ミュージカルにおいて重要な役割を担い、観客が主人公に感情移入するきっかけを作る「I Wish Song」「I Want Song」。主人公が心の底で求めているもの、現状では達成できていないことに対する心情について、多くは1幕の冒頭・前半で歌われ、これからのストーリーの軸を示す楽曲でもあります。ディズニー作品では特にこれが意図的に作られていますが、多くのミュージカル作品に「I Wish Song」「I Want Song」が登場します。皆さんがよく知る楽曲もあるはずですよ。
『リトル・マーメイド』より「パート・オブ・ユア・ワールド」
「I Wish Song」「I Want Song」の代表格と言えるのが『リトル・マーメイド』でアリエルが歌う「パート・オブ・ユア・ワールド」。ディズニー・ルネサンスの原点の作品であり、アラン・メンケンとハワード・アッシュマンの伝説的なコンビが作り出した名曲です。今や世界中の人々が知るミュージカルソングであり、幼少期に自分の願いを重ね合わせた方も多いのではないでしょうか。
海の中でプリンセスとして恵まれた環境にありながら、「だけど足りないなにか」と心の内を明かすアリエル。彼女が望むのは、人間の世界に行くことです。しかし父のトリトン王の親心がそれを阻みます。まだ見ぬ海の上の世界に手を伸ばして「いつの日か 陸の世界の 果てまでも行きたい 人間の世界へ」と彼女の望みを歌うアリエル。そしてその想いを果たそうと行動するアリエルの姿が、『リトル・マーメイド』の物語の軸として展開されていきます。
2023年の実写映画化にあたり新曲の製作に参加した、今の演劇界を代表するクリエイターであるリン=マニュエル・ミランダは、「パート・オブ・ユア・ワールド」は“映画史上最も偉大なキャラクター・ソング”だとコメントしています。「高揚するバラードであると同時に、完全に会話的でもあり、しかもどちらの側面も全く犠牲にしていない」と。これこそが、まさに「I Wish Song」「I Want Song」の特徴と言えるでしょう。
『モアナと伝説の海』より「どこまでも 〜How Far I’ll Go〜」
リン=マニュエル・ミランダが音楽制作として参加したディズニー映画『モアナと伝説の海』。この作品には、主人公のモアナが海への憧れを歌う「どこまでも 〜How Far I’ll Go〜」という楽曲があります。「許されないの 憧れの遠い海」「どこまで遠くいけるのかな」「追い風うけ こぎだしてきっと 私は いくのよ」とまさに彼女が置かれている状況、今叶えられていない憧れ、彼女が作品を通して実現していくことが示されていますね。
『モアナと伝説の海』の公開は2016年で、『リトル・マーメイド』公開から30年後。時代を超えて「I Wish Song」「I Want Song」がミュージカルの中で大きな役割を果たしているのと共に、王子様への憧れではなく、自分らしくいられる居場所を求めて飛び出していくモアナの姿に主人公像の変化も感じられます。
『ハミルトン』より「My Shot」
リン=マニュエル・ミランダ繋がりでご紹介したいのが、アメリカで社会現象を巻き起こしたミュージカル『ハミルトン』。リン=マニュエル・ミランダの名前をブロードウェイに知らしめ、また彼の演劇界の地位を確固たるものにした作品と言えます。
アメリカ国民のルーツとなるアメリカ建国の物語を、多様なルーツを持つキャストで上演したこと。ラップを中心としたヒップホップ音楽で構成されており、音楽自体が素晴らしいのはもちろん、芝居と限りなくシームレスな音楽に仕上げたこと。これらが若い観客を含めた多くの世代に支持され、伝説的な作品となりました。
その中で、リン=マニュエル・ミランダ自身が演じるアレクサンダー・ハミルトンが歌う「My Shot」は、移民で貧困だった彼が知性と文才のみでのしあがろうとする野心と勢いを感じさせる楽曲。「I’m a diamond in the rough」(俺は荒削りのダイヤモンドだ)、「So there will be a revolution in this century」(今世紀、革命を起こそう)、「Don’t be shocked when your hist’ry book mentions me」(歴史の本に私が出てきても驚くなよ)とかなり明確に彼の「Wish」「Want」を明かしています。そして実際に彼は自分の文才を武器に、アメリカという国を作り上げていくのです。いわゆるバラードソングではありませんが、現代流の力強い「I Want Song」ですね。
『ノートルダムの鐘』より「陽射しの中へ」
「I Wish Song」「I Want Song」の例として挙がることの多い楽曲の1つが、『ノートルダムの鐘』の「陽射しの中へ」ではないでしょうか。ディズニー作品の中でも悲劇的な作品ながら、根強いファンの多い『ノートルダムの鐘』。容姿ゆえに塔の中に閉じ込められたまま育った青年カジモドが、「陽射しの中へ」で自由に街に出ていくことを夢見て歌います。
「夢が叶うなら 1日でいい 街の中で 暮らしたい」「どんなことが起ころうとも 僕は行きたい 陽射しの中へ」「平凡な暮らしの幸せ」「僕ならそんな毎日大事にする」と、彼のささやかで切実な願いが歌われています。エモーショナルな音楽が胸に響き、観客が一気にカジモドの「Wish」に想いを寄せる1曲です。
『塔の上のラプンツェル』より「自由への扉」
塔の中から自由を夢見る、という主人公はカジモドだけではありません。ディズニー・プリンセスの中でも特に人気の高い『塔の上のラプンツェル』の主人公ラプンツェルも、塔の外の世界を夢見ています。そんな彼女の「I Wish Song」「I Want Song」が「自由への扉」。
「いつもと同じ朝」「変わらない毎日」の中で、「外の世界を見に行きたい」と歌います。そして、ラプンツェルの誕生日に毎年空に飛ぶ光を目指して、彼女は塔の外へと飛び出していくのです。「自由への扉」の原題は「When Will My Life Begin?」。彼女の人生の始まりの歌であり、それが自由への扉でもある。どちらもラプンツェルのWishを表現した素敵なタイトルですね。
『マイ・フェア・レディ』より「だったらいいな」
日本でも長年愛されるミュージカル『マイ・フェア・レディ』。「だったらいいな」(Wouldn’t It Be Loverly)では、花売りのイライザが訛りの英語で、「あたたかい部屋で チョコレートを食べる そんな暮らしが できたら いいな」と歌います。ピュアな願いでありながら、上流階級との暮らしの差を感じさせる楽曲でもあります。そしてヒギンズ教授との出会いにより、彼女は「チョコレートを食べる」暮らしを手に入れるために奮闘していくことになります。
『モーツァルト!』より「僕こそ音楽(ミュージック)」
ミュージカルソングとして特に人気の高い楽曲が、『モーツァルト!』の「僕こそ音楽(ミュージック)」ではないでしょうか。観客の心を掴み、グッと作品の世界へと連れて行ってくれる美しいメロディーと、「僕こそ ミュージック」という演者にも重なる歌詞、“天才”“奇跡の子”としてしか見てもらえない彼の「このままの僕を 愛してほしい」という切なる願い。あらゆる観点で完成度の高い「I Wish Song」「I Want Song」と言えます。
モーツァルトの妻となるコンスタンツェが歌う「ダンスはやめられない」は、コンスタンツェのキャラクターを表す楽曲ながらも「僕こそ音楽(ミュージック)」と対照的で、「未来なんていらない」「ダンスはやめられない その時だけ幸せになる」と、未来への願いよりも今の自分の人生に対する空虚さや寂しさが感じられます。
『ディア・エヴァン・ハンセン』より「Waving Through A Window」
2015年に初演を迎え、2021年に映画化された最新ヒットミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』。日本では2023年現在まだ上演されていませんが、映画や楽曲を通して日本でもファンの多い作品です。友達がいない孤独な学校生活を過ごすエヴァン・ハンセンがSNSを通して人と繋がることを知るという、現代を舞台にした作品は多くの若い観客から共感を得ました。
エモーショナルな音楽の数々に魅了される本作の中で、「I Wish Song」と言えるのがエヴァンの歌う「Waving Through A Window」。窓越しに手を振る、というタイトルには、「I try to speak, but nobody can hear」(話しかけても誰も聞いていない)、「I’m tap, tap, tapping on the glass/I’m waving through a window」(ガラスを叩いて叩いて、窓越しに手を振り続けている)、つまり目の前にいる相手に、どんなに話しかけても彼の声や想いは届いていないという深い孤独が込められています。
学校生活や社会だけでなく、SNSなどを通じて常に誰かと誰かの繋がりが見えるようになった現代で、孤独を感じるエヴァンの言葉が刺さりますね。自分が叶えたい目標というよりも、深い孤独の中で叶いそうにもない、本当に誰にも言ったことのない心の底の願いを表したような楽曲です。
そして「When you’re falling in a forest and there’s nobody around/Do you ever really crash, or even make a sound?」(森の中で君が落ちた時、周りには誰もいない。それは本当に落ちたのだろうか?音を立てたと言えるのだろうか?)という歌詞は、彼の孤独を表す単なる比喩ではないことが、後から分かります。
『アラジン』より「スピーチレス(Speechless)」
最後にご紹介するのは、実写映画にあたって新たに追加されるという珍しい形で作られた「I Wish Song」「I Want Song」。『アラジン』は元々貧しい生活の中で暮らすアラジンが魔法のランプの魔人ジーニーと願いを叶えることを主軸とした物語であり、ジャスミンも王室の暮らしの中で自由を求めていたものの、ジャスミンの「I Wish Song」はありませんでした。
しかし時代の変化と共にミュージカル上演の中では彼女の自由への願いが描かれ、実写映画化にあたって新曲「スピーチレス(Speechless)」が誕生。実写映画でのジャスミンは「自分が惹かれた相手と結婚する」だけでなく、「自分自身が王位を継承したい」という強い意思を持っています。
そんな彼女のキャラクター性と強い願いを表した楽曲が「ピーチレス(Speechless)。本楽曲を製作したのは、『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』を手がけたベンジ・パセク&ジャスティン・ポールのゴールデンコンビです。「ただ黙っていることが 賢い生き方と 教えられてきたけど」「今、声をあげよう」「誰にも 邪魔はさせない」と彼女の心を突き刺すような願いが歌われます。劇中の前半と後半の2回に分けて歌うことで、彼女の想いがどんどん増していくことが伝わる楽曲です。
「I Wish Song」「I Want Song」には主人公が1番大切にする想いや信念が描かれており、エモーショナルな楽曲が多いですね。物語を通してこの願いを果たしていくキャラクターの姿を見ていると、毎日をなんとなく過ごしてしまいがちな中で、自分の達成したいことは何か、自分が人生の軸にしたいことは何かを考えさせられます。