映画『俺に明日はない』の主人公として、日本でも広く知られているボニーとクライド。伝説のギャングカップルを題材に、作曲家フランク・ワイルドホーン氏が生み出したミュージカル『ボニー&クライド』は、2012年に日本で初演されてから多くの観客の心を掴んでいます。

2025年3月からは、クライド役に柿澤勇人さんと矢崎広さん、ボニー役に桜井玲香さん、海野美月さんがキャスティングされた新演出版が公演中です。犯罪者でありながら多くの人々に愛されたボニーとクライドは、どんな時代に生きたのでしょうか。

実在した伝説のギャングカップル、ボニーとクライド

ミュージカル『ボニー&クライド』のモデルは、実在のギャングカップルであるクライド・バロウ(1909-1934)とボニー・パーカー(1910-1934)。1930年代のアメリカ中西部で、銀行強盗や殺人を繰り返した実在の人物として知られていました。

窃盗の容疑で服役していたクライドと、ウエイトレスをしていたボニーは友人の紹介で出会い、恋に落ち、ふたりは他の仲間たちを集めて「バロウギャング」を結成しました。

ギャングのメンバーはたびたび入れ替わったといいますが、ボニーとクライドだけはずっと一緒にいたとされています。

「バロウギャング」は強盗や誘拐、殺人を繰り返し、大犯罪者としてマークされることになりました。やがて、ボニーとクライドは複数の警察官との銃撃戦によって、壮絶な最期を迎えました。

ボニーとクライドはなぜ愛された?1930年代の「世界恐慌」を紐解く

ボニーとクライドは多くの罪を犯したにもかかわらず、民衆から絶大な人気を誇っていました。彼らの死後、葬儀には多くの人々が駆けつけたそうです。

彼らがこれほどまでに絶大な人気を誇った背景には、当時世界中を震撼させた「世界恐慌」の存在がありました。

世界恐慌とは、1929年にニューヨーク株式市場の株価が大暴落したことをきっかけに、世界中が大不況に陥った出来事です。

世界恐慌の原因としてあげられたのが、1920年代のさまざまな分野における「生産過剰」です。自動車や家電、建築や農業にいたるまで、あらゆるものの生産や投資が過剰に行われていました。

株価の大暴落を受け、それぞれの企業は生産を減少させることとなりました。生産の減少は雇用の減少も招き、国内には失業者が増加しました。

人びとが不安を抱える当時のアメリカでは、自由を求めて突き進むボニーとクライドの姿に憧れを抱いた人も多かったのではないか、と考えられます。

混乱下にあったからこそ輝いたアウトロー

そして、世界恐慌の影響はアメリカ国内にとどまらず、西ヨーロッパ、ヨーロッパの各植民地、さらには日本にまで大きく広まっていくのでした。

1933年、当時の大統領であるフランクリン・ルーズベルトは、国内経済の再建を最優先とした「ニューディール政策」を実施。労働者の保護や銀行の救済に努めましたが、景気は一時的に回復するも、1930年代末にはふたたび景気が悪化してしまったのです。

ちなみに、ボニーとクライドが警官たちによって殺害されたのは1934年。ニューディール政策が行われた1年後のことでした。このことからも、ボニーとクライドが活躍した当時のアメリカが、いかに混乱下にあったかがわかります。

不安と混乱が渦巻く社会のなかで、アウトローとしての輝きを放つふたりは、当時の人々にどれほどまぶしく映ったのでしょうか。

ミュージカル『ボニー&クライド』は、シアタークリエにて2025年4月17日(木)まで上演中。その後4月25日(金)からの大阪公演を皮切りに、全国ツアーを予定しています。公式HPはこちら

糸崎 舞

ボニーとクライドの生き様は、まさにフィクションを超えた衝撃の実話です。そのドラマチックな生涯が、当時の人々、そして現代の私たちの心を打つのかもしれません。