1692年に実際に起きた魔女裁判を元に描かれた、劇作家アーサー・ミラーの代表作『るつぼ The Crucible』。演出・上村聡史さん、主演・坂本昌行さんのタッグにより2026年3月から東京・兵庫・豊橋にて上演が行われます。主人公ジョン・プロクターを演じる坂本さんにお話を伺いました。
心の奥にある“何か”を見せなければ届かない戯曲
−本作への出演が決まった時の心境、作品への印象はいかがですか。
「アーサー・ミラーの作品はこれまで何作か観させていただいていて、役者の力量、お客様へ伝える表現力が非常に必要だなという印象を抱いていました。ただ演じれば良いだけではなく、登場人物1人1人の心の奥にある“何か”をお見せできないと、作品としてお客様に届かないのかなと。それぞれの役を凄く掘り下げて描かれている印象がありました。『るつぼ』も戯曲を読むとさまざまな登場人物を通して、人間の未熟さ、愚かさ、悲しさが随所に出てくるので、お客様も観るのが大変だろうなと思います。自分に置き換えた時、反省してしまったり、理解したりというのを繰り返しながら、観られるのだろうなと感じました」
−役者として大きな挑戦になりそうでしょうか。
「そうですね。僕の印象ですけれど、どうやって演じようかという“側(がわ)”のお芝居ではなく、役として何を感じて、純粋にどう表現できるのか。技術でやってしまうほど怖いものはない作品なんじゃないかなと思います。どうしても台詞を読む時は癖で抑揚をつけがちというか、句読点の度に感情やニュアンスを変えて読んでしまうのですが、思いきり原点に立ち返って、まずは棒読みで言ってみてから、自分がどうしてもここはこう言いたいと思った時に変えたいなと、そういうところからスタートしたいなと思っています」
−既に色々とイメージをされているのですね。
「感情を表に出すお芝居というのはある意味、怒れば良いし泣けば良い、表現しやすいですが、本作ではそれぞれの登場人物が心の中で葛藤している様子を表現しなければいけない。その中でどう舞台上で感情をぶつけ合えるかということなんだろうなと思います。魔女裁判を題材にしていますが、“人間ってこうだよね”という原点に立ち返っている作品だと思います」
−本作は魔女裁判という現代とはかけ離れた題材ながら、“裁き合う”SNS社会など非常に現代に通ずるものがある作品です。
「本当に現代に通ずる部分が多いですし、そこに惑わされている人間の姿は17世紀から変わらないのだと感じさせられます。稽古を重ねるにつれ、表現したいこと、伝えたいことがこれから出ていくと思いますが、まずベースとして、果たして完璧な人間がいるのか、本当に悪がいるのか、どこからが正義なのか。人間のるつぼだけでなく、感情のるつぼも舞台上にある作品だと思います。しっかりと役者がそれぞれの役を演じきらないと、ただ罵り合うだけの作品になってしまう。そうではなく、その奥にある感情を持っていなければいけないですし、きっと出演する皆さんがそれを感じていると思います」
人間は狂気にもなるし、天使にもなる。極限を描く上村演出

−ジョン・プロクターはどんな人物だと捉えられていますか。
「真実を貫いて死に向かっていくのか、嘘をついて生きていくのか、究極の選択を迫られる人物ですね。全てが正しい人間なんて絶対にいないし、人は必ず過ちを犯すもの。それを許せるかどうかに悩んで、苦しんでいきます。その苦悩をどう表現するか。
シェイクスピアの作品でも、台詞一行でも役者によって全く言い方が違うんですよね。以前ロンドンでミュージアムに行った時、“to be or not to be”の台詞の何十、何百人もの言い回しを聞かせてもらったんです。こんなにも違うのだなと驚きました。正解はないですが、その役者がしっかり信念を持って役と向き合い、表現することが重要なのだと思います。
僕は怒りや悲しみ、苦しみを大きな声で表現するタイプだと思っているので、どれだけ静かに、言わずともお客様が受け取ってくださるような芝居ができたらいいなと思います」
−非常に重厚な作品であり、苦悩も多い役柄ですが、稽古・本番期間を通してどのように役と向き合っていこうと思われていますか。
「僕自身は色々なことがあっても“まぁいっか”と開き直れるタイプなんです。人は未知なものに対して不安になりやすいですが、不安を大きくするのは自分自身でしかないと思っているので、まだ直面していないものに対して考えるのはやめようと思います。そこはジョン・プロクターとは違う部分なので、どう表現するか、どう感じられるか。
日常から役の視点で見るようになってしまうので、ある程度は引きずってしまうでしょうね。自分では分からないのですが、そんなつもりはなくても、そういう雰囲気になっていると言われることがあります。劇場に入ったらやはり作品に集中する時間が長いので、自ずと脳も身体もそちらに引っ張られるものです。ただその世界にどっぷり浸かりすぎなければ、他人にもそこまで迷惑はかけないんじゃないかなと思います」
−演出の上村さんは、坂本さんにプロクターを演じてもらいたいと思っていたそうです。
「なぜなんでしょうね。『Oslo(オスロ)』でご一緒した時はあまりに僕の中で作品が大きすぎて、どこをどう消化して、どこをどう表現していくべきか、細かくできずに終わってしまった印象がありました。ある意味、“リベンジをしなさいよ”という上村さんの愛情なのかもしれません。上村さんは稽古場で役者と会話をしながら一緒に創り上げてくださる演出家なので、前回はその空気に助けていただき、甘んじていた部分もあります。今回は良い意味で意見をぶつけ合い、議論しながらできるとより良い作品になるんじゃないかと思います」
−上村さんの演出作品の印象や、本作の演出への期待をお聞かせください。
「何本か観させていただいていますが、“なんでこういう作品ばっかり手をつけるのかな”と(笑)。時には目を背けたくなるような瞬間もあるのですが、人間は極限状態になるとこうなるのかなということを考える作品が多いです。人間は狂気にもなるし、天使にもなる、怖い存在なのだろうなと感じます。それは対人間でも感じるでしょうし、自然界にいる動物がより人間に対して感じているかもしれないですね。
本作では、もちろん役によるとは思いますが、激しく感情豊かに表現してくださいという方向性に行くのか、感情の裏側をより深掘りして作る方向性に行くのかは楽しみですし、一緒にディスカッションさせてもらう時間も楽しみです」
岸から俯瞰で見られるからこそ、演じられる

−ジョン・ヘイル牧師を演じるのは後輩の松崎祐介さんですね。
「先日ラジオが一緒で話したのですが、この作品の話になると血の気が引いていました(笑)。ただ僕も難しいと感じる作品ですし、きっとどの役者も難しいと感じているだろうけれど、どの役者もやりがいがある作品だと思っているはず。作品に触れられることがもの凄いチャンスだから、求められるもの全部はできなくても、がむしゃらになってやるしかないよねとお話ししました。“相談させてください”と言われたのですが、“俺も相談するよ”と。みんなで作り上げていかないと難しいですし、お互いを俯瞰で見て、意見を出し合うということが大事だと思います。板の上に立ったら先輩後輩関係なくいち役者としての対峙なので、補い合いながら、助け合いながら、切磋琢磨していきたいです」
−座長として心がけていることはありますか。
「何もないです(笑)。というか、何もできないんです。やることや覚えることがたくさんある中で、早く消化して稽古を楽しみたいという思いがあるので、台詞を覚えることへの不安を無くしたくて、稽古の10分休憩とかは自分の覚える時間に使ってしまうので。よく共演者には本番入ってから“本当に話しかけづらかった”と言われますし、“そうだろうね”と思います(笑)。僕が唯一できるのは、お弁当を入れることと、ケータリングのお菓子を絶やさないことくらいです(笑)」
−上村さんからのコメントには、「坂本さんが演じることで、名作の上演という枠を超えて、人は何を大切にして混沌の世界を生きなくてはいけないのか、そういう切実な問いかけを新鮮に投げかけてくれることになる」という言葉もありました。坂本さんご自身は混沌とした世の中を生きる中で、大切にしていることはありますか。
「今は色々なものが生まれて、過ぎ去っていきますよね。僕はそこに興味がないというか、目が行かないんです。なぜかというと、僕自身が興味あるものにしか目を向けないので。色々なものの流れが速い時代ですが、速すぎて逆に触ることができないので、ある意味心の揺れというかブレはないですね。
SNSもやってはいますけれど、そこにどっぷり目を向けるとか、ハマるということはないです。もし誹謗中傷的なことがあったとしても、それはあくまでもその方の意見であって、“意外と見てくださっているのね”というだけの話です。流れゆく時代の中で、僕はその流れを岸から見ているという感覚です。
俯瞰で見られているということは、それぞれの表情や感情、動きもある程度見られるので、変に感情移入をしていない自分を上手く今回も役に活かせると良いなと思います。先輩に言われたことがあるのですが、酔っ払いの演技が上手いのはお酒を飲まない人だと。だから酔っ払い役は長野さんが上手いと思います(笑)」

『るつぼ The Crucible』は2026年3月14日(土)から3月29日(日)まで東京芸術劇場プレイハウス、4月3日(金)から4月5日(日)まで兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール、4月11日(土)から4月12日(日)まで穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホールにて上演されます。公式HPはこちら
17世紀の実在した魔女裁判をもとに、20世紀に描かれた作品ながら、今の時代を見透かす視線が詰まった作品だと思います。今上演するからこそ、そして坂本さんが演じられるからこそ、生まれる意味・意義があるはず。上村さんの演出はいつも観客を逃さない鋭さを持っていると感じるのですが、今回も覚悟を決めて向き合いたいと思います。


















