劇作家・演出家・役者である野田秀樹さんの作品シリーズNODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』。演劇好きの方々には「何を今更」と言われてしまいそうですが、野田さんの作品を初めて観劇した私は帰り道、「野田秀樹さんは天才なのだ…」と呆然としていました。強い衝撃を受けた傑作『フェイクスピア』の観劇リポートをお届けします。(2021年6月・東京芸術劇場プレハウス)※結末を明かしてはいませんが、若干のネタバレを含みます
フェイクが行き交うこの世の中に問う「真の言葉」とは
言葉の神と言えるシェイクスピアに「フェイク」を掛けた『フェイクスピア』。恐山を舞台に白石加代子さん演じる見習いのイタコの元に、mono(高橋一生さん)、楽<たの>(橋爪功さん)が依頼をしにやってきます。タイトル通り、冒頭にはシェイクスピア作品のオマージュが登場したり、野田さん自身がシェイクスピアと(息子のフェイクスピアと)して登場したり。さらに星の王子様(前田敦子さん)も現れ、それぞれの視点から「言葉」について語ります。
繰り返し「言葉」について語るセリフの端々では、「フェイク」でも「書き込めば」真実に見えてしまう、今の世の中の言葉の難しさを鋭く指摘。「真の言葉」とは何かをぐるぐると考えさせられるものの、物語は一見しっちゃかめっちゃか。「これは意味不明な世界に来てしまったか…?」と困惑しはじめます。
旅路の果てにたどり着いた「コトバの一群」
monoと楽を中心に、恐山で「真の言葉」を探す彼ら。高橋一生さんが時々不意に発する「頭を上げろ!」など意味深な言葉に疑問を感じながらも、物語は終盤へ。「このまま意味不明で終わったらどうしよう」と不安になってきた頃、こんがらがった糸のような言葉たちが解け始め、1つの悲劇にたどり着きます。それは、ノンフィクションであり、生きるために発せられた「コトバの一群」。高橋一生さんをはじめとするキャストの方々の迫真の演技に、思わず息が止まってしまいます。
フェイクな言葉が行き交うこの世に照らされる力強く、切ない「真の」言葉たち。徐々にこの作品が何を語ろうとしているかに気づいた時、私の頬に涙がこぼれ落ち始めていました。「お前も強く生きていけよ」と野田さんが私に語りかけているような、そんな気がして。無我夢中でカーテンコールで手を叩き、立ち上がり、その最中も私の涙が止まることはありませんでした。立ち上がったまま座れなくなってしまった方、隣のお客さんに「素晴らしかったですね」と思わず話しかける方、ロビーで夢中で感想をアンケート用紙に書き綴る方。力強い感動の渦が、劇場全体を包んでいました。
野田秀樹さんの作品は一度観てみたい、と軽い気持ちで出会った『フェイクスピア』。シェイクスピアに関連するお話なのかな?大学時代にシェイクスピアを勉強していたから、きっと楽しめそう。そんな気持ちで申し込んだものの、ストーリー情報がどこにもなく、どんな作品なのか少し不安に思っていました。
しかしこの作品は、混沌の中から1つの真実に向かって行く時に感動が生まれる。衝撃と「言葉」の威力をずしんと受け取る。だから、観劇リポートにしては意味がよく分からないと思うのですが、とにかく観に行って欲しい。今の世の中、「言葉」に傷ついたり、「言葉」が信じられなくなったりしている人こそ。今、生きているのが辛いと感じている人こそ。その衝撃と「言葉」に込められた想いを、受け取ってください。少なくとも1人の観客として私は、きっと今後も何度も思い返すであろう、傑作に出会えたことに感謝しています。
公演は7月11日まで東京芸術劇場プレイハウスにて、7月15日から25日まで大阪公演が実施されます。東京公演は立見席などであればまだ残席がある公演もあります。最新情報は公式HP をチェックしてみてください。