2020年10月、コロナ禍の最中に産声を上げた劇団四季の新作ミュージカル『ロボット・イン・ザ・ガーデン』。無気力な青年ベンと壊れかけのロボットのタングが、2人で世界中を旅する物語です。ミュージカル雑誌『ミュージカル』発表の「2020年ミュージカル・ベストテン」作品部門で第1位に選ばれた本作。繰り返し劇場へ足を運びましたが、最後にタングにもう一度会いたくなり、東京公演の千秋楽前に観劇してきました。(2021年3月・自由劇場)
終演後、何気ない日々の風景を愛しく感じる作品
『ロボット・イン・ザ・ガーデン』を語る上で欠かせないのは、なんといっても個性豊かな旧式ロボットのタング。最初は無機質な声色で、高性能アンドロイドのようにスムーズに話すことはできませんが、ベンと過ごすうちにさまざまな感情や言葉を学んでいきます。
美しいのが、都会で雨に打たれたタングが初めて見る雨に感動するシーン。傘に反射する雨粒を「キラキラ!」と表現し、喜びのタップダンスを踊ります。
この作品では車のクラクションや話し声など、人々の暮らしの「音」がたくさん聞こえてきます。忙しない毎日の中で感じる、なんの変哲もない雨や音。タングにとってはすべてが特別な世界に見えているのです。
「タングのように何気ない日々に感動を見つけられたらいいな」と、終演後に見た空や街の風景に愛しさを感じました。
世界の広さを再確認できるベンとタングの2人旅
ベンとタングの旅は、タングの割れたシリンダーを治すために彼の製造元を探すところから始まります。イギリスから旅立ってサンフランシスコ、ヒューストン、秋葉原、最後はミクロネシアの南の島パラオ。その旅の経路は地球1周分に及びます。
注目すべきは、旅先で登場する異国感のある音楽とダンス。秋葉原ではアンドロイドアイドルに熱狂するファンがサイリウムを光らせながら踊り、パラオでは常夏の楽園を連想させるカリプソ風の音楽が聴こえてきます。
コロナ禍で海外旅行ができない今、ベンとタングの旅を通して世界の広さを再確認しました。いつか二人の旅路を実際にたどる作品のファンも現れるかもしれませんね!
優しさが紡ぐ、言葉のギフトの数々
作品の主人公であるベンは、自分を「負け犬」と自虐してしまうほど冴えない青年。両親を事故で亡くしたことを機に心に傷を追ったベンは、妻のエイミーに離婚を切り出され、姉にも責められ、絶望の淵に立たされてしまいます。
そんなベンの隣にいたのが、壊れかけのタング。ベンはエイミーに「粗大ゴミ」とさえ言われたタングを大事に思い、彼を直そうと全力を尽くしていくのでした。
気弱で冴えないベンですが、彼の紡ぐ言葉は相手の心の荷物を軽くするような優しい言葉ばかり。ベンの優しい言葉が、この物語を動かしていると言っても過言ではありません。ベンを演じる田邊真也さんの、気さくであたたかみのあるセリフの数々が心に響きました。言葉のギフトを惜しみなく与えられるベンのような人は、誹謗中傷が飛び交う現代社会にとって必要な存在ですね。
劇団四季の『ロボット・イン・ザ・ガーデン』は、心の中の我慢や不安が溢れてしまいそうな今だからこそ、より感動を受け取ることができる優しさで満ちた作品です。それぞれに「欠陥」を抱えた負け犬とロボットの二人旅は、不器用だけどどこかあたたかく、観る人の心を優しさで満たしていきます。東京の自由劇場の次にタングが訪れるのは、福岡のキャナルシティ劇場。広がっていく『ロボット・イン・ザ・ガーデン』旋風に、今後も目が離せません。公式サイトはこちら