2024年も残りわずか。皆さんは今年忘れられない演劇・ミュージカルに出会えたでしょうか?筆者は推しの出演作品を中心に観劇し、心を激しく揺さぶられ、時にはそっと寄り添ってくれるような素敵な出会いがありました。その中でも特に記憶に残った3作品を紹介します。
2024年、最も心を掴まれた推し作品!ミュージカル『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』
2年ぶりの再演となった藤沢文翁のオリジナルミュージカル
2024年4月22日~5月26日の期間に東京・大阪・福岡で上演されたミュージカル『CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~』。筆者が今年見た作品の中で一番心を掴まれ、出会えて良かったと思えた作品です。
19世紀にヨーロッパの人々をヴァイオリンの超絶技巧で魅了し、悪魔のヴァイオリニストと呼ばれていたニコロ・パガニーニ。藤沢文翁さんがパガニーニのエピソードを元に原作・脚本・作詞を手がけた今作は、オリジナルミュージカルとして2022年に初演され、今回が2年ぶりの再演となりました。
悪魔と契約し100万曲の演奏と命を引き換えたパガニーニ
周囲からの熱い期待を背負いながらも自分が天才ではないと気付いていたパガニーニは、ある日人生の十字路に立った者にしか見えない音楽の悪魔・アムドゥスキアスに出会います。操られるように血の契約を交わしたパガニーニ。100万曲の素晴らしい演奏と引き換えに自分の命を削っていくことになり、いつしか世間では彼が悪魔と契約したという噂でもちきりに。音楽家としては成功したものの、アムドゥスキアスの支配下で少しずつ死に近づき苦しむパガニーニと、彼を愛する周囲の人々の想いに涙が止まりませんでした。
そしてこの作品を観た誰もがきっと「自分の人生の十字路はあの時だったかな」「もし自分がアムドゥスキアスに出会ったら、契約してしまうだろうか」と、考えたことでしょう。
ミュージカル界の歴史に残る楽曲になって欲しい「血の契約」
今作の名シーンといえば、中川晃教さんが演じるアムドゥスキアスが相葉裕樹さんや木内健人さんが演じるパガニーニを操り契約させてしまう「血の契約」の歌唱シーン。多くの素晴らしい楽曲の中でも、この曲は今作を象徴する重要な曲だと言えます。アムドゥスキアスとパガニーニのハーモニーは圧巻!そして何より中川さんの美しい歌声には観客を惹き込む魅力があります。「血の契約」は今後もミュージカル俳優さんのコンサートで歌い継がれ、歴史に残るミュージカルソングになって欲しいというのが筆者の願望です。
淡路島の癒される空気と愛着のある登場人物に何度でも会いたくなる!ミュージカル『福来たる~淡路ゑびす座狂詩曲(らぷそでぃ)~』
口コミとリピーターで大千穐楽は満席に
2024年7月6日~8月25日まで淡路島の劇場・波乗亭にて上演されたミュージカル『福来たる~淡路ゑびす座狂詩曲~』。今作はアットホームな雰囲気があり、何度でも登場人物に会いたくなる作品でした。会場となる波乗亭は191席の小劇場。リピートして遠方から観劇に来る方も多く、前半では目立っていた空席も大千穐楽では満席になっていました。
夏男は突然現れ芝居小屋を大繁盛させたゑびす様!?
舞台となるのは戦後数年経った淡路島。満州生まれの主人公・戎夏男は、人生をやり直すため遠い親戚を頼り淡路島を訪れます。たまたま経営難に苦しむ芝居小屋のゑびす座に迷い込み、座長の浜田虎次郎と出会った夏男。芝居の経験がないのにもかかわらず、怪我をした虎次郎の代理で舞台の主演を務めることになります。グダグダな芝居に最初こそブーイングが起きたものの、劇中ですり替えられていた本物のお酒を飲んでしまったことで、劇団員と観客を巻き込み歌って踊るコメディな展開に。公演は大成功、観客は大満足で帰っていきました。この日からなぜかゑびす座は大繁盛!夏男は本物のゑびす様では?と、ゑびす座の劇団員の間で話題になり、夏男のアドバイスを取り入れながら経営難の危機を乗り越えていきます。
今作の見どころは、ステージを実際の芝居小屋に見立て、私達観客がゑびす座の芝居を観に来たように感じられるところ。夏男の暴走シーンで虎次郎が客席に向かって謝ってきたり、淡路島の名産物である玉ねぎを玉葱売りの男性が差し出して渡そうとしてきたりと、私達観客も作品の一部となれるのが毎回楽しみでした。
何度でも会いたくなる登場人物と第二の故郷・淡路島
主人公の夏男、座長の虎次郎、その兄で芝居小屋の継続を反対するシゲル、そしてお稽古に励む劇団員たち。どの登場人物たちにも愛着が湧き、ラストで突然ゑびす座を離れた夏男が淡路島を「第二の故郷」と言うように、私達観客にとっても淡路島・波乗亭が第二の故郷に感じられました。
今作の演出とミュージカル台本を担当したのは謝珠栄さん。主演の戎夏男役に坂元健児さん、座長の浜田虎次郎役に近藤真行さん、虎次郎の兄・浜田シゲル役に柳瀬亮輔さん。その他劇団員を演じたキャストの方々も一人ひとりの名前と顔を覚えたくなるほど生き生きと輝いていました。淡路島の癒される空気も含めて、何度も通いたくなるような今作がまた再演されることを願います。
大画家のファンとして出会い共鳴した二人の友情と愛を描く。リーディングミュージカル『アンドレ・デジール 最後の作品』
リーディングとは思えないほどのミュージカル作品
2024年11月20日~24日まで東京シアターHにて上演されたリーディングミュージカル『アンドレ・デジール 最後の作品』。2023年に上演された同作品のリーディング版です。しかしリーディングの概念が変わるほどに歌って踊ることに驚かされた作品でした。役者さんは手に台本を持っているもののほとんど見ておらず、台本が小道具のような存在になっていることも。作品自体は気になっていたけれど、リーディングという理由で観劇に行かなかった方がいたとしたらもったいないと感じます。
大画家のファンとして出会い共鳴した二人の友情とすれ違い
20世紀初頭に不慮の事故で亡くなった大画家のアンドレ・デジール。彼の熱心なファンであったエミールとジャンは運命的に出会い、二人で絵を描き始めます。ジャンが想いを言葉にして伝え、エミールがその想いに憑依するように描き仕上げられた作品は、とても素晴らしいものでした。そんな2人の元に贋作ビジネスの話が舞い込みます。アンドレ・デジールが事故直前に描き、燃えて幻となった「最後の作品」を描くように依頼されたのでした。しかしこの作品がきっかけで、二人の間にすれ違いが生じ始めます。
描くことが生きることであるエミールに絵を描き続けて欲しいというジャンの気持ちと、ジャンは自分より絵にしか興味がないと感じたエミール。誤解から関係性が変わってしまった二人でしたが、離れてもお互いを思う気持ちは変わりませんでした。
ラストシーンの美術館で、ジャンが現れるかもしれないと待ち続けるエミール。そしてジャンが描き足していたメッセージに年月を越えてエミールが気付いた瞬間、ぶわぁっと涙が溢れて止まりませんでした。ステージ上に出演していない役者が袖で歌う影コーラスによって、より感情が高ぶります。
小西遼生×EXILE NESMITH 対照的な二人のハーモニーが美しい歌唱シーンが見どころ
今作はエミールとジャン、若き日のデジールの恋人・マルセリーナ役がWキャスト。筆者が観劇したのは小西遼生さんがエミール、EXILE NESMITHさんがジャンの公演です。小西さんのエミールは、壊れてしまいそうな脆さや儚さが繊細に現れていて、感情がこちらまで伝わり惹き込まれました。一方EXILE NESMITHさんが演じるジャンは陽のイメージが強く、いつも明るくエミールを見守る存在に癒されます。対照的な二人がデジールの好きな作品について語り合う楽曲「俺たちのデジール」、二人で一緒に絵を描くことを決め、劇中でも何度もリプライズされる楽曲「二人なら」の歌唱シーンは今作の名シーンです。
脚本・作詞を高橋亜子さん、音楽を清塚信也さん、演出を鈴木裕美さんが担当した日本オリジナルミュージカル。この美しく上質で心が洗われる作品が再演した際は、是非多くの方々に観て欲しいと思います。
今回紹介した3作品は全て日本のオリジナルミュージカルです。どれも坂元健児さんの出演をきっかけに観劇しましたが、出会えて良かったと思える作品ばかりでした。誰もが知っているような有名作品は数多く存在しますが、小さな劇場で上演される作品にも心の隙間にスッと入ってくる物語がたくさんあります。一年を振り返り、そんな作品との出会いを大切にしたいと思った2024年でした。