小説家・劇作家の泉鏡花が、明治32年(1899年)に読売新聞に連載した長編小説「黒百合」。2026年2月、これまで映像化も舞台化もされてこなかった本作品が、世田谷パブリックシアターでの公演『黒百合』にて舞台化されます。

人跡未踏の“石滝の奥”に咲くといわれる幻の花、黒百合を巡り、静かに狂い始める人々を描く泉鏡花の傑作が、令和の時代に新しく立ち上がります。

文豪・泉鏡花の耽美な世界に、令和のクリエイター陣が挑む

本作『黒百合』の原作小説を書いた泉鏡花(1873-1939)は、明治、大正、昭和にかけて活躍した小説家・戯曲家です。

300編あまりの作品を生み出し、耽美で幻想的な独特の世界観から天才として知られています。鏡花の作品は文学としても高く評価されているほか、その独自の美しさから、舞台芸術や映画とも相性がよく、たくさんの名作を生み出しました。

特に戯曲においては『海神別荘』や『天守物語』など、歌舞伎の演目として上演され続けている作品もあり、現在でも多くの人々に愛され続けています。

今回上演される『黒百合』は、泉鏡花の創作初期の長編小説を舞台化したものです。

富山県の神通川流域で繰り返される洪水被害と、立山に伝わる黒百合伝説を背景にした本作は、2017年、今回脚本を手掛ける藤本有紀さんによる演劇作品化が企画されていました。

しかし当時はそれが叶わず、満を持して2026年に上演が実現します。

演出を務めるのは、シェイクスピア作品から歌舞伎、現代劇まで幅広いジャンルを手掛ける杉原邦生さんです。

劇中のオリジナル音楽は、2004年の「マツケンサンバⅡ」が大ブレイクしたほか、第4回読売演劇大賞・優秀スタッフ賞をはじめとする数々の演劇賞受賞歴のある音楽家・宮川彬良さんが担当します。

気鋭のクリエイターの才能と感性がぶつかりあい、どんな泉鏡花の世界が立ち上がるのでしょうか、非常に楽しみです。

木村達成・白石加代子ら、世代を越えた俳優陣の競演

本舞台の見どころとして注目したいのが、ベテランから実力派若手俳優まで揃った豪華俳優陣です。

浅草で孤児として育つも、華族の血を引くことを告げられ、富山の子爵家に引き取られた青年・瀧太郎を演じるのは、2022年に杉原邦生さん演出の舞台『血の婚礼』にも出演経験のある木村達成さん。

近年では大河ドラマ「光る君へ」や日曜劇場「キャスター」、舞台『セツアンの善人』『狂人なおもて往生をとぐ』など話題作への出演が続いています。

また、幻の花「黒百合」に魅せられる県知事の令嬢・勇美子を、NHKの連続テレビ小説『虎に翼』などの出演で知られる土居志央梨さんが演じます。

そして勇美子に黒百合を取ってくるように命じられ、恋人の目の治療のために危険な依頼を受ける娘・雪には、モデルで女優の岡本夏美さんが抜擢されています。

それぞれの背景が異なる俳優陣たちが、どのように泉鏡花の世界観を表現するのか楽しみです。

もちろん、ベテランのキャスト陣も見逃せません。

雪とその恋人・拓(演じるのは白石隼也さん)の隣家に住み、荒物屋を営む心優しい「婆さん」を演じるのは、白石加代子さんです。

鈴木忠志氏、蜷川幸雄氏など、世界にも名高い演出家と多くのタッグを組んできた白石さん。2005年には紫綬褒章を受賞し、以降も2012年に旭日小綬章、2014年には菊池寛賞、2020年は第18回坪内逍遙大賞など数多くの賞を受賞した名俳優です。

世代を越えた実力派俳優たちの競演が、作中の人間模様をより魅力的に描き出してくれることでしょう。

<ものがたり>
明治後期、越中・立山の地。
県知事の令嬢・勇美子(土居志央梨さん)は、屋敷に出入りする花売り娘・雪(岡本夏美さん)に、仙人か神しか見たことがないと語られる幻の花「黒百合」を採ってくるよう命じる。黒百合は、足を踏み入れるだけで暴風雨が起こると恐れられる「魔所」の滝のそばに咲くといわれていた。
雪は盲目の恋人・拓(白石隼也さん)の目を治す金のため、その危険な依頼を受ける。
一方、幼くして母を亡くし浅草で孤児として育った滝太郎(木村達成さん)は、突然現れた男に華族の血を引くことを告げられ、富山の子爵家・千破矢家に連れられる。若様として育てられ侠気ある青年となるが、生まれつきの手癖の悪さは消えず、盗賊稼業から足を洗えない裏の顔も抱えていた。
ある日、県知事邸で雪を目にした滝太郎は一瞬で心を奪われる。雪に迫る男たちを懲らしめるなか、自らも黒百合採りに挑む決意を固める。その背景には、幼少期から滝太郎を知る盗人・お兼(村岡希美さん)から「お前の盗みはゴミを漁る犬のよう」と言われ、真の盗賊なら人知を超えたものを盗みたいという思いが募るようになっていたことがあった。
雪は拓に献身的に尽くすが、拓は甘えることを恐れ、敢えて彼女を突き放してしまう。彼もまた、胸の内に秘めた事情を抱えている。隣家の荒物屋の婆さん(白石加代子さん)は、そんな二人を優しく見守り続けていた。
滝太郎が“大盗賊”へと成長してゆく軌跡を縦軸に、滝太郎・雪・拓の奇妙な三角関係、さらに勇美子が手元で愛でるモウセンゴケ(食虫植物)の内に広がる、夢とも現実ともつかない異界が重なり合う。冒険譚、恋愛譚、怪異譚――数多の物語が交錯しながら、鏡花文学ならではの幻想的な人間模様が浮かび上がる。

世田谷パブリックシアター主催公演『黒百合』は、2026年2月4日(水)から2月22日(日)まで上演されます。公式HPはこちら

糸崎 舞

泉鏡花の作品と言えば幻想的な美しさが印象的ですが、今作『黒百合』では、人間の心の奥底に隠れた欲望や醜さも描かれていそうです。 明治時代に発表されたこの小説が、令和を生きる私たちの前にどう現れるのか、非常に楽しみな作品です。