シェイクスピアの37作品と江戸末期の人気講談「天保水滸伝」を織り込んだ井上ひさしさんの傑作戯曲『天保十二年のシェイクスピア』。藤田俊太郎さんが演出を手掛け、2020年公演から約4年ぶり、待望の再演を迎えます。初日を前に囲み会見と公開ゲネプロが行われました。

「コロナ後の世界を鏡として映している」

囲み会見には、演出の藤田俊太郎さんと、浦井健治さん、大貫勇輔さん、唯月ふうかさんが登壇しました。

2020年公演ではコロナ禍の影響で東京公演3公演と大阪公演が中止となった本作。念願の再演となる今回、「繋がった」と心境を語った浦井健治さん。藤田俊太郎さんも「(初演で)チケットを買って待ち望んで下さった東京・大阪の方々に届けたいという思いをずっと持続し、準備を重ねてきて、ようやくお届けできる。念願でした」と語ります。

本作のキャラクターたちの運命を操る“極悪人”である「佐渡の三世次」を演じる浦井さんは、「時代の移り変わりの時に出てしまった膿のようで、いつの時代にもそういった人物は登場しうるというメッセージがある。井上ひさしさんが50年前に描かれたものですけれど、ヒリヒリする感覚があります。生きるって大変なことがたくさんあるけれど、逆説的に生きるってこんなに豊かで素晴らしいんだ、強く生きようということを書いてくれている気がして。演じていて爽快な気持ちにすらなる感じがします」と語ります。

「本当に素晴らしい作品で、この作品に関われて嬉しいですし、できるだけたくさんの方に来てもらいたい」と初参加となる本作への思いを語った大貫勇輔さん。稽古では、本作ならではの長い髪と着物の捌きに苦労したと振り返ります。「髪の毛が顔にかかったり、着物を捌かないと足が前に出なかったり。日常の服とは全然違う部分が多いので、制約がある中でお芝居をするのはある意味では凄く楽しいです」と語りました。

2役を演じる唯月ふうかさんは「瞬時に役を切り替えるという経験はなかなかないですし、この作品ならではの見どころの1つだと思っているので、しっかり責任を持って届けられたらと思っています。1人の力だけでは絶対に出来ない早着替えなどのギミックもたくさんあって、たくさんの方々の支えがあって2役が出来ているのだなと日々実感しているので、感謝の気持ちを持ってこの作品に挑みたい」と語ります。早着替えは数十秒単位のシーンがあり、「1つでも着替えを間違えてしまうと全てが遅れてしまうので、タイムアタックのよう」なのだとか。「精神力、体力との戦いなので、この作品が終わったら、自分は凄く成長しているんじゃないか」と期待を語りました。

前作では「きじるしの王次」役を務めた浦井さんは、今作で「きじるしの王次」役を務める大貫さんについて「ダンスや殺陣でみんなと化学反応が起きていて、新しい王次像、勇輔の王次像がもちろんあるし、自分の(演じた)王次の面影もどこか背負ってくれているような感じもするし。生き生きと明るい王次を見ていて、表裏一体の陰の自分はどう演じようかなと思える」と語ります。

大貫さんは浦井さん演じる三世次について「裏で操る人物の怪しさと魅力があって。ミステリアスな浦井さんも相まって、本当に魅力的な三世次だなと思っています。三世次の持つ邪悪さって、誰しもが持っていて、ただそれを行わないだけ。遠くない存在なんだなと見れば見るほど感じて、極悪人だけど自分の中のどこかにいるなという感じがします。成り上がっていく姿も“頑張れ、頑張れ”と応援してしまうんですけれど、ある時に突然、“いや駄目だ、こんな奴が存在していちゃいけない”となるんです。それが自分の中でも驚いたところでした」と熱く語りました。

藤田俊太郎さんは本作の見どころについて、「舞台は役者のもの」とし、「世相や虚と実、今の世の中にある色々な言葉というものを三世次は体現しているんですけれども、特にコロナ禍以降の4〜5年の風景というものを役者の皆さんが見事に体現なさっていて、役者の役を通した生き様というものが2024-2025年版カンパニーの最大の魅力です。もちろん2020年のカンパニーの礎とリスペクトもありながら、コロナ後の世界をまさに鏡として映しているんじゃないかと思いました」と力強く語ります。

また「浦井さんの三世次は真実の言葉を持っている。劇場で浦井さんの言葉は、観客の皆様に真実を伝えると思っています。大貫勇輔さんの王次は、太陽な存在です。光をお客様にお渡しします。そしてふうかさんのお光とおさちは、喜劇です。この世界にある喜びを劇としてお届けすることができる。稽古をやっていると、家に帰る途中にふうかさんの芝居を思い出して何度も笑いが止まらなくなりました。お客様もきっと劇場を後にして、同じようになると思う。そのくらい喜劇人としての魅力を発揮しています。1人1人、役者全員の魅力があるので、それを発見していただきたい」と熱く語り、浦井さんは「泣きそう」と感極まった表情を見せました。

「自分で自分を殺さない限り、抜け道はあるかもしれないよ」

語り部である隊長(木場勝己さん)が、「帰ってまいりました日生劇場!」と高らかに声を上げ、幕を開けた『天保十二年のシェイクスピア』。“もしもシェイクスピアがいなかったら…”と恩恵を受けた英文学者や出版社、そして演劇界を揶揄しつつ、物語が始まっていきます。

下総国清滝村の旅籠を取り仕切る鰤の十兵衛(中村梅雀さん)は、跡継ぎを決めるにあたり、三人の娘に対して父への孝養を一人ずつ問います。腹黒い長女・お文(瀬奈じゅんさん)と次女・お里(土井ケイトさん)は美辞麗句を並べ立てて父親に取り入ろうとしますが、父を真心から愛する三女・お光(唯月ふうかさん)は誠実であるがゆえに嘘がつけず、おべっかの言葉が出てきません。

十兵衛の怒りにふれたお光は家を追い出されてしまう…となるとまさに『リア王』の筋書きなわけですが、本作では美辞麗句を並べる最中からお文とお里の「これは建前、本音は別」という正直すぎる心境や、「本当はお光に譲りたいのに!」という十兵衛の本音を観客に明かしてくれます。十兵衛はお光におべっかを言わせるために怒るふりをしただけなのに、お光は父の言うことを聞くことこそが親孝行だと出ていってしまうのです。悲劇をより喜劇的に描く、『天保十二年のシェイクスピア』らしさが感じられるシーンです。

跡を継いだお文とお里は縄張り争いを繰り広げ、夫を焚き付けて互いを貶めようとしますが、揃いも揃って気弱な夫たちは争いを避けようとします。そこで夫の兄弟や家臣に、夫を殺すように仄めかします。

さらに清滝村に醜い顔と身体、歪んだ心を持つ、『リチャード三世』を彷彿とさせる「佐渡の三世次」が現れ、2組のヤクザ家族の争いを利用してのし上がろうと企みます。「平和の時にモテるのは2枚目、戦の時にモテるのは力」、どちらも持たない自分は「混沌にしか生きられぬ」のだと。三世次は言葉巧みに人々を信用させ、操っていきます。

お里の旦那・花平(玉置孝匡さん)を殺すよう、お里にけしかけられた尾瀬の幕兵衛(章平さん)は、『マクベス』のごとく謎の老婆に「幕兵衛、万歳!あんたは花平の親分になる」と告げられます。

そしてお文の旦那の紋太(阿部裕さん)、お里の旦那・花平、鰤の十兵衛は相次いで殺され、紋太一家の跡取りであるきじるしの王次(大貫勇輔さん)が村に帰ってきます。自分が父の仇を討つと意気込みますが、父の幽霊(に三世次が見せかけた百姓)に、父を殺したのは叔父の「蝮の九郎治」で、それをけしかけたのは妻・お文だと明かされます。

『ハムレット』のごとく復讐を決意した王次は婚約者のお冬(綾 凰華さん)に「尼寺へ行け」とつれなく接しますが、なんと復讐のために村に帰ってきたお光に一目惚れしてしまい、『ロミオとジュリエット』な展開に。大貫勇輔さんは圧倒的な陽の空気と軽やかな身のこなしで、作品を明るく包み込みます。

『ハムレット』のかの有名な台詞、「To be, or not to be, that is the question」の数多ある日本語訳を一気に紹介するというシェイクスピア好きにはたまらないコミカルシーンも。(すべての訳を言わなければならない大貫さんは大変!)

さらに父である鰤の十兵衛が殺され、復讐を誓ったお光と、彼女とそっくりの双子であるおさちも現れ、『間違いの喜劇』のごとく勘違いの連鎖が始まります。2幕ではお光とおさちが交互に入れ替わり、唯月ふうかさんの演じ分けと早替えは圧巻!

クールだったお光が王次と恋に落ち、気持ち良いくらいバカップル化した2人のいちゃつきっぷりもチャーミングです。

本性を隠し、人の猜疑心を引き出す言葉によって争いを生み、のし上がっていく三世次。それは真実かどうか定かではない言葉に翻弄される現代の私たちを映し出す、まさに鏡の存在です。

出生の身分で人生が左右される時代に彼がのし上がっていく姿は、時に痛快に思えてしまう。しかし痛快に感じる自分自身にも、三世次と同じ闇があるのではないだろうか。浦井健治さんの憑依っぷりはミュージカル『ファンレター』でも印象的でしたが、本作でも“三世次そのもの”が舞台上に存在し、私たち観客を痛烈な視線で見つめています。

シェイクスピア作品に詳しくない観客も置いていかないよう、作品と観客を繋いでくれるのが、木場勝己さん演じる隊長。彼は語り部として観客に展開を説明し、登場人物たちを見つめながら、次々に亡くなっていく人々の墓を掘る百姓として物語に存在します。墓を掘る百姓も、シェイクスピア作品に欠かせないピース。そして“誰かが勝手に起こした争いに巻き込まれる私たち”でもあるのです。

『リア王』『リチャード三世』『マクベス』『ハムレット』『オセロー』とシェイクスピアの悲劇を多く用いながらも、ボサノバなど明るくキャッチーな曲調の音楽と、観客の笑いを誘うコミカルなシーンが多い本作。そのエンターテイメント性の高さにより、大ボリュームながらあっという間に約3時間半が過ぎ去ります。

怒涛の台詞量を容易いように見せる、実力あるカンパニーでなければ成し遂げられない作品です。そして藤田俊太郎さん演出作品らしさが感じられる、空間を立体的に使った舞台セットが回転しながら、多彩に物語が展開します。

撮影:蓮見徹

“祝祭音楽劇”と謳いながら、時代を映す鏡を突きつける『天保十二年のシェイクスピア』。2024年の年末に、あなたは鏡に何が見えますか?絢爛豪華 祝祭音楽劇 『天保十二年のシェイクスピア』は12月9日(月)から29日(日)まで日生劇場にて上演。2025年1月には大阪:梅田芸術劇場、福岡:博多座、富山:オーバード・ホール 大ホール、愛知:愛知県芸術劇場大ホールにて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

圧倒的なエンターテイメントであり、シェイクスピア作品をこれでもかと盛り込み、「時代を映す鏡」でもある。そのバランス力の高さに、井上ひさしさんの凄さを改めて感じます。そしてそれを見事に魅せるカンパニーの皆さんの凄さも。シェイクスピアも、「何やら日本で面白そうな劇をやっているぞ」と観にきてくれているような気がしました。