フェイクニュース、メディアの煽り、言葉の刃、1人への執拗な攻撃。今も絶えないこれらの問題は、SNSの台頭がきっかけではない。はるか昔、かの有名なマリー・アントワネットもその被害者の1人とも言えます。日本発のミュージカル『マリー・アントワネット』の観劇リポートをお届けします。(2021年2月、東急シアターオーブ)※物語にも若干触れているため、一切ネタバレしたくない方は観劇後にご覧ください。

01 美しくも孤独なマリー・アントワネット

遠藤周作の小説を原作に日本発のミュージカルとして2006年に誕生した『マリー・アントワネット』。2018年に新演出版に生まれ変わり、今回はその再演となります。フランス王妃マリー・アントワネットと、架空の人物である貧困に苦しむ少女マルグリット・アルノー、2人の“MA”を中心に革命とマリーの悲劇を描いた作品です。

冒頭パーティシーンに登場するマリー・アントワネットのドレスは、カツラやジュエリーを含めて総重量12kg。ハッと息を飲むような優雅さ・美しさに目を奪われます。

満ち足りた人生を過ごしているように見える彼女。しかし、本当にそうでしょうか。オーストリアの末娘として生まれたマリーは、15歳で政略結婚させられ言語の異なる国フランスに行くことに。周囲の貴族たちは勢力争いに必死。「オーストリア女」と罵倒されることも多かったと言います。

夫のルイ16世は優しい性格ながら、不器用で統率力には欠ける。心を許せる唯一の相手フェルセンとは決して結ばれない禁断の愛。マリー・アントワネットも孤独と戦っていたのです。マリーを演じる笹本玲奈さんの可憐さ・無邪気さが一層彼女の置かれた状況の切なさを引き立たせます。

02 革命を率いる強く賢いマルグリット

そしてもう一人の「MA」であるマルグリット。マルグリット役を務める昆夏美さんは、『レ・ミゼラブル』のエポニーヌや『ミス・サイゴン』のキムなど強い意志を持つ女性がハマり役の女優さん。そんな彼女が「エポニーヌよりキムよりきつい」と言うのがマルグリットという役。何しろ序盤から最後まで、彼女はずっと貴族に貧困を訴え、自由を訴え、そして正義とは何かを問い続けるのです。

日に日に財政難に陥っていたフランス。序盤のマルグリットは、「気づいて」と貴族への切実な訴えを歌います。しかし貧しさは増すばかり。革命派の詩人ジャック・エベールや王座を狙うオルレアン公との出会いもあり、マルグリットは現状を変えるのは自分たちだと決意します。

マルグリットが舞台中央に立ち民衆と革命の決意を歌う楽曲「もう許さない」では、強い眼差しに思わず身震いしてしまうほど。決意の裏に切なさや悲しみを感じさせる昆夏美さんの歌声に、自然と涙が溢れ出します。2幕では彼女が歌うたびに泣きすぎてマスクがびしょびしょになってしまったため、今後観劇される方は替えマスクの準備をおすすめします。

03 “嘘”で駆り立てられた民衆の怒り

革命のきっかけともなった「首飾り事件」。高額な首飾りを利用して起きた詐欺事件で、浪費癖のあるマリー・アントワネットの仕業だと民衆の怒りを買うことに。しかし実際にはマリーは一切関与しておらず、貴族たちの陰謀によるもの。その後も彼女を悪役に見立てた新聞記事が出回り、徐々に革命への熱が高まります。そう、彼女はフェイクニュースやメディアの扇動により追い詰められたのです。

もちろん、マリーが王妃としてフランスの財政状況に目を配れず、浪費してしまったのは罪でしょう。しかし、だからと言って必要以上に罵倒され、夫と共にギロチンにかけられる必要はあったのでしょうか。民衆が、マルグリットが望んだのは「自由」ではなく「復讐」だったのでしょうか。「目には目を、歯には歯を」。それで世界は本当に変わるのでしょうか。

心を打つ素晴らしい楽曲と共に大きな問いを、現代の私たちに投げかけてくる作品でした。

Yurika

ミュージカル『マリー・アントワネット』は東急シアターオーブで2月21日まで、梅田芸術劇場では3月2日から11日まで開演しています。今回はマリー・アントワネットを笹本玲奈さん、マルグリット・アルノーを昆夏美さんが演じた回のリポートとなります。マリーは花總まりさん、マルグリットはソニンさんがWキャストで演じています。演じられる役者さんによって表現や魅せ方も変わりますので、ぜひ双方のキャストで作品を楽しんでみてくださいね。公式サイトはこちら