舞台を観るとき、皆さんは何に注目しますか?役者の演技、衣装、音楽など、見逃せないポイントはたくさんありますが、今回は舞台セットに注目してみました。舞台セットは、観客のイマジネーションを掻き立てるために欠かせないもの。いわば舞台と客席をつなぐ変幻自在のドアです。筆者がこれまで観てきた作品の中で、印象的だった舞台セットを3つご紹介します。

劇団四季『リトルマーメイド』

ディズニーの大人気アニメーション映画をミュージカル化した劇団四季の『リトルマーメイド』は、次元の異なる2つの舞台セットが人魚姫の物語へと観客をいざないます。

人魚のアリエルが暮らす海底の世界では、3次元的な奥行きのある広い舞台の中で魚たちがしなやかに泳ぎ回ります。カラフルで開放的な舞台は、まるで大きな水槽のよう。アリエルたち人魚が宙を泳ぐので、2階席でも海の中にいる感覚を味わえます。

そしてアリエルが憧れる地上の世界は、ポップアップ絵本を連想させる2次元的な舞台セットが特徴的。エリック王子が住むお城のセットはメルヘンチックで、彼に恋するアリエルの乙女心を表しているようです。

『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』

『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』は、2019年1月に東京・池袋の東京芸術劇場プレイハウスで上演されていたミュージカル。文豪トルストイの名作「戦争と平和」を題材にした作品で、ピエール役を井上芳雄さん、ナターシャ役を生田絵梨花さんが務めていました。

この作品の見どころの一つだったのが、舞台と客席が一体化したステージ。いわゆるイマーシブシアター(体験型演劇作品)と呼ばれるもので、客席の一部は出演者と一緒に上演中にドリンクが飲める「コメットシート」というチケットが販売されていました。

通路上のステージを役者が縦横無尽に駆け回り、ときには客席から登場して隣席の客に話しかけ、観客は驚きの連続。テーマパークのような楽しさがあります。賑やかなステージと対比するように、舞台の上空には作品のかなめとなる大彗星を表現した金色の輝く球体が吊るされ、舞台を静かにやさしく照らしていました。

音楽劇『星の王子さま』(2020年2月)

限りなくシンプルな舞台セットで物語の世界を巧みに表現していたのが、2020年2月に東京と兵庫で上演された音楽劇『星の王子さま』です。世代を超えて愛される文学「星の王子さま」を、昆夏美さん、伊礼彼方さん、劇団ナイロン100℃の廣川三憲さんの3人が中心になって紡いでいきます。

言葉の美しさが印象的なこちらの音楽劇は、ステージに地面の起伏を表現したような凸凹の段差が置いてあるだけのシンプルな舞台セット。セットの転換は一切ありませんが、昆さんが演じる王子さまが伊礼さん扮する飛行士に語りかけるにつれて、シンプルなステージは砂漠の荒野やユニークな住人が住む様々な惑星へと姿を変えていきます。小さな舞台セットだからこそ、作品の世界とセリフを一場面ずつ嚙み締めるように鑑賞できたことが心に残りました。

さきこ

演劇の舞台セットというと、大掛かりで非日常的なものを想像してしまいますが、必ずしも舞台セットの規模の大きさが作品の魅力を支えているというわけではありません。規模の大きさにかかわらず、観客が作品の世界に没入できるようなイマジネーションを刺激する要素が必要不可欠なのです。今回ご紹介した3作品のように、舞台セットはさまざまなアプローチで私たちを舞台の世界へ招き入れてくれます。観劇の際は舞台セットの雰囲気から作品を味わうと、舞台への没入感が深まるかもしれませんよ。