日本初演となるミュージカル『ベートーヴェン』が、井上芳雄さん主演で2023年12月9日より日生劇場にて開幕します。『運命』や『第九』など誰もが一度は耳にしたことのある数々の楽曲を作ったベートーヴェンですが、彼の人生は苦難の連続でした。今回はベートーヴェンの人生や時代背景について解説します。

アルコール依存症だった父親からのスパルタ教育と虐待

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベンは、1770年にドイツのボンで誕生。大人になってから難聴を患ったことは有名ですが、実は幼少期も彼にとっては苦しい日々でした。宮廷のテノール歌手でアルコール依存症だった父親のヨハンが、虐待とも言えるスパルタ教育を行っていたからです。ベートーヴェンを楽器の前に立たせて暴力をふるう、酔って帰宅し叩き起こしてピアノを弾かせるなどの行為は日常的でした。

ヨハンの目的は、我が子を第二のモーツァルトに仕立ててお金を儲けること。神童アピールのため、ベートーヴェンの年齢を若く偽り演奏会デビューもさせています。

結果的にベートーヴェンはクラシック界で最も偉大な音楽家として名を残すこととなりました。しかし幼少期に父親から受けた厳しい教育と虐待が、ベートーヴェンの人格形成に与えた影響は大きかったのではないでしょうか。

20代で難聴を発症。音楽家としての絶望と覚悟が綴られた遺書

ベートーヴェンが難聴を発症したのは28歳の頃。「交響曲の父」と呼ばれたフランツ・ヨーゼフ・ハイドンに弟子入りするためウィーンに移住し、数年が過ぎた時のことでした。

『ピアノ協奏曲』の初演を成功させ、ピアニストとして活躍しながら創作活動もしていたベートーヴェン。ピアノソナタ第8番『悲愴』を発表した30歳の頃にはほぼ聞こえない状態になってしまいます。

音楽家として音が聞こえないのは致命的。ベートーヴェンは周りに気付かれないよう人との交流を避け、唯一相談していた主治医の勧めでウィーン郊外にあるハイリゲンシュタットという田舎で半年間の療養をします。そこで書かれたのが『ハイリゲンシュタットの遺書』でした。

遺書には、「自分の命を絶つまであとほんの少しであった」「芸術が私を引き留めてくれた」という言葉が書かれており、苦しみながらも芸術と共に人生と向き合っていこうとするベートーヴェンの覚悟が伝わります。この遺書を書いた後のベートーヴェンは、数々の傑作を生みだし現在も愛される楽曲を残しました。

同年代の尊敬するナポレオンへ贈った『英雄』

ベートーヴェンは同じ時代を生きたナポレオン・ボナパルトに尊敬と憧れを抱いていました。元軍人だったナポレオンのフランス革命での活躍や、彼が掲げていた自由・平等・博愛の思想に共感したからです。

ベートーヴェンはナポレオンに献呈するため『ボナパルト』という交響曲を作曲。しかし1804年にナポレオンが皇帝に即位したことを知ると「あいつも権力者に過ぎなかったか!」と激怒。献呈を抹消してしまいます。

ベートーヴェンは表紙を破り捨て、タイトルを『シンフォニア・エロイカ』(英雄交響曲)に変更、「ある英雄の思い出のために」と書き加えました。この時完成したのが交響曲第3番『英雄』です。会ったことのないナポレオンのファンになり、勝手に裏切られた気分になったベートーヴェンは実はとてもピュアな人物だったのかもしれません。

ベートーヴェンが手紙を残した叶わぬ恋の相手アントニー

一度も結婚をせず56歳で生涯を終えたベートーヴェンですが、愛した女性のエピソードは数多くあります。その中でも注目されているのが、「不滅の恋人」と呼ばれている女性。これはベートーヴェンの死後に発見された熱烈な愛の手紙の中に書かれていた宛名でした。相手の名前は書かれていなかったため、候補として何人かの女性が推測されています。諸説ある中でミュージカル『ベートーヴェン』ではアントニー・ブレンターノが想い人として登場。花總まりさんが演じます。

アントニーはウィーンで生まれ、15歳年上でフランクフルトの実業家フランツ・ブレンターノと政略結婚。計6人の子供を産みました。ブレンターノ一家は1810年父親の最期の看病と遺品整理のため家族でウィーンに滞在中、ベートーヴェンと知り合います。アントニーの夫フランツはベートーヴェンのパトロンであり友人でした。父親を亡くし失意のどん底にいるアントニーのために、ベートーヴェンは何時間もピアノを弾いたと言われています。

ベートーヴェンが不滅の恋人へ書いた手紙の中に、「一緒に暮らすことができたら」という言葉がありますが、既婚者で友人の妻であるアントニーを奪ってまで一緒に暮らすことはできなかったのでしょう。不倫だったため宛名を書かず相手が誰なのかわからないようにしたのではという説が濃厚です。ベートーヴェンは惚れっぽく、ハードルの高い相手ばかり好きになるので叶わぬ恋が多かったのかもしれません。しかしこの熱い恋愛が、ベートーヴェンの作った音楽に影響を与えていたのではないでしょうか。

ミュージカル『ベートーヴェン』は2023年12月9日から29日まで東京の日生劇場にて上演。その後、2024年1月には福岡、愛知、兵庫を全国ツアーで周ります。公演情報の詳細については公式サイトをご覧ください。

かずちぃ

ベートーヴェンは生誕250周年を過ぎた現在でも、交響曲やピアノソナタなど数々の名曲と共に愛されています。耳が聞こえず、感情の激しかったベートーヴェンだからこそ得られた苦悩の果ての栄光なのではないでしょうか。