2025年5月10日(土)からPARCO劇場にて開幕するパルコ・プロデュース 2025『星の降る時』。イギリス気鋭の劇作家ベス・スティールが執筆し、2024年度「ローレンス・オリヴィエ賞」BEST PLAYにノミネートされた話題の新作戯曲が日本でいち早く上演されます。本作に出演する那須凜さんにお話を伺いました。
「三姉妹の次女」という共通点を活かしたい

−イギリスのかつて栄えた炭鉱町を舞台に、三姉妹と家族のヒューマンドラマを描いた舞台『星の降る時』。ベス・スティールさん(翻訳:小田島則子さん)の台本を読んでみてどんな印象を受けられましたか。
「どこにでもいる家族のお話である一方で、家族の小さな亀裂から、普通では起こらないような事件が起こっていく作品でもあります。もの凄く小さな共同体である家族の、誰の目にも止まらないようなお話だけれど、何億年と続く宇宙や世界の歴史とも繋がりがあって、そのコントラストが面白かったです」
−自分の家族も同じような会話をしているんじゃないのかと思うくらい、リアルな会話が紡がれていきますよね。
「そうですね。三姉妹の関係性も、お父さんとの関係性も細かい部分に共感できるなと思いました。台本を読んでいるときっとスピーディに会話が展開しているんだろうなと想像できて、他人から見たらどうでも良いような話を喋り続けるのも家族という感じがしますよね。イギリスの戯曲ですが、どこの世界でもきっと家族ってこうなんだなと感じます」
−那須凜さんは三姉妹の次女、マギーを演じます。どのような人物だと感じましたか。
「私自身も三姉妹の次女なので、凄く共感できるところがありました。彼女はとても奔放なキャラクターとして周囲から見られていますが、凄く家族に気を遣って、空気を良くしようと、橋渡し的な役割を果たそうとしています。“家族のことを気にしていない”と言われるけれど、本人は自分なりに家族と向き合ってきたという気持ちがあるんだろうなと感じました。三姉妹の次女という私自身との共通点を存分に活かしながら、新しい三姉妹の像を見つけていければと思います」
小さなシーンの積み重ねで、作品の大きな何かが見えてくる

−インタビュー時点では読み合わせが終了したところですが、長女ヘーゼル役の江口のりこさん、三女シルヴィア役の三浦透子さんの印象はいかがですか。
「お二人とも既に、他の人には出せない個性的な空気感を完璧に持っていらっしゃるなと感じました。でも全然緊張はなく、おおらかな空気を感じるので、良い姉妹になっていけるんじゃないかなと思えました。お二人の個性に負けないように、でも自分が個性を押し出すわけではなく、家族として、三姉妹としての関係性を築いていきたいです」
−叔母キャロル役には秋山菜津子さん、父親トニー役には段田安則さんがいらっしゃり、とても個性的な家族になりそうですね。
「そう思います。秋山さん演じるキャロルは一番コメディタッチで面白い役柄でいながら、鋭さも持っていて、家族の中を自由に行き来できる人物だなと思っています。だから秋山さんのパワフルな部分と気品ある部分とで、この役を作っていかれるんだろうと読み合わせからもワクワクしました。段田さんは一言台詞を喋るだけで、作品の世界が広がっていって、炭鉱の田舎町を表現されるような台詞の空気感がやっぱり凄いなと思いました。お二人と家族の役をやれるということを凄く光栄に思いますし、たくさん学ばせていただける機会になるんだろうなとワクワクしています」

−まだ本格的な稽古はこれからだとは思いますが、演出を手がける栗山民也さんの言葉で印象的なものはありましたか。
「私が印象的だったのは、栗山さんが“とある劇作家が、はるか上空から地球を見下ろして、その中の国を見て、家を見て、家族を見て、その目線で戯曲を書くと言っているのを思い出した”とおっしゃっていたことです。地球の中の凄く小さな共同体の話であって、大きな社会的なテーマを感じさせるというより、細かなリアルな生活感を大切にしたいということなんじゃないかと感じて、ホッとしました。どうしても作品をやる時には大きなテーマを探してしまいますが、そういうことを気にするよりも、皆さんとの関係性の中で、この人と一緒に生きる、この人が家族だと思って演じる小さなシーンの積み重ねで、きっとこの作品の大きな何かが見えてくるんじゃないかなという気がしたので、栗山さんの言葉を信じてやりたいなと思います」
−那須さんは栗山さんの演出作品に既にご出演経験がありますが、栗山さんの演出の特徴・魅力は何だと思われますか。
「栗山さんは相当本を読み込まれていて、稽古が始まる前から頭の中に完璧にビジュアルが存在しているような気がします。最初の稽古から“ここに立って、こう動いて”と材料を渡された後はポンと放り出されるような…稽古時間が短いので、その後にどう料理するかはみんなで自主稽古しながら考えていくんです。その時間が凄く楽しいですし、1回1回の短い稽古でいかに栗山さんからもらった課題をクリアし、そのイメージを超えて新しいものを創れるか、緊張感を持って取り組んでいます。カンパニーの集中力も団結力も高まるのが栗山さんの演出の魅力だと思います」
栗山さんからの言葉を胸に「分からないまま」役と向き合う

−那須さんは第29回読売演劇大賞 杉村春子賞や第59回紀伊國屋演劇賞 個人賞を受賞するなど活躍が非常に目覚ましいですが、様々な役柄を演じる中で大切にされていることはありますか。
「色々な案を持って稽古場に臨む俳優さんもいらっしゃると思うんですけれど、あんまり準備しすぎると例えば栗山さんにこうして欲しいと言われた時に頑固になって変われなくなる瞬間があると思うので、あまり役作りをしすぎずに稽古に入ります。とは言え、自分の中でこうかなと思う部分もあるので、そういったところに、俳優さんたちとの関係性や、栗山さんの演出によって肉付けされていくことで、1つの役が完成していくのかなと思っています。
また、変わらず意識し続けないといけないなと思っているのは、役に尊敬心を持つということです。以前、ある俳優さんに“この役が存在していようとなかろうと、役を馬鹿にした途端に役が離れていくよ”と言われたことがあって。どんなにこの思想は私にはないなと思っても、その役にとってはそれが正義であり、彼女が選んだ道なんだと誠意を持って近づいていくことを心がけています」
−思わず、役柄に共感できないと感じてしまう瞬間もあると思うのですが、そういった時はどのように向き合われますか。
「共感できないかもと思うことは芝居をやっているといっぱいあるんですけれど、でも共感できないことを自分なりに解釈して分かろうとすると、多分その人の思考じゃなくなっちゃうだろうなと思うんですよね。それは共感できない人間としての解釈だから、自分の型にはめて、腑に落ちるところに持っていっちゃうと思うんです。そういう時には栗山さんから言われた、“分からないということは恥ずかしいことじゃない。分からないから議論し合う、話し合うんだ”という言葉をよく思い出します。だから役に共感できないなと思っても、分からない状態を恥じないで、そのままやっていくようにしています。そうすると終わった後に、“この瞬間は私も分かっていたのかもしれない”と感じる時が来るような気がします」
−2024年11月に出演された舞台『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』は日英国際共同制作で、日本と英語の二言語が飛び交う作品であり、スコットランドでの上演もありました。俳優としての変化はありましたか。
「自分の心の変化として一番大きかったのは、どこの国の人も舞台上に立つと共通言語が一緒だと思えたことです。相手は英語で喋っているのに、こうしよう、こう変えようと思っていることは凄くクリアに伝わりました。ましてやイギリスの俳優さんは日本語をほとんど分からないですから、最初は間を開けると台詞を食ってしまい、間を開けるのが怖かったのですが、どんどんそれも無くなっていって、通じている、聞いてくれていると感じるようになりました。それは同じ役者としてやっていることが一緒だからなんだろうなと感じて、とても不思議な感覚でした。今まではイギリスの演劇に対する劣等感もあったのですが、それがなくなりましたし、人間が言語の壁を越える瞬間を生身で体感して感動しました」

−最後に、舞台『星の降る時』の上演に向けて観客へのメッセージをお願いします。
「本当に素晴らしいキャストの皆さんが揃った作品だと思います。演劇では翻訳ものは難しいかなと思う方もいらっしゃるかと思うのですが、現代を舞台にしたお芝居ですし、小田島則子さんの訳も現代口調で凄く親しみやすい作品になっていると思います。きっと笑えるところもいっぱいあるだろうし、家族の話として色々な人に共感していただける作品になると思います。家族って良いところもあるし、悪いところもあるよね、というリアルな感情を持って帰って頂けるように、リアルな家族になれるよう創っていきたいです」
パルコ・プロデュース 2025『星の降る時』は2025年5月10日(土)から6月1日(日)までPARCO劇場にて上演。その後、山形・兵庫・福岡・愛知公演が行われます。公式HPはこちら

『品川猿の告白』では言語の壁を越え、ナチュラルに舞台に存在していらっしゃる姿が印象的でした。本作ではどんな次女・マギーが見られるのか、楽しみです。