日本でロングラン上演中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』。世界中にファンのいるハリー・ポッターシリーズの舞台版が、日本オリジナルキャストで上演されています。約半年前にチケットを購入し、念願の観劇を果たしてきました。(2022年12月・TBS赤坂ACTシアター)※ネタバレを含みます。ご注意ください。
私たちの魔法の旅は、再び9と3/4番線から始まる
小学生の頃からハリー・ポッターシリーズに魅了され、ブロードウェイまで舞台を観に行った筆者にとって、日本オリジナルキャストの舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』観劇は念願でした。夢にまで見た魔法の世界が、本やスクリーンを通してではなく、目の前に現れる。皆が一度は唱えたことのあるであろう呪文の数々が、舞台上で唱えられ、時には観客がどよめくような魔法が起こっていきます。
最新技術ではなく、アナログな人々の身体表現や細かな動きで作り上げられたという魔法の数々。以前、俳優の風間俊介さんがディズニーランドについて、“(魔法の世界を作り上げた)その人たちの努力のことを魔法と呼ぶ”のだと語っていましたが、本作も同様に、人々の意志と努力によって魔法が作り上げられています。だからこそ、生の空間で起こる魔法には、思わず鳥肌の立つ美しさと感動があります。
そして、本作の上演にあたって新たに訳された日本語訳では、舞台ならではの韻や言葉遊びも丁寧に訳されています。イギリス演劇らしい奥深い言葉の連なり、そしてハリー・ポッターやダンブルドアを中心に語られる、愛や人間の本質を突いた言葉たち。これらが魔法のように降り注ぐのが、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』の大きな魅力と言えます。
『ハリー・ポッターと呪いの子』の舞台は、シリーズの最終章である第7巻『ハリー・ポッターとしの秘宝』の最後に描かれている場面から始まります。ハリーたちが魔法界を救ってから19年後、父親となったハリーが9と3/4番線から息子をホグワーツに送り出す場面です。
以前、英文学の教授から、ハリー・ポッターシリーズは巨人やゴブリン、魔法使いなどファンタジーに不可欠なキャラクターが勢揃いしていることと、ファンタジーと現実の境目が描かれていることが特徴的であると聞いたことがあります。ロンドンに実在するキングスクロス駅から、ハリーの旅が始まる。私たちの日常の延長に、壮大な魔法の世界がある。だからこそ、人々はより魔法の世界にのめり込むのだと。
今回もそんなキングスクロスの9と3/4番線から、物語が始まるのです。
世界を救った英雄の息子として生まれ、アルバス・セブルス・ポッターという偉大なる名前を授かったハリーの次男アルバス。彼の負う重責たるや、想像を絶するものでしょう。ハリーとは違う寮に入り、ハリーとは違ってクィディッチが苦手。父親との“違い”は劣等感に変わり、ハリーとの溝を作り出していってしまいます。
かつて孤独なハリーがロンとハーマイオニーというかけがえのない友達を手に入れたように、アルバスもスコーピウスという青年と親しくなります。しかし、スコーピウスはドラコ・マルフォイの息子であり、闇の噂も立っていました。息子を守ろうとすべく奮闘するハリーは、スコーピウスとの親交に理解を示さず、ハリーとアルバスの溝がどんどんと深まっていってしまい…。
ハリーには欠点がある。だから世界を救った
本作を通して感じるのは、ハリーは“完璧なヒーロー”などではないということ。多くの人が経験するように、親子の関係に悩み、自分の選択は正しかったのかと苦しむ。時に過ちを犯し、人を傷つける。
ハリーはこれまでのシリーズでも、孤独や怒り、時に劣等感を抱えながら戦ってきました。無敵の能力を持つリーダーではなかった。だからこそ、ロンやハーマイオニー、ダンブルドア、そして両親の愛に支えられ、愛とは何かを知った。それが、同じように孤独な青年だったヴォルデモートとの生死を分ける結果となったのです。
筆者を含めた多くの人がハリーに共感し、“共に育った”感覚にあるのは、ハリーも未熟な1人の青年であり、失敗や悲しみを経験しながら、成長していったからなのではないでしょうか。
本作では父親を知らないハリーが、父親としてどうあるべきかという悩みに直面します。それはとてもリアルで、故にもどかしくもあります。アルバスはハリーに似て頑固で、無鉄砲なところがある。それが父親として心配であり、干渉したくなってしまう。
筆者が観劇した日にハリーを演じていた向井理さんは、不器用な愛ゆえの行動が、どんどんアルバスを苦しめてしまう様子を赤裸々に演じています。アルバスの前では良き父親であろうと格好つけてしまい、言葉で素直に愛を伝えることができない。
アルバスと歩み寄るには、彼に伝わる形で、愛を伝える必要があります。愛があるからといって、アルバスの意志を無視することは許されない。人間関係の根幹に関わるテーマです。
どんな時代になっても、魔法があってもなくても、私たち人間に共通して求められるのは、いかに自分に素直になり、自分とは“異なる”他者を受け入れ、愛を正しく使えるか。それだけなのかもしれません。
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は2023年5月公演分まで発売中(12月現在)。赤坂駅から劇場まで、ハリー・ポッターの世界に染まった世界は観る前から心が高鳴ります。チケットの詳細は公式HPをご確認ください。
スコーピウスを演じた斉藤 莉生さんは、なんと本作がデビュー作!歴史オタクで友達思いな愛らしいスコーピウスに、すっかり魅了されてしまいました。また、マートル役を務めた美山加恋さんはまさにマートルそのもの。キャラクターの表現の仕方が見事で、とても魅力的でした。人間らしさと愛、そして魔法に溢れた本作がずっとロングランし続けてくれることを祈っています。