の低温火傷」に向き合っていくには、一筋縄ではいきません。その葛藤を繊細に生々しく演じていく吉柳咲良さんの演技力にグングンと惹き込まれます。レイチェルが心に抱える不安や恐怖、それに打ち勝とうと“普通”であろうとする姿。彼女に共感できる瞬間がきっとあるはずです。

撮影:鈴木文彦

舞台『リンス・リピート―そして、再び繰り返す―』は2025年4月17日(木)から5月6日(火)まで紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA、5月10日(土)から11日(日)まで京都劇場で上演されます。公式HPはこちら

Yurika

誰もが悪気はなく、愛情を持って言っているのに互いを傷つけてしまう。その姿に涙が溢れました。最後にはレイチェルがそっと寄り添ってくれる作品です。