英国ナショナル・シアターが厳選した傑作の舞台を、各国の映画館で上映する画期的なプロジェクト「ナショナル・シアター・ライブ」。

2009年に本場イギリスで『フェードル』(主演:ヘレン・ミレン)が上映されたのを皮切りに、現在では40ヶ国を超える地域で上映されています。日本でも、2014年に『フランケンシュタイン』(主演:ベネディクト・カンバーバッチ、ジョニー・L・ミラー)の上映以降、根強い人気を誇っています。

そんなナショナル・シアター・ライブの、2025年のラインナップが公開されました。舞台芸術の真髄を映画館で体験できる、この貴重な機会をお見逃しなく。

『真面目が肝心』

19世紀後半に活躍した作家・劇作家のオスカー・ワイルド。彼の生み出した名作コメディ『真面目が肝心』がラインナップに登場します。

田舎で「律儀な後見人」として生活するジャックは、街では身分を偽り、自由を謳歌しています。ジャックの友人のアルジャーノンもまた、彼と同じような二重生活を送っています。

そんな彼らが2人の魅力的な女性に出会い、恋に落ちるのですが、二重生活ゆえに「嘘」をつかなければならない状況に追い込まれます。はたして彼らは、無事にこの状況を切り抜けられるのでしょうか。

ナショナル・シアター・ライブが謳う本作のキャッチコピーは「超真面目な人に贈る、超くだらないコメディ!」。本作の「ernest」という人名と同音異義語で真面目を意味する「earnest」を掛けた原題『The Importance of Being Earnest』を感じさせます。

作家オスカー・ワイルドが生み出した意外な名作

オスカー・ワイルド(1854-1900)はアイルランドの首都・ダブリンで生まれ、19世紀後半を代表するアイルランド人の作家として知られています。代表作には長編小説『ドリアン・グレイの肖像』、児童文学『幸福の王子』など。

特に『ドリアン・グレイの肖像』は、美青年ドリアン・グレイが自らの若さと美貌を保つため、魂と引き換えに肖像画に老いと罪を負わせるという、当時としては非常にセンセーショナルな作品でした。

劇作家としては、1891年にフランス語で執筆された『サロメ』が有名です。新約聖書に登場するヘロデ王の継娘・サロメが洗礼者ヨカナーンの首を求めるという、官能的かつ幻想的な作品です。

そんなワイルドの最高傑作とされているのが、今回上演される『真面目が肝心』です。

筆者は、ワイルドの作品と言えば、『サロメ』や『ドリアン・グレイの肖像』のような、官能的で退廃的なイメージがあります。そのため、彼が『真面目が肝心』のようなユーモアに富んだ作品を生み出していたことに驚きました。

『博士の異常な愛情』

1964年にアメリカ合衆国で製作された映画『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』。この作品を、世界で初めて舞台化したのが本作です。

アメリカの悪徳将軍がソ連(ソビエト連邦)に向けて核攻撃を開始することになり、政府と1人の科学者が世界の滅亡を回避するために奔走するというブラックコメディ。

舞台版で共同脚本を担当したのは、『スターリンの葬送協奏曲』の監督・脚本を務めたアーマンド・イアヌッチと、映画『マインドホーン』の監督を務めたショーン・フォーリーです。フォーリーは本作の演出も担当しており、オリヴィエ賞を受賞した彼がどんな演出を見せてくれるのか楽しみです。

シニカルな笑いのなかに垣間見える恐怖を描いた原作映画

原作は、ソ連の東西冷戦中に撮影され、「戦争が世界の破滅を導く」というメッセージをシニカルに描いたブラックコメディです。

鑑賞者からは「本作を観る時代によって捉え方が変わりそう」「どす黒い笑いの奥に、いつか世界が本当にこうなるのでは、という恐怖が芽生える」などの声があがっていました。

原作映画がこのような深い印象を与える作品だけに、ナショナル・シアター・ライブ版でも、観る者に鋭いメッセージが突き刺さりそうな予感がします。

今回のラインナップである両作品は、それぞれに毛色の違ったコメディ作品です。しかし、どちらの作品も、観客に痛烈なメッセージや刺激を与えてくれそうですね。

『真面目が肝心』(上映時間180分)の公開は4月11日(金)~、『博士の異常な愛情』(上映時間150分)は5月9日(金)~、TOHOシネマズ日本橋ほか複数の映画館で上映開始。公式サイトはこちら ※上映時間はどちらも「予定」。

また、ナショナル・シアター・ライブのラインナップではないものの、『真面目が肝心』の演出家マックス・ウェブスターが手がけたシェイクスピアの人気作品『マクベス』が、2月28日(金)~3月6日(木)の一週間限定で上映されます。作品公式HPはこちら

糸崎 舞

日本にいながら、演劇大国イギリスの名舞台を楽しめる。これはナショナル・シアター・ライブならではの体験です。ぜひ、本場の演劇を味わってください。