「うちの家族ってちょっと変かも」「家族ってめんどくさいなあ」そんなふうに思った経験はありませんか?血がつながっているからこそ、言いたいことが言えなかったり、逆に言いすぎてしまったり…最も身近で最も扱いにくい存在が、家族なのかもしれません。
そんな「家族の厄介さ」に真正面から向き合った舞台『消えていくなら朝』が、新国立劇場で上演されます。脚本・演出を手がけるのは、リアルな会話劇で定評のある蓬莱竜太さん。そして出演者は、2,090人の応募者から選ばれた6人の俳優たちです。
主人公とその家族を巡る一晩の物語から、いったいどんな景色が浮かび上がるのでしょうか?
新国立劇場と蓬莱竜太が挑む創作の最前線
本作が生まれた背景には、新国立劇場・小川絵梨子芸術監督の強い想いがあります。
日本における演劇の稽古期間は約1カ月ですが、演出家として「もっと時間があれば次なる表現に踏み込める可能性があるのでは?」と感じていた小川さん。新たなシステム作りを目指すため、「こつこつプロジェクト」や「フルオーディション企画」を立ち上げてきました。
フルオーディション企画では、事務所の所属やキャリアに関係なく、全国から広く応募を受け付け、小川さん自ら役柄にふさわしい人をゼロから選び抜きます。出演者をキャスティングするだけでなく、現場に赴き、俳優たちと一緒に作品を創作することも目指しており、彼女の表現者としての根幹が表われている取り組みです。
そして、シリーズ第7弾として蓬莱竜太さんの『消えていくなら朝』が選ばれました。2018年、蓬莱さんが新国立劇場のために書き下ろし、第6回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞を受賞した話題作です。同年に芸術監督の任期を終えた宮田慶子さんが演出し、蓬莱さんは脚本のみ担当しました。しかし今回は、作品の生みの親である蓬莱さん自身が演出を手掛けます。
蓬莱さんは公式HPでのスペシャルインタビューで、「もともとは自分で演出しない前提で書いた戯曲だった」と明かしています。だからこそ書けた作品でもあり、それをあえて自ら演出するという提案を受けたとき、「ドキッとしたし、大きな挑戦だと感じた」ともコメント。蓬莱さんの次なる意欲と覚悟がにじんだ作品になっているのではないでしょうか。
最も身近で最も厄介な「家族」という存在
家族と疎遠である劇作家の定男(僕)は、彼女を連れて帰省する。18年ぶりに家族5人全員が揃う夜、続いていく家族の他愛ない会話。
しかし定男に対してはどうも棘がある。家族は定男の仕事に良い印象を持っていないのだ。
定男は切り出す。
「…今度の新作は、この家族をありのままに書いてみようと思うんだよね。」
そして激しい対話が始まった。
家族とは、仕事とは、愛とは、幸せとは、人生とは、そして表現とは。本音をぶつけあった先、その家族に何が起こるのか、何が残るのか……。
たった一晩の間に巻き起こる、ヒリヒリとした本音の応酬。初めて話す内容が家族の間で交わされ、遠慮のない言葉が容赦なく飛び出します。定男は家族に反骨心を抱き、家族は定男に「理解できなさ」から来る怖れを抱いているように筆者は感じました。
蓬莱さんが本作を執筆した当時(40代前半)は「まだ家族に対する反骨心がある時期」であり、ご自身の経験を元に書かれた作品。血縁ゆえの遠慮や長年押し込めてきた不満、そこから立ち上がる家族という呪縛…そんなリアルを舞台上に再び呼び起こす、渾身の会話劇となるはずです。
2,090名から選ばれた6人の役者たち
『消えていくなら朝』に向けて、2024年冬に始まった募集には、なんと2,090通の応募が寄せられたとのこと。書類選考、一次選考、二次選考を経て、大谷亮介さん、大沼百合子さん、関口アナンさん、田実陽子さん、坂東希さん、松本哲也さんの出演が決定しています。
父・庄次郎役の大谷亮介さんは、ドラマ『相棒』シリーズの三浦信輔役として長年広く知られてきた俳優です。数々の舞台経験を積んできた大ベテランですが、大谷さんもオーディションに参加され、出演が決定しました。
また、関口アナンさんは主人公・羽田定男(僕)を演じます。関口さんはNHK連続テレビ小説『エール』(2020年) や舞台『グッドラック、ハリウッド』(2023年)などに出演されてきました。もともと蓬莱作品のファンで、新国立劇場のフルオーディション企画を受けるのは3度目。念願の舞台でどんな定男を演じるのか、期待が高まりますね。
舞台『消えていくなら朝』は、2025年7月10日(木)から27日(日)まで新国立劇場 小劇場で上演されます。シアタートークや公演ガイドツアーも開催予定ですので、気になる方はぜひ公式サイトをご確認ください。

「家族は無条件なんかじゃないよ。なんで、愛さなきゃいかんの。」公式サイトのトップにある言葉です。見た瞬間、名前のない気持ちにスポットライトが当たるような感覚になりました。演じる人と作る人が真っ向から向き合う本作で、人間的かつスリリングな家族模様を味わってみませんか?