江戸時代の名画家・葛飾北斎の生き様を通して「人生とは」「人間とは」を問う舞台『画狂人北斎』。自身が葛飾北斎フリークでもある宮本亞門さんが演出を務めます。北斎ゆかりの土地、東京都墨田区、長野県小布施町での公演も!今回は、取材会とゲネプロの様子をお届けします。
江戸と現代がリンク。北斎の70〜90歳の20年間を描く
舞台『画狂人北斎』は、江戸と現代を行き来しながら、江戸時代の名画家の葛飾北斎と、その娘・お栄の親子関係を軸に展開されていきます。親交のあった柳亭種彦や高井鴻山との人間模様、そして現代で北斎から影響を受けた長谷川南斗と峰岸凜汰の想いや葛藤を描いた作品です。
「最も尊敬する日本人は葛飾北斎」という宮本亞門さんの演出で上演します。
江戸時代後期の浮世絵師で、化政文化を代表する1人の葛飾北斎。『富嶽三十六景』や 『北斎漫画』など、日本人のみならず世界中の人が知る画家ではないでしょうか。江戸時代の平均寿命は44〜45歳という中で、90年という長い人生を生き、93回も引っ越しを繰り返したという逸話も持ちます。そして、その影には、絵を描くこと以外出来ない北斎を支えた娘のお栄の存在がありました。
北斎は、花鳥画・風景画・美人画・春画・漫画・幻想世界・肉筆画・西洋画と、1人の絵師が描いたとは思えないほど画風の違いが見られるジャンル・スタイルの違う3万点もの作品を描いています。ゴッホやモネ、クールべなど、ヨーロッパの芸術家に大きな影響を与えており、世界的に高く評価されている人物です。
北斎は72歳で富嶽三十六景を描き始めますが、突然版画を止め、肉筆画に取り組み始めます。本作では、北斎が肉筆画に取り組んでいた70〜90歳頃が描かれています。北斎親子の葛藤は、現代人に人生とは、そして人間とは何なのかを問います。
出演者には、葛飾北斎役に、圧倒的な演技力と作品に深みをもたらす存在感で幅広く活躍している、西岡德馬さん。蜷川幸雄演出の舞台『ハムレット』『天保十二年のシェイクスピア』で存在感を知らしめ、近年ではドラマ『過保護のカホコ』や『家政婦のミタゾノ』などに出演しています。
そして、娘のお栄を演じるのは、雛形あきこさん。人気バラエティ番組「めちゃ²イケてるッ!」に、22年に渡りレギュラーとして出演し、舞台『ハウ・トゥー・サクシード』や映像作品でも幅広く活躍しています。
柳亭種彦を演じる水谷あつしさんは、2枚目から3枚目までコメディセンス抜群で、どんな役でもこなせる多彩な俳優。
高井鴻山と柳川時太郎の二役を演じる馬場良馬さんは、ミュージカル『アラバスター』など多くの舞台、映画、ドラマに出演しています。
峰岸凜汰役の谷佳樹さんは、昨年、舞台『わが友ヒットラー』でヒットラー役を演じ、絶賛されました。
長谷川南斗役を演じる津村知与支さんは、劇団「モダンスイマーズ」・ユニット「道産子男闘呼倶楽部」所属で、強い存在感を持つ個性的な俳優です。
「早く観せたくてしょうがない」作品が完成!
囲み取材には、西岡德馬さん、雛形あきこさん、宮本亞門さんが登壇しました。
宮本さんは、北斎の「73歳にしてようやく動植物の骨格や出生を悟ることができ、80歳ではさらに成長し、90歳で絵の奥意を極め、100歳で神妙の域に到達し、百何十歳になれば1点1格が生きているようになるだろう」という言葉を引用して、今回の舞台は「とるに足らないのもになっている」と表現。
実際は、とるに足らないものということは全くなく、稽古場の時点で全員が意見を出し合い、台本の改訂も全員で行うという集中力もエネルギーも高い稽古場だったそう。普通であれば、緊迫感と不安が漂う初日の前ですが、今回は「早く観せたくてしょうがないという、珍しい状況」と話しました。
葛飾北斎を演じる西岡徳馬さんは御歳76歳!北斎の「まだ足りない」と死ぬまで絵に向き合い続けた生き方・仕事観に共感すると話します。
「演劇人生55年の集大成をお見せしようと思う」と言う西岡さんですが、俳優をやってきて、周囲からは「もうそろそろ頂点でしょ」と言われることはあっても、ご自身で「頂点だ」と感じたことが一度もないのだとか。「倒れるまで向き合い続けたい」と西岡さんの持つ“役者狂人”な部分が垣間見えました。
プレビュー公演を行う曳舟文化ホールのある墨田区は北斎ゆかりの土地でもあります。西岡さんから、劇中に出てくる牛島神社に朝から参拝に行ってきたというお話も。
北斎を支え続けた娘のお栄を演じる雛形さん。実は西岡さんが「どうしても雛形さんとやりたい」とリクエスト。雛形さんが10代の時に共演し、「この子はいい女優になる」と思っていたと言います。
宮本さんも、「役に入り込む集中力が凄く、大竹しのぶさんと近い凄さのある女優さん」と評価しました。
雛形さんは「こんなに意見を言っていいんだという稽古場だったので、本当に有り難かったし、いい刺激になった。西岡さんの胸を借りて、良い親子を見せられたらと思います」と話しました。
本作は現代の若者と北斎の姿を通して、世代問わず人間が“どう生きるか”ということがテーマになっています。
西岡さんは、「人生これでいいなんてことないです。もし、リタイアして何もやることないなと思っている人が見にきて下さったら、自分にも何かやりたいことがあったかもしれないと思って貰えたら。肉体はどんどん朽ち果てていくわけですけれど、死ぬまで前向きに」とコメントしました。
北斎のがむしゃらに生きる姿が現代人に伝えること
現代と過去とを行き来し、時に現代と過去がリンクして描かれる様が秀逸な作品。現代の東京に生きる峰岸凜汰は、先輩で葛飾北斎の研究家の長谷川南斗の講演会の手伝いをしています。凜汰は以前全国一位を受賞したことのある画家ですが、ある出来事をきっかけに、思うように絵が描けなくなってしまっています。
長谷川南斗は、「定規と文回し(コンパス)があれば、この世にある全てのものが描ける」と言った北斎の発言から、計算機科学を取り入れて、理性的に創作をしていたと話します。
しかし、舞台が転換し江戸に移り変わると「定規やコンパスに頼っていても生き生きとした線は描けない!」と道具を投げ出す北斎の姿。お栄があの手この手を使って北斎を焚き付けて絵を描かせようとしていた様子や、北斎が『神奈川沖浪裏』の絵画を描いた裏話が描かれます。
一方現代では、長谷川南斗が凜汰にもう一度絵を描くようにと説得中。しかし、凜汰は自分が絵を描けるようにと支援してくれていた姉を東日本大震災の津波で亡くしてから、「生きていることは虚しい」と感じ絵が描けないでいるのでした。
なぜ北斎は絵を描き続けるのか。それは北斎が「目」と表現する「北極星」にありました。
ある日、軒から足を滑らせ肥溜めに落ち、死にそうになっていた北斎。そんな時、目玉のように自分を見ている白い光が“生きろ”と言ったと話します。北斎の中で大切なキーワードとして残っている「天空」や「北極星」は、舞台装置としても象徴的に描かれています。
がむしゃらに絵画と向き合い続ける北斎の姿は、90歳になっても、好きなものを与えられた子供のような輝きを放ちます。例えお金にならなくとも、手が寒さで悴みながらも人々にくばすお守りとして、獅子の絵を描き続けたり、誰よりも人のことを想い、誠心誠意生きた北斎の人生が詰まっていました。
そしてそんな北斎を支えたお栄。北斎の娘として、時には母として、味方として、敵として、北斎を支えました。彼女の葛藤が描かれる場面では心を掴まれます。
高井鴻山と柳川時太郎を演じた馬場良馬さん。酒癖が悪く、常に北斎にお金をせびりに来る、気性の荒い孫の時太郎と、北斎の弟子で誠実な高井鴻山との演じ分けが見事でした。
舞台『画狂人北斎』は2月2日(木)〜3日(金)に曳舟文化センターでのプレビュー公演を皮切りに、札幌から鹿児島まで、全国13箇所25公演を行います。墨田区と共に北斎ゆかりの地である長野県小布施町での公演も!東京凱旋として、3月22日(水)〜26日(日)に東京・紀伊國屋ホールで上演・大千秋楽を迎えます。
休憩なし、約1時間50分の公演となっています。公式サイトはこちら。
観劇するまで、難しい話かもしれないと身構えていましたが、描かれているのは普遍的な人々の夢や葛藤。老若男女、どなたが見ても必ず共感できる作品になっていました。