「モノ・人・まちをつくる創造型劇場」を掲げるKAAT神奈川芸術劇場。毎年独自の視点で選ばれた演劇・ミュージカル・ダンス作品が上演されています。2024年度ランナップ発表会が行われ、芸術監督を務める長塚圭史さんが2024年度のシーズンタイトルと作品ラインナップを発表しました。
2024年度シーズンタイトルは「某〜なにがし〜」
KAAT神奈川芸術劇場はシーズン制を導入しており、年度の前半をプレシーズン、9月からをメインシーズンとしています。シーズン制について芸術監督の長塚圭史さんは、「劇場にリズムと季節感を生むもの」と説明。外壁を含め、街に暮らす人々が劇場のシーズンを感じられると同時に、作品のラインナップについても意味のあるものとなっていきます。
そして2024年度のシーズンタイトルは「某〜なにがし〜」。2021年度は“冒険”の「冒(ぼう)」、2022年度は“忘却”の「忘(ぼう)」、2023年度は“美貌”の「貌(かたち)」がシーズンタイトルとして掲げられていました。
「某〜なにがし〜」を選んだ理由の1つとして長塚さんは「匿名性、コピーアンドペーストなどが増え、何者の言葉を私は語っているのか。目の前で語られている言葉はどの立場で言っているのか、本当にあなたの言葉なのか」など、今の社会で感じられる想いが反映されていることを語りました。
「私でありあなたでもあるかもしれない某、意志を持ってあるいは意志なくして正体を無くした某、また大きな思想や金儲けのために生み出される某、そして今日も一日働いて誰に褒められることもなく社会を支えている某」。様々な「某」のレンズを通して、何が見えてくるのでしょうか。
メインシーズンは藤田俊太郎が演出を手がける『リア王の悲劇』で開幕
プレシーズン、5月24日(金)から開幕するのは作:兼島拓也さん、演出:田中麻衣子さんの『ライカムで待っとく』。7月にはKAATキッズ・プログラム2024として作・出演:アンディ・マンリーさんの『ペック』、加藤拓也さんが初めてキッズ・プログラムを手がける『らんぼうものめ』が上演されます。
そして「某〜なにがし〜」メインシーズンの開幕作品はKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『リア王の悲劇』。演出を『ラビット・ホール』『ラグタイム』で読売演劇大賞 最優秀演出家賞を受賞した藤田俊太郎さんが務めます。
藤田さんは「時代を超えて支持され愛される文学の最高峰に挑戦できることを心から幸せ」と喜びを語り、「2024 年に問うべき作品の主題を多義的に豊かに、リアの存在・言葉を通して創作したい」と意気込みます。3〜5世紀のブリテン、キリスト教の考え方や概念が入る前の時代の「人間としての在り方、尊厳」と、「女性の生き様」に光を当てた演出になるそう。
そして11月にはイギリスの現代演劇を代表する劇団ヴァニシング・ポイントと、KAAT 神奈川芸術劇場の国際共同制作により、村上春樹さんの短編小説をもとにした新作『品川猿の告白』(英題:Confessions of a Shinagawa Monkey)を上演。
村上春樹さんの『品川猿』、『品川猿の告白』を原作に、人間の言葉を話し、人間の文化を理解するように育てられた猿を巡る物語です。他者への強制、罪と救済、記憶、そしてアイデンティティといった多層的なテーマを扱った本作を、日本語と英語二カ国語が飛び交うダイアローグと独特な身体言語を用いて描いていきます。空間造形の中に字幕を組み込むことで、多言語での上演を可能にすると同時に、聴覚障がい者へ鑑賞の扉を開きます。
KAAT での世界初演ののちには、劇団ヴァニシング・ポイントの本拠地であるグラスゴーでの上演、その後イギリス国内、アジア・オセアニアを含む世界各地での上演を計画中とのこと。
さらに2025年2月中旬から下旬には、新ロイヤル大衆舎×KAAT vol.2『花と龍』を上演。新ロイヤル大衆舎とKAATのタッグは約4年ぶり。芥川賞受賞作家・火野葦平さんの自伝的長編小説を原作に、歌舞伎からミュージカルまで幅広い作品を手掛ける齋藤雅文さんが脚本を手掛け、長塚圭史さんが演出、新ロイヤル大衆舎のメンバーでもある山内圭哉さんの音楽が作品を彩ります。
長塚さんは「シーズンタイトル「某」と呼応する人情活劇であり、北九州の炭鉱が栄えた日本の経済発展の歴史の1ページでもあります」とコメント。「ホールとロビーが華やぐ仕掛けを生み出したい」と構想を語りました。明治時代終盤の北九州を舞台に、男女が逞しく麗しく生き抜く様をスリリングに描く、人情味と熱気あふれる“大衆演劇”です。
2025年2月〜3月は、作:山本卓卓さん、演出:益山貴司さんの新作書き下ろし演劇作品の上演も予定。2022 年に範宙遊泳『バナナの花は食べられる』で第 66 回岸田國士戯曲賞を受賞した山本卓卓さんが、 “愛と正義”をテーマに書き下ろす新作戯曲です。
山本さんは本作の企画書に、「2023年に上演した範宙遊泳『バナナの花は食べられる』の「人を助けたい」から、もう「人を助けている」人たちの話へ。人を助けることを諦めそうになるヒーロー。人を愛することをやめようとする人間。もうすでにそれをやめている怪物。戦うことは傷つけることとわかっているのに戦わなければならない立場。戦うことを放棄する者。死ぬ者。生き残る者。愛と正義が両立しない時人はどうするか。深い愛の正体は、闇深い狂気なのかもしれないという疑心暗鬼。現代の「争い」に言葉と物語と暗喩で応答する」と書かれたと明かしており、本作への期待が高まります。
その他ラインナップ作品は公式HPをご確認ください。
長塚圭史さんは、「芸術というのは、日常生活を生きる私たちを癒すこともできるし、新しい視界を与えることもできるし、想像力や共感の力を育むことができる。劇場は、地域で暮らす人々、働く人々にとって心を癒したり動かしたりする場所であり続けなければならない」と劇場の必要性を訴えつつ、「社会を優しく、時に厳しく見つめる視点を持ち続けなければならない」と演劇の役割を改めて語られました。