6月28日(土)から世田谷パブリックシアターにて上演される舞台『みんな鳥になって』。気鋭の劇作家ワジディ・ムワワド氏の意欲作を上村聡史さん演出で立ち上げ、中島裕翔さん、岡本健一さん、岡本玲さん、那須佐代子さん、相島一之さんらが出演します。初日を前にプレスコールと初日前会見が行われました。

「愛の前ではすべては無力だ」

レバノン出身の劇作家ジディ・ムワワド氏が、パリ・国立コリーヌ劇場の芸術監督に就任する際に発表した『みんな鳥になって』。美しい詩的な台詞が特徴的ながら、ベルリン出身のユダヤ系ドイツ人の青年エイタンと、アラブ系アメリカ人のワヒダが恋に落ちたところから始まる、人種や国境の問題に真正面から切り込んだ作品です。

プレスコールでは1幕1場の「美の鳥 偶然の完全な調和」と、1幕7場の「過ぎ越しの祭り」の2シーンが披露されました。

1幕1場では、中島裕翔さん演じるエイタンと、岡本玲さん演じるワヒダがニューヨークの大学の図書館で出会う場面が描かれます。ユダヤ系ドイツ人で遺伝学を学ぶエイタンは、図書館でいつも見かける古典書を持つワヒダを見つけ、驚いて声をかけます。

同じ時間に来ているわけではないのに、いつも机で同じ本を見かける偶然。ワヒダとの出会いを「偶然の完全な調和」と興奮気味に語るエイタンに圧倒されつつも、彼の言葉に少しずつ惹き込まれていくワヒダ。若くピュアな2人の美しい恋が丁寧に描かれます。

1幕7場の「過ぎ越しの祭り」では、ユダヤ教のイースターの食事の席で、エイタンが父親のダヴィッド(岡本健一さん)、母親のノラ(那須佐代子さん)、祖父エトガール(相島一之さん)に恋人ワヒダの存在を打ち明けます。

祖父エトガールは祝福しますが、父親のダヴィッドと母親のノラは驚きと嫌悪感を隠せません。ユダヤ人には「民族特有の罪悪感」があり、「責任を果たす」必要があると語るダヴィッド。

偏見だと反発するエイタンと、エトガールがアウシュビッツにいた経験から、ユダヤ人としての民族意識を強く持つダヴィッドの溝は深まるばかり。そこには「偏見」の一言では片付けられない、人類の複雑な歴史が見えてきます。

中島さんは難解ながら詩的で美しい台詞を一言一言丁寧に、しかし情熱的にエイタンを演じていきます。彼が父に、そして私たちに訴えかける言葉は痛烈ながら純粋で、胸に突き刺さってくるよう。

岡本健一さんはダヴィッドを単なるヒール的存在ではなく、家族、そして民族を深く思うが故の言葉を紡いでいきます。

エイタンはこの後、父の出生に対する疑問を抱き、真実を確かめるためにワヒダと祖母レアが暮らすイスラエルへと向かいます。今なお、世界を揺るがし続けるイスラエルの地で起こる物語。それはどこか遠い場所で起こる非現実的な物語ではありません。日本の私たちの目の前で繰り広げられる彼らの言葉を、どうぞお見逃しなく。

「橋渡しのような存在になれれば」

会見には中島裕翔さん、岡本健一さん、岡本玲さんが登壇しました。

「良い緊張感」で過ごしていると語った中島さん。「最初に台本をもらった時は、凄く難しいなという第一印象で、こんな役が僕に果たして務まるだろうかという不安がたくさんあったんですけれど、上村さんの演出も含めて皆さんに本当に助けていただきながら、本当に一つ一つの言葉の理解度や、背景の解像度を高めていきました。まさに今現在進行形で起きている問題を取り上げている作品でもありますので、そういう緊張感を常に持ちながら…。それぞれのキャラクターにドラマがあって、苦しさやもどかしさを抱えているので、最初の印象からだいぶ変わっていって、役が立ち上がっていく感覚がありました」と稽古を振り返ります。

岡本健一さんはプレスコールでも披露された1幕1場のエイタンとワヒダのシーンについて、「初々しくて、凄く心がときめくんです。2人のシーンを稽古で見た瞬間から、これはもう確実にいけるなというか、自分もこの2人に乗っかっていこうと思いました。台本で書かれている言葉がとても強くて、とても愛に溢れていて、今までは考えたことがなかった自分のルーツを探ってみたりもしましたし、新しい刺激がいっぱい溢れている作品で、稽古場もエネルギーに満ちていました」と語ります。

岡本玲さんは「稽古を通して改めて、誰かと一緒に生きているんだな、誰かと一緒に作品を作っていて、観てくれる人がいて、人は1人で生きているわけじゃないんだなということを感じていました。先輩たちが本当に優しくて、演劇愛の溢れた方たちなので、稽古が充実していて。それをどう作品に昇華できるんだろうと頑張ってきたので、お客様に一生懸命届けられたら」と意気込みました。

中島裕翔さんと岡本健一さんは舞台初共演。中島さんは岡本さんについて「パパです。僕が若い頃から面倒を見てくださった方」「親子役なので、稽古場でアドバイスをくださる時も息子に言ってくれるような感じがあった」と語ります。

一方で、「1人の役者として見てくださっているんだなという愛を感じました。凄く恐縮なんですけれど、“裕翔、おはよう”ではなく“おはようございます”と丁寧に言ってくださったりするところが、ピシッとなりますし、嬉しい限りでした」と中島さんにリスペクトを持って接する岡本さんの様子を明かされました。

最後に中島さんから「壮大なストーリーの中で色々な問題が浮かび上がってきて、今この現代を生きている皆さんにとって、何か引っかかりになるものがたくさん散りばめられている作品だなと思います。それを一つでも持って帰っていただけたらなと思いますし、僕としては、ファンの皆さんが演劇というものや、この作品、そして作品が扱っている問題に触れる機会になって、おこがましいですけれど、橋渡しのような存在になれればと思います」と思いが語られ、会見が締め括られました。

撮影:鈴木文彦

舞台『みんな鳥になって』は2025年6月28日(土) から7月21日(月・祝)まで世田谷パブリックシアターにて上演。その後、兵庫・愛知・岡山・福岡公演が行われます。公式HPはこちら

Yurika

美しい台詞と、緻密に紡ぎ上げられた物語に心震える作品です。扱うテーマは複雑で重いものですが、壮大な世界観にきっと魅了されるはず。当日券も販売されているので、ぜひ「生」で本作の世界を体感してください。