『マクベス』は、16世紀後半のイギリスで活躍した劇作家ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲です。『ハムレット』や『リア王』、『オセロー』と合わせて、四大悲劇のひとつとして知られています。2025年5月8日からは藤原竜也さんが主演し【彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd】で上演されるほか、2025年4月25日(金)からは、『マクベス』を原作とした【フライングシアター自由劇場『そよ風と 魔女たちと マクベスと』】が上演されます。このように、シェイクスピア作品のなかでも高い人気を誇る本作には、知っておくとさらに楽しめる「裏話」があります。本記事では、『マクベス』にまつわる3つの裏話を紹介します。

『マクベス』とは?あらすじを簡単に説明

はじめに、『マクベス』の簡単なあらすじを紹介します。

スコットランドの武将であるマクベスは、戦場からの帰還中、荒野で3人の魔女に出会いました。魔女たちは、マクベスがやがて王となり、彼の友人であるバンクォーの子孫がその跡を継ぐ、という不思議な予言の後、姿を消します。

マクベスから魔女の予言を聞いたマクベスの妻は、現在スコットランドの王であるダンカンを殺し、マクベスを王にすることを企てました。

ひそかにダンカンを殺したマクベスは王座に就きますが、マクベスは魔女の予言の場に同席していたバンクォーから疑惑をかけられることを怖れ、彼を暗殺します。

バンクォーを殺害した晩、マクベスが主催したパーティーの席にはバンクォーの亡霊が現れ、マクベスは恐怖に囚われてしまいます。

自分から王位を奪う者が現れるのでは、と恐怖したマクベスは、次第に暴政を敷くようになります。そして、それを見とがめた貴族・マクダフやダンカンの息子・マルカムが、マクベスを倒すために蜂起します。

物語のラストには、マクベスはマクダフと一騎打ちになり、やがて倒されることになるのです。

この作品の見どころは、マクベス夫妻が運命に翻弄され、自らの野心によって疑心暗鬼に追い込まれていくという、人の弱さや業が描きだされている点ではないでしょうか。

血なまぐさい作品でありながら、マクベスの抱える「弱さ」は、時代を超えても多くの人々の胸を打つのかもしれません。

裏話1.『マクベス』というタイトルにまつわるジンクス

演劇関係者の間では、『マクベス』にまつわる、あまり縁起のよくない有名なジンクスがあります。

それは、劇場内で『マクベス』と口にすると、災難に見舞われるというものです。
そのため、俳優陣やスタッフは、この劇に言及する際には「ザ・スコティッシュ・プレイ(スコットランドの劇)」という遠まわしな言葉遣いをするというジンクスです。

このジンクスが生まれたのには、諸説あります。『マクベス』の初演前にマクベス夫人の役を演じる予定だった俳優が突然死したという伝説や、1849年に『マクベス』に出演していた俳優たちのケンカがきっかけで暴動事件が起こったという歴史などから、次第にこのようなジンクスが生まれたのだと言われています。

たしかに『マクベス』の作中には、魔女などの人智を超えた存在や、暗殺、陰謀、亡霊など、不穏なワードがいくつも出てきます。またマクベス自身も、自分が犯した罪への罪悪感に苛まれていく役どころです。このような作風が、目に見えない奇妙な噂が誕生するきっかけになったのかもしれません。

裏話2.本当はもっと長かった?という説

「短い悲劇」としての『マクベス』

新潮文庫『マクベス』巻末に収録された、訳者の福田恆存氏が書いた「解題」によれば、『マクベス』という作品は、本当はもっと長かったのではないか、という説があるそうです。

先ほどもふれたように、『マクベス』はシェイクスピアの四大悲劇のひとつとされていますが、他の作品に比べてあまりにも短すぎるというのです。

本書によれば、シェイクスピアの書いたすべての作品のなかで、『マクベス』よりも短いのは『あらし』と『間違い続き』の2作品だけだといいます。しかも、このふたつは喜劇として書かれたものであり、『マクベス』とは違ったテイストの作品です。

「カットされたシーンがあったのでは?」「別の作家による補筆や書き換えがあったのでは?」など、いくつかの推測があげられています。

当時の演劇事情から考える「有力な説」とは?

さまざまな説がありながらも、『マクベス』が他作品と比べて短い作品である理由には、この作品が「宮中で上演されたからではないか」と言われています。これには、シェイクスピアが生きていた当時のイングランドで、演劇がどのように上演されていたかが大きく関係しています。

当時のイングランドは、圧倒的な力を持っていた女王・エリザベス1世が統治する時代でした。この時代には「エリザベス朝演劇」と呼ばれるジャンルが確立するほど、演劇活動が盛んに行われていました。

それまでは、全国を放浪する旅の一座たちが中心となって演劇を上演していましたが、エリザベス朝の頃には、貴族たちをパトロンとした「お抱え」の劇団がライセンスを持ち、演劇を上演するのが主流なスタイルへ変化していきました。

シェイクスピア自身も、当時の大臣だったハンズドン卿の庇護を受け、エリザベス1世の宮廷で劇を上演したという記録が残っています。

宮廷で上演される劇は劇場よりも時間的な制約が大きかったために、『マクベス』のような短い作品が生まれたのではないか、と言われています。

裏話3.執筆の背景に関係していた?当時の政治事情

エリザベス1世の死後、イングランドの王位に就いたのは、彼女の遠縁の親戚にあたるジェームズ1世(1566-1625)でした。エリザベス1世には子供がいなかったため、隣国のスコットランドで暮らす彼に王位継承権が回ってきたのです。

実は『マクベス』は、このジェームス1世に大きく関わる作品だと言われています。スコットランドにルーツを持った統治者であるジェームス1世に向けて、ある種のサービスとして書かれた作品ではないかという説があります。

1606年、ジェームス1世の宮廷で行われた観劇の宴の際、演目のひとつに選ばれたのが『マクベス』だと言われています。そのわずか3年前に王位に就いたジェームズ1世に向け、彼を賛美するためにこの作品が書かれたと考えられています。

こう考えられる理由は明確です。マクベスはスコットランド王家に対する反逆者であり、最後は滅ぼされてしまうからです。

このように、『マクベス』は単なる悲劇の物語を超え、シェイクスピアが生きた時代の政治状況と王権の継承問題を巧みに反映した作品といえるでしょう。これらの裏話を知った上で観劇すれば、作品の新たな側面を発見できるはずです。

参考文献:
シェイクスピア・作、福田恆存・訳『マクベス』(新潮文庫)
高宮利行『書物に魅せられた奇人たち 英国愛書家列伝』(勉誠出版)
スタンリー・ウェルズ ほか、河合祥一郎・監訳『シェイクスピア大図鑑』(三省堂)
木村正敏 編著『スコットランドを知るための65章』(明石書店)
テリー・ホジソン・著、鈴木龍一・訳『西洋演劇用語辞典』(研究社)

糸崎 舞

現役時代、いつかマクベス夫人の役を演じてみたい!と願っていました。主人公のマクベス夫妻は悪い役でありながら、人間味の感じられる魅力的なキャラクターです。『マクベス』の裏話を知って、みなさんが『マクベス』を好きになって下されば嬉しく思います。