韓国創作ミュージカルを代表する人気作『ファンレター』。作家を志す孤独な青年セフンに海宝直人さん、彼に寄り添うもう 1 人の人物ヒカルに木下晴香さん、セフンが憧れる小説家ヘジンに浦井健治さんを迎え、日本版初演の幕が開きます。開幕を前に行われた、本作のゲネプロリポートをお届けします。

ファンレターから始まる嘘と愛

本作は韓国創作ミュージカルを代表する人気作であり、2016年の初演以降、韓国で度々再演を続け、中国でも14都市で上演されたミュージカル『ファンレター』。1930年代の京城(現在のソウル)を舞台に、“ファンレター”をきっかけに文人たちの世界に入ることになった、ある孤独な文学青年の成長を描いた物語です。

1930年代は日本による厳しい抑圧が行われており、朝鮮語の禁止など言論の統制が厳しく行われており、文人たちは怯えながらも小説を書き続けていました。東京に留学中、辛い日々を過ごしていた青年セフンは、自分の心を救ってくれた小説家・ヘジンにペンネーム「ヒカル」の名前でファンレターを送ります。

そして京城に戻り、新聞社で雑用係を始めたセフンは、文学会「七人会」に参加したヘジンと出会うことに。憧れの人を目の前に舞い上がるセフン。しかしヘジンは、手紙の相手ヒカルを女性だと思い、恋焦がれているのでした。

肺結核を患い、命をかけて小説を書き続けながらヒカルを思うヘジンに、セフンは本当のことを言い出せません。もし本当のことを言えば、自分もここにい続けられないかもしれない。セフンはヒカルとして手紙を書き続けることを決意します。

そうして生まれたヒカルは、セフンの合わせ鏡でありながら、どんどんと生きた人物になっていきます。さらにヘジンに送ったヒカルの小説を、ヘジンが新聞に掲載したことで、ヒカルは天才女流作家として名を知られ始めてしまい…。

海宝直人さんは、「誰にも愛されない」孤独を抱える気弱な青年セフンを好演。ヒカルがどんどんと暴走していく姿に怯えながらも、ヒカルはセフンの深層心理、憧れの姿でもあります。そんな葛藤を、手に取るように歌声に乗せて表現する様は、さすが海宝直人、と唸らずにはいられません。小さな声でも一言一言が明瞭に聞こえ、感情が繊細に伝わってくる技術力の高さが存分に発揮される本作は、海宝さんの新たな代表作となるのではないでしょうか。

そしてヘジンが文章だけで恋焦がれる圧倒的な文章力と、その中から見える強い美しさを放つヒカルを演じるのは、木下晴香さん。凛とした佇まいと、謎めいた恐怖さも感じさせる存在感。次第にヘジンが命懸けで最高傑作の小説を書き続けるよう誘導していく姿は、まさに芸術の女神「ミューズ」そのもの。木下さんの力強く突き抜ける歌声をたっぷりと堪能できる作品となっています。

小説家キム・ヘジンを演じる浦井健治さんは、ただ「書くこと」に没頭する天才作家の姿を熱演。命を本当に削ってしまっているのではないかと心配になる程、キム・ヘジンそのものの姿で舞台上に存在しています。

文人たちを描いた本作は、美しい台詞、歌詞の数々も魅力的。韓国の作品ながら、翻訳:⽊村典⼦さん、訳詞:⾼橋亜⼦さんの手によって、美しい日本語が詰まった、一言一言を噛み締めたくなる作品となっています。

またセフン、ヒカル、ヘジンの関係性を印象的に、影を生かしながら描くライティングにも魅了されます。静かに、しかし確実に関係性の変化を描いていく、絵として美しいシーンの数々。またシアタークリエという空間も作品とマッチしており、客席中がじっと、息をするのも忘れて見つめてしまうような時間が続き、空間を共有する演劇・ミュージカルならではの体験が待っています。

「芸術の光を残すために」。時代が苦しい時、文学とは、芸術とは何が出来るのか。言葉は誰に届くのか。芸術を愛する全ての人に見ていただきたい作品です。

ミュージカル『ファンレター』は9月9日(月)から30日(月)までシアタークリエ、10月4日(金)から6日(日)まで兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホールにて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

文学会「七人会」のメンバーたちが交わす言葉も、ヒカルとヘジンによる手紙も、どれもが美しく情熱的で、芸術への愛が詰まった作品だと感じました。