2013年に出版されたドリアン助川の小説「あん」。2015年には映画化、樹木希林さん最後の主演作としても注目を集めることになりました。原作は13カ国で翻訳・刊行され、コロナ禍で世界中からレビューが急増。閉塞感のある世界で、人はどう生きていくかを問いかける本作が2021年、劇団朋友の手によって初舞台化されました。(2021年12月・朋友芸術センター)※ネタバレにご注意ください

人はなんのために生まれてきたのか

やりたいことが出来ない、行きたい場所に行けない、会いたい人に会えない。そんな生活が約2年続いています。“家から一歩も出られない”ことは無くなったとは言え、地方にいる大切な友人に会えなかったり、数年に1度は“ご褒美”にしていた海外旅行に行けなかったりする中で、ふと虚無感に襲われていることは否定できない。そんな経験を経た今だからこそ、劇団朋友の『あん』は深く心に突き刺さりました。

どら焼き屋を営む千太郎の元にやってきたのは、70歳を過ぎた女性・吉井徳江。“年齢不問”のバイト求人を見てやってきたのです。最初は取り合わなかった千太郎ですが、徳江の作る美味しい「あん」に感動して雇うことに。しかし、彼女がハンセン病患者であることが発覚し、事態が急変し始めるのです。

1953年に成立した「らい予防法」により、ハンセン病患者は療養所に隔離されてきました。ハンセン病が治る病気になり、隔離する明確な理由はなくなっても法律は変わらなかった。廃止されたのは1996年。43年もの月日が経っています。少女の頃に隔離された回復者が自由に外出できるようになったのは、高齢になってからだったのです。

徳江さんもその1人。自由に外出できるようになったと言っても、世間からの偏見に晒されることも多い。そんな中でも優しさと強さを持って生きる徳江さんの姿には、涙を禁じ得ません。生きることとは何なのか。誰の役に立っていなくとも、何者かになれなくても、生きる意味はあるのか。切なさの中に浮かび上がる強いテーマに、心を揺り動かされました。

作品を丁寧に演じるキャスト陣にも注目

劇団朋友の益海愛子さんは、しっかり者で優しい徳江、そして作品が進むごとに明らかになっていく悲しみを、繊細に演じます。どら焼き屋の店主・千太郎を真っ直ぐに演じたのは、『マドモアゼル・モーツァルト』などに出演してきた戸井勝海さん。また、戸井さんは学生時代ジャーナリストを目指していたそうですが、視覚障害者の方々へのボランティア活動に行った際、活字は手に取ってもらわないと目に触れないけれど、歌や朗読はより多くの方にメッセージを伝えられると気づき、俳優を目指すことになったそう。キャスト陣の作品への深い想いが、作品に彩りを加えて行きます。

本作の公演は12月12日にて終了しましたが、12月27日12時までライブ配信のアーカイブを購入することが出来ます。(視聴は14時まで)コロナ禍の2021年を締め括る1作に、ぜひ。

Yurika

ハンセン病という重いテーマでありながら、どら焼き作りと人々の交流を描いた温かなシーンも本作の魅力。少々適当な店主・千太郎をせっつきながら、徳江さんが語るどら焼き作りの秘訣を聞いていると、上演が終わった頃にはすっかりお腹が空いているのでした。