リン=マニュエル・ミランダの処女作であり、2008年度トニー賞最優秀作品賞を含む4部門を受賞、2021年に映画化もされたBroadway Musical『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』。日本版としては3度目の上演となり、Def TechのMicroさんと平間壮一さんがWキャストでウスナビ役を演じます。本作のゲネプロと取材会のリポートをお届けします。

1人1人がちょっとずつ優しさを増やしていくだけで、世界は変わっていく

取材会には、ウスナビ役のMicro(Def Tech)さん・平間壮一さん、ベニー役の松下優也さん、ニーナ役のsaraさん、ヴァネッサ役の豊原江理佳さん、ダニエラ役のエリアンナさん、ピラグア屋役のMARUさん、グラフィティ・ピート役のKAITAさん、演出・振付のTETSUHARUさんが登壇しました。

演出・振付のTETSUHARUさんは本作について「皆さんの素晴らしいエネルギーとパフォーマンスを、各シーンで十分に楽しんでいただけるような作りになっています」と語り、「ブロードウェイミュージカルの歴史や、この作品においての在り方についても皆さんと話し合いながら創りました」とコメント。

『イン・ザ・ハイツ』はプエルトリコ人の両親の元に生まれ、ニューヨーク・ワシントンハイツで育ったリン=マニュエル・ミランダが、自身のコミュニティを描いた作品。彼が親しんできたラップやサルサ、ヒップホップなどの楽曲が多数使用され、本作のアルバムが2009年度グラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞を受賞するなどの音楽性の高さはもちろん、ラティーノ(中南米系移民)の俳優を多く起用した初めてのミュージカルでもあり、ミュージカル界の歴史を変えた作品と言えます。

2014年の初演以来、10年ぶり2度目の出演となる松下優也さんは、「10年前は今ほどミュージカル作品に出演していなかったので、ミュージカルにはまだアウェーな気持ちがあって。そんな中でも『イン・ザ・ハイツ』ではホームのような感覚を感じていました。ただ音楽が素晴らしかったり、パフォーマンスが派手だったりする分、今振り返ると勢いだけでやっちゃっていたなと思うところもあって。この10年間で自分も色々なお芝居やミュージカルをやらせてもらえるようになって、楽曲やパフォーマンスに繋がっていく、根っこのお芝居に今回は重きを置いてやりたいなと思い、再構築して作っていった」と当時を振り返りながら語ります。

また今回のベニー役には衣装にもこだわりが。初演ではブーツを履いており、先日音楽番組『ミュージックフェア』出演時は革靴だったそうですが、オリジナル版を踏襲し、スニーカーのNIKE エアフォース1に変更。「スーツでもスニーカーを合わせるカルチャーがあるので、それがベニーらしさでしょと思って」松下さんが提案されたそうです。

また今回が初出演となる豊原江理佳さんは、念願の『イン・ザ・ハイツ』出演に「場当たりでヴァネッサが1人で歌い始めた時、客席に小学生の時の自分がいるような気がして。私ここでヴァネッサやっているんだって、夢なのか現実なのか分からない気持ちになりました。その時の自分にも誇らしい気持ちで舞台に立てるなと思います」としみじみと語り、その言葉にエリアンナさんは涙が溢れそうになるのを堪える一幕も。

今回MARUさんは本作で初めて女性でピラグア屋役を務めるということで、「ストーリーに関係があるというより、歌う歌でシーンの色が変わる役回りが大事なので、あまり男性女性を考えずに、ピラグア屋の売るぞという奮い立つ気持ちを楽しく歌うようにしています」とコメントしました。

平間壮一さんは「今、世界では受け入れ態勢は徐々に出来てきていると思うんですけれど、色々な人種や、色々な人が集まった時に、人のためを思って動くということが次のステップかなと思っていて。他人のことを思って、隣の人のことを思って、会ったことのない人のことを思って生活していく。1人1人がちょっとずつその優しさを増やしていくだけで世界は変わっていくんじゃないかなと思っているので、そんなことをこの作品で感じていただけたら」と思いを込めたメッセージを。

Micro(Def Tech)さんも「壮ちゃんのおかげでウスナビの人間力が上がりました。人間力というのは、目の前の1人に尽くす、楽しませる、喜ばせる。ここを徹底して、カンパニーの皆さんと最後まで走り抜いていきます」と意気込みました。

「ここがホーム、みんなが少し優しくなるよ」

世界中で最もチケットが取れないミュージカルと言われる『ハミルトン』を生み出し、クリエイターとしても俳優としてもブロードウェイの第一線で活躍するリン=マニュエル・ミランダの処女作『イン・ザ・ハイツ』。

物語の舞台はマンハッタン北西部、移民が多く住む町ワシントンハイツ。ドミニカ系移民のウスナビ(平間壮一さん)は両親の遺した商品雑貨店を従兄弟のソニー(有馬爽人さん)と営みながら、いつか故郷のドミニカで暮らすことを夢見ています。

オープニングナンバーではウスナビがラップで町に住む人々を紹介。リズミカルながらも台詞をしっかりと聞き取らせる、平間さんの技術力の高さが光るシーンであり、壮大な歌とダンスで町の人々のエネルギーが感じられるナンバーです。

ワシントンハイツ出身で名門スタンフォード大学に進学したニーナ(saraさん)は、久しぶりに町に帰ってきます。タクシー会社を経営しながら学費を工面してくれる両親をこれ以上苦しめられないと悩むニーナ。タクシー会社で働くベニー(松下優也さん)はニーナとの再会を喜びますが、ニーナと父のケヴィン(戸井勝海さん)は大学について言い合いになってしまい…。

ベニーは悩むニーナに語りかけます。「ここがホーム、みんなが少し優しくなるよ」と。松下さん演じるベニーは上昇志向のある青年ながら、愛嬌もたっぷり。思い悩むニーナの心を少しずつ溶かしていってくれる、まさに「ホーム」の存在です。ニーナを演じるsaraさんは、1人で新しい環境に立ち向かう芯の強さはありながら、両親を想って葛藤する娘としての姿が印象的です。

ウスナビが恋焦がれているヴァネッサ(豊原江理佳さん)は、少しずつ貯金を貯め、この町から出ていくことを夢見ています。“いつかあの列車に飛び乗って出ていくわ”。彼女の現実を変えようとする力強さ、向上心の高さが感じられる「It Won’t Be Long Now」は豊原さんの伸びやかでエネルギッシュな歌声にもピッタリと合い、夢見た作品への出演を掴み取った豊原さん自身にも重なるようです。

ウスナビの店では、96,000ドルの当たりくじが出たことが発覚します。ウスナビ、ベニー、ソニー、ヴァネッサ、美容室のダニエラ(エリアンナさん)、カーラ(ダンドイさん)らがもし自分が96,000ドルを当てていたら…と夢を語る「96,000」は映画でも印象的な、本作を代表する楽しいナンバーです。

宝くじを当てたのは、ウスナビを育ててくれた祖母のような存在であり、町の人々が慕うアブエラ(田中利花さん)でした。アブエラとウスナビは当たったお金でドミニカに帰ろうと話し合います。

ウスナビはヴァネッサと念願のデートを約束しクラブに出かけますが、不器用な2人はなかなか一緒に踊ることができません。職を失いそうになったことにショックを受け、クラブで酔っ払うベニーと、彼を追いかけてきたニーナ。人々がすれ違う中、突然停電が起こり、真っ暗な町に花火が打ち上がります。

朝になっても停電が続き、クーラーも効かない、電気も付かない町。酷い暑さに文句を言う人々に、ダニエラは「いつからラテン系は暑さに弱くなったの」と喝を入れ、ピラグア屋(MARUさん)がピラグアワゴンを打楽器のように鳴らす音で、皆が踊り始めます。

一向に変わらない貧しい現実、上がっていく家賃、停電、酷い暑さ。様々な困難が降り注ぐ中、人々は悩みながら、それでも音楽に乗せて踊り、前に進んで行こうとします。どんなことがあっても、今ここにいる、居場所がある。そこが「home」であるということ。

1人1人のキャラクターたちが生き生きと輝き、コミュニティとして寄り添いながらも、それぞれが自分らしく道を選択していく姿は、眩しく見えます。しかしきっと彼らのように、私たちにも「home」があるはず。数々の胸踊る音楽とパフォーマンスの魅力はもちろん、すぐそばにいる大切な人を思い出す温かい作品です。あなたが“少し優しくなる”場所は、どこですか?

撮影:蓮見徹

Broadway Musical『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』は天王洲 銀河劇場で9月22日(日祝)から10月6日(日)まで上演。公式HPはこちら

Yurika

ヒップホップ音楽を使いながらも、ミュージカル愛溢れる構成になっている、ミランダらしい作品『イン・ザ・ハイツ』。3度の日本上演に出演し続けているエリアンナさんが本作は「人間讃歌」だと語ったように、それぞれのキャラクターが愛おしく感じられる瞬間に溢れています。