2022年5月21日から、劇団四季のディズニーミュージカル『ノートルダムの鐘』が4年ぶりに上演されます。舞台の原作は、フランスの文豪であるヴィクトル・ユゴーが書いた小説『ノートルダム・ド・パリ』。物語そのものはフィクションですが、舞台には原作に描かれている歴史的事実が事細かに反映されています。ミュージカルを見る前に、『ノートルダムの鐘』の時代背景を読み解いてみませんか?ミュージカル『ノートルダムの鐘』についてはこちら

混乱のパリで、人々のコミュニティとなった教会

『ノートルダムの鐘』の舞台は、1482年のパリです。15世紀のフランスでは、フランス王国とイングランド王家による百年戦争が勃発。パリはフランス王国とイングランド王家のどちらを支持するかを問われ、時には市民が王家を相手に戦うこともありました。1482年というと百年戦争が終わりを告げたころですが、その後も世の中の混乱は続きます。

そんな社会の中でパリ市民のコミュニティや心の癒しを生み出していたのが、ノートルダム大聖堂をはじめとする教会でした。舞台の冒頭で市民がフロロー大助祭の説教を聞きに大聖堂に集まっていたように、15世紀の教会にはキリスト教の教えを説いて人々を集める役割があったのです。

もう一つ、人々のコミュニティとなっていたのが、お祭り。劇中に登場するさかさま祭り”トプシー・ターヴィー”は、中世に実在した”愚者の祭り”を模しています。1月6日の公現祭の日を中心に開催された”愚者の祭り”はなんでもありの無礼講で、日常とあべこべの大騒ぎをして盛り上がったのだとか。”トプシー・ターヴィー(topsy turvy)”は英語で”逆さまに”という意味ですが、”愚者の祭り”はまさに日々の規律が逆さまになる乱痴気騒ぎだったようです。

3人の男を虜にするエスメラルダの正体、ジプシーとは?

主人公のカジモド、聖職者のフロロー、大聖堂警備隊長のフィーバスの男性3人を虜にしてしまう美女・エスメラルダ。彼女はヨーロッパ各地を移動して生活する”ジプシー”と呼ばれる少数民族です。

インド北西部が発祥のジプシーは、住まいや仕事を定着させない流浪の民。独自の音楽、ダンスを持ち、占いや魔術を使います。文字を持たず、自分たちの話し言葉を持っていて、劇中でもジプシーのリーダーであるクロパンがジプシー語を話しています。

オリエンタルな顔立ちに浅黒い肌、独特な文化を持つジプシーは、古くからヨーロッパの人々に迫害されてきました。パリにやってきたジプシーたちは、「キリスト教への改宗のために巡礼を行っている」と説明していたそうです。しかしなかには市内で犯罪を起こすジプシーも多く、「ジプシーがいるとパリが乱れる」という考えがパリ中で強くなっていきます。当時の人々は自分と違う人種やカジモドのような醜い容姿の人への差別を表立って口にし、暴力や嫌がらせで露骨に攻撃することもあったようです。

権力者の象徴、大助祭フロロー

教会は15世紀のパリ市民にとってコミュニティであったと前述しましたが、裏を返すと宗教の力で人々を統率する存在でもありました。当時は政治や国家による統率が民衆には定着しておらず、キリスト教が町の支配や人々の統率を担っていた部分があります。キリスト教信者が多い当時のヨーロッパでは、「教会に逆らうと生きていけない」という考え方が根付いていたのです。

そのため、聖職者は司法や国家権力と渡り合える、もしくは民衆からそれ以上に支持される存在であったと言えます。フロローの階級である大助祭は現存しない階級ですが、劇中で国王と謁見する場面があるので、それなりに高い身分を持っていたのではないでしょうか。

ちなみに、国王のルイ11世は作品に登場する唯一の実在した人物です。戦争よりも策略や陰謀を用いて国内平和を保ち、”慎重王”と言われていたルイ11世。劇中でも、フロローに対して「慎重に」という言葉を用いています。

さきこ

ミュージカル『ノートルダムの鐘』の時代背景を読み解けば、物語を濃厚に堪能できるのではないでしょうか。横浜公演は2022年5月21日から8月7日まで、KAAT 神奈川芸術劇場で公演。2022年12月には京都劇場での公演が決定しています。