東野圭吾さんの原作小説を元に、脚本・作詞を高橋知伽江さん、作曲・音楽監督・作詞を深沢桂子さん、演出を藤田俊太郎さんにて、2016年にミュージカル化された『手紙』。3度目の上演となった2022年に引き続き、2025年版でも強盗殺人を犯してしまった兄をspiさん、加害者家族として生きる弟を村井良大さんが演じます。『RENT』の共演以来、深い信頼関係を築くお二人に本作の魅力を伺いました。

不変のテーマで「一生上演できる」作品

−ミュージカル『手紙』は2016年に初演され、村井良大さん、spiさんは2022年以来2度目の出演となります。前回の出演時に感じた作品の魅力を教えてください。
村井「差別を扱ったこの作品は不変のテーマですし、この先もずっと上演できるなと感じました。演出の藤田俊太郎さんが役者に対して自由にやらせてくださいましたし、非常にのめり込んで作品に参加してくださったので、僕も稽古中からずっと楽しかったです」

spi「悲しいニュースというのはいつでもあって、そこでは被害者と加害者のみが打ち出されがちですが、本当はもっとたくさんの人が関わっているはずです。この作品は事件後、被害者や加害者の家族がどうなっていくかにフォーカスを当てていますし、質感としてもドキュメンタリーを垣間見るような作りにしているので、目の前でその人が崩れていく、もしくは誰かの助けを借りて踏ん張っている姿をバイブスで感じられるというのがミュージカル版の魅力だと感じました」

−弟の進学費用のために強盗殺人を犯してしまった兄・剛志を演じるspiさんと、加害者家族として生きる弟・直貴を演じる村井さん。再演ということで、今回はこう演じてみよう、と考えられていることはありますか。
村井「今回は新たな登場人物が増えるんですけど、そういった大きな変化があった2025年版の台本を読んで、『ミュージカル「手紙」』という作品が完成したなと凄く感じられました。この物語の「未来」が舞台上に存在することで、前回よりも強く言いたいと感じる台詞もありましたし、キャラクターの見え方が変わったように感じることもありました。2022年から年月も経って自分も変化しているので、また新しい表現に向き合う時間になりそうです」

spi「俺の中では前回で剛志という役柄は完成していたのですが、お客さんに意図が伝わっていないなと感じたのは、直貴が手紙を読んでいる時に登場する剛志は、直貴の脳内にいる剛志であるということです。だから実際よりも明るい愛嬌のある人物に見えるのですが、その意図が伝わりにくかったなと感じたので、今回は良大の力も借りて、より分かるようにしていきたいと思っています。良大は前回よりも温度の低い直貴にしていくということだったので、それも効果的に影響すると思いますし、演出の藤田さんにも分かりやすくしたいということを伝えました」

−唯一の肉親である兄弟でありながら、劇中では剛志が刑務所に服役して以降、手紙上でのやり取りのみで直接言葉を交わすことがありません。どのように兄弟の関係性を築かれていきましたか。
村井「関係性は初日から出来上がっていましたね。spiであれば、全て身を預けて出来るという信頼感があります。確かに初めましての方だと関係性を築くのが難しかったのかもしれません。やはり『RENT』での共演が大きかったと思います。『RENT』も家族のような関係性になる作品なので」

spi「良大じゃなかったら、演技プランに対して疑問に思うこともあったかもしれない。でも良大に対しては『RENT』で出会ってから一度もそういったことを全く思わないので、信頼しています」

沈黙の中で色々なものを物語るのが藤田作品の特徴

−お2人から見て、藤田さんはどんな演出家でしょうか。
村井「初日までに藤田さんは作品について物凄く研究されてきて、「こうしたいと思います」とまず提示してくれるんです。その上で「皆さんはどう思われますか」と投げかけてくれるので、役者としてはとてもやりやすいです。役者を信頼してくれますし、自由に楽しく動きながら、演出意図以上のものを創る環境が出来上がっていくので、健康的な現場だなと感じます」

spi「本当にその通りです。俺は自分の役を自分で演出するタイプで…最近の俳優はほぼそうかもしれないですね。年齢的なものもあると思うし、演劇オタクでもありますし。だからこうしてくださいと言われるよりは、自分の演技プランを見せて、お客さん目線で伝わるかどうかを藤田さんがジャッジしてくれるというのが非常にやりやすいです」

−藤田さんの演出作品は空間の使い方が印象に残ります。本作でも重要なシーンで、直貴が上、剛志が下に一直線に立つ場面がありますよね。藤田さんの空間の使い方の魅力は演じていても感じられますか。
spi「この人が右にいて、この人は左にいるといった人物の配置は、深く分析すれば、右脳と左脳だとか、視覚的な効果があると思うのですが、藤田さんはそれを感覚的に把握して演出されていると思います。照明にこだわられるのも、光による影響を理解しているのだろうなと。俺や良大はそれに対して詳しい説明がなくても納得できるので、藤田さんと相性が良いのでしょうね。作品を観た人に「雄弁な沈黙」と言われてその通りだと思ったのですが、音はないけれど、沈黙の中で物凄く色々なものを物語っているシーンというのは、藤田さんの作品の特徴だと思います」

村井「藤田さんは意図的に特定の台詞の時だけマイクの音量を下げて、生音っぽくしたりするんです。照明もピンの狭さなど細かくこだわられますし、そういった全体的な空間の使い方が面白いと感じます。僕らからすると、気づかぬうちに藤田さんのコントロールの中にある感じですね」

後から長く心に響くよう、スピード感を大事に

−深沢桂子さんが手がける音楽についてはいかがですか。
村井「ロックナンバーで、歌いやすい曲が多いですね」

spi「深沢さんがロックンローラーですから。ジャパニーズロックなので、日本語の乗りも良いし、馴染みも良いです」

−心情を載せやすい音楽ということでしょうか。
spi「そこは難しいところで、心情を乗せないのが日本語だと思うんです。英語はどういう音を使うかが大事だけれど、日本語は何を言うか、どの順番で言うかが重要です。だから心情は旋律であって、言葉ではない。そういった点が深沢さんの作る音楽には反映されていて、美しい旋律なのに歌詞の内容は重いといった、言葉とメロディーが反対なことがあって、日本語ならではだと思いますし、バランスが良いと感じます」

村井「日本人が作った音楽に日本語歌詞っていいよね。それは日本のオリジナル作品の魅力だと思いますし、歌う上でのストレスがないです」

−今回、新たな登場人物が加わることも含めて、演出も音楽も役作りもどんどんアップデートしていけるのはオリジナル作品の魅力ですよね。
spi「現場で話し合って変えていけますからね。何年もかけて進化し続けられる作品がブロードウェイで上演される名作に成長するわけですから、『手紙』もどんどんアップデートされているからこそ、ずっと上演され続ける名作になっていくと思います」

−共演者には少年忍者の鈴木悠仁さん、青木滉平さん、稲葉通陽さんがいらっしゃるので、若いお客さんも観劇されると思います。どのような体験をしてもらいたいですか。
村井「若い方にぜひ観ていただきたい作品ですね。僕の姪っ子は前回、当時9歳で観にきてくれたのですが、壮絶な差別を目の当たりにして響くものがあったようで、それをきっかけに演劇を観に行きたいと言ってくれるようになりました。作品の中で描かれる差別について知ってもらいたいし、演劇を観る楽しさや醍醐味を知ってもらえたら嬉しいです」

spi「日本のミュージカルって面白いじゃん、と思ってもらえたら良いですね。よく分からないところがあっても、なんだか面白かったなと感じてもらえたら良いと思うんです。出演する3人にも、ミュージカルって面白いなと思ってもらいたい。それでエンターテイメントの幅を広げるきっかけにしてもらえたら良いなと思います」

撮影:蓮見徹

−『ミュージカル「手紙」2025』において一番大事にされたいことを教えてください。
spi「スピード感を大事にしたいです。もちろん情緒も大事なのですが、無駄な情緒は落として、サクサク進めていきたい。というのも、この作品は色々な事柄が過ぎ去った後に、後からじわじわ効いてくるような作品だと思うんです。作品を観終わって、数日経っても思い出して、どういう意味だったんだろうと考える。舞台上ではスピード感を持って演じることで、後から長く、心に響き続ける作品になると思っています」

村井「希望ある未来を見せたいです。前回は「辿り着いた希望」という感じがしたのですが、今回は行き先がもう決まっている感じがするので、より希望を強く感じて頂けると思いますし、最後の歌詞が響くんじゃないかなと思います」

『ミュージカル「手紙」2025』は2025年3月7日(金)から3月23日(日)まで東京建物Brillia HALL、3月29日(土)から3月31日(月)までSkyシアターMBS、4月5日(土)から6日(日)に岡山芸術創造劇場 ハレノワ 大劇場にて上演されます。公式HPはこちら

Yurika

spiさんと村井良大さんの阿吽の呼吸、信頼関係の深さが窺えるインタビューでした。2025年版の新たな演出が楽しみです。