ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)は、エリザベス朝時代に活躍したイギリスの詩人であり、劇作家です。イギリス文学史上最も偉大な功績を残した人物として知られており、演劇界にも多大な影響を及ぼしています。シェイクスピアが生きていたのは今から400年以上も前ですが、彼が生み出した演劇作品は、現在でも世界中で上演され続けているのです。

シェイクスピアの書いた演劇作品は、37編です。さまざまなジャンルの作品があり、現代を生きる私たちにも新鮮な驚きと感動をもたらしてくれます。本記事では、そんなシェイクスピア作品を代表的なジャンルごとに分類し、分かりやすく解説します。

【悲劇】『ロミジュリ』に『ハムレット』…誰もが知ってる有名作品

シェイクスピアの全37作品のうち、11作品が「悲劇」に分類されます。

これらの作品のなかでは、シェイクスピアの作品のなかでも有名なものが多く、タイトルを聞くと「あ、知ってる」と思われる方も多いかもしれません。

特筆すべきは、「四大悲劇」と呼ばれる『ハムレット』『リア王』『オセロー』『マクベス』の4つの作品です。

『ハムレット』

『ハムレット』は、シェイクスピアの最高傑作として知られる作品です。

デンマークの王子ハムレットは、城に現れた父王の亡霊と出会ったことにより、彼の死についての真相を知ってしまいました。

それは、父王がハムレットの叔父であるクローディウスに殺害されたという衝撃的な事実でした。

クローディウスはハムレットの母・ガートルードと結婚し、新しいデンマークの王に就任しています。父王の仇を討つため、ハムレットはクローディウスに復讐を誓いました。

狂気を装いながらも復讐の機会を狙い続けたハムレットは、ついにクローディウスとガートルードを殺害することに成功しますが、やがて自らも死んでしまいます。

ハムレットはもちろんのこと、彼の恋人であったオフィーリアなど、登場人物の誰もが悲惨な結末を迎えてしまうという、悲劇の中でも特に悲しい物語です。

『リア王』

ブリテンの王・リアは、自分が老いたことから、3人の娘にそれぞれ王国を譲り王位から退こうと考えました。

そこで娘たちに「父への愛」を語らせて自分への忠誠心と愛情を試そうとします。

長女のゴネリルと次女のリーガンはリアへの愛を高らかに宣言し、満足したリアは二人の娘に広大な領地を分け与えました。

しかし、リアが最も可愛がっていた末娘のコーデリア(コーディリアとも)は、姉たちのうわべだけの愛情に疑問を感じ、父への愛を言葉少なにしか表現しませんでした。

その様子に激怒したリアは、なんとコーデリアを国から追放してしまいます。彼女の真の思いを理解できなかったことから、リアの悲劇が始まるのです。

どんなに権力を持った人物にもやってくる「老い」と、それがもたらす悲しい結末。『リア王』に込められたテーマには、現代にも通じる悲しみがあり、多くの観客の共感を呼ぶのではないでしょうか。

『オセロー』

本作は、ムーア人(アフリカにルーツを持つと言われる有色人種)の将軍・オセローと、その妻デスデモーナ、そして彼の部下であるイアーゴを中心とした物語です。

イアーゴは、ずっと狙っていたオセローの副官という地位を、キャシオという人物に奪われてしまいます。このことで上司であるオセローに恨みを持ったイアーゴは、忠誠を誓うふりをしながら復讐の機会をうかがっていました。

やがてイアーゴは巧みに策略を巡らせ、デスデモーナとキャシオが不貞関係にあるのではないか、とオセローに匂わせます。

その策略に騙されたオセローは、デスデモーナのことを信じ切ることができず、最終的には彼女を殺害してしまいました。

デスデモーナが無実だと知ったオセローは、後悔の中で自ら死を選びます。仲睦まじい夫婦の間に生じた悲しすぎる結末は、シェイクスピア作品の中でも最も切ないものです。

『マクベス』

『マクベス』は、シェイクスピア作品の中でも、かなり短いストーリーとして分類されています。しかし、その短さにも関わらず、非常に血なまぐさい悲劇が描かれた作品と言えるでしょう。

主人公は、スコットランドの武将であるマクベスです。

マクベスは、友人のバンクォーと共に戦場から帰る途中、突然現れた3人の魔女に出会います。

魔女たちは、マクベスが「やがて王になる」という不思議な予言を残して消えてしまいます。そのことを知ったマクベスの妻は、夫をそそのかし、現在の王であるダンカンを殺害するように勧めました。

ダンカンを暗殺したマクベスは王座に就いたものの、罪悪感から疑心暗鬼に陥ってしまいます。やがて友人だったバンクォーも殺してしまったマクベスは錯乱し、次第に暴政を敷くようになります。そして、そんなマクベスに恨みを抱いた者たちによって、粛清されてしまうのでした。

『マクベス』は、人間が野心によって悪事を働き、罪悪感のために滅亡していくという、悲しいほどの「弱さ」や「人間らしさ」を描いた作品です。

『ロミオとジュリエット』

四大悲劇には入っていませんが、シェイクスピアの悲劇の中で外せないのが『ロミオとジュリエット』です。

舞台は花の都・ヴェローナ。名家であるモンタギュー家とキャピュレット家の対立が巻き起こす悲劇です。

モンタギュー家のロミオは、ロザラインという女性への片思いに悩む青年です。そんなロミオは、友人たちに連れられてキャピュレット家が主催する仮面舞踏会へと参加します。

そこでロミオと出会ったのが、キャピュレット家の一人娘であるジュリエットでした。ロミオとジュリエットはたちまち惹かれ合い、恋に落ちてしまいます。

しかし、敵対する立場にあるふたりの恋は、許されるものではありませんでした。いくつもの不運な悲劇、そしてすれ違いが重なり、ロミオとジュリエットはついに結ばれることなく、自ら命を絶ってしまうのでした。

『ロミオとジュリエット』は演劇作品以外にも、ミュージカル、バレエ、オペラや映画など、数々の芸術作品に派生されています。これらのことからわかるように、世界で最も有名な「悲しい恋の物語」と言っても過言ではありません。

【喜劇】妖精に男装、人肉裁判?なんでもありの名作揃い

シェイクスピアの作品には、12作品もの喜劇があります。どれもさまざまなシチュエーションが光り、観客の笑いを呼ぶ名作揃いです。本記事では、その中でも特に有名な3作品について解説します。

『夏の夜の夢』

シェイクスピア作品を代表する喜劇としてまず挙げられるのが、コメディとファンタジーが入り混じる名作『夏の夜の夢』です。

夏至の夜を舞台に、アテネの恋人たちと貴族、職人たちといった様々な階層の人間たち、そして妖精の王と女王であるオーベロンとタイターニアの夫婦、いたずら好きの妖精パックといった個性豊かなキャラクターが登場します。

この個性的なキャラクターたちの魅力は、シェイクスピア作品の中でも突出しており、現在でも世界中で上演されている人気作品です。

『十二夜』                           

『十二夜』は、勘違いによって絡まり合った恋模様を楽しめる喜劇です。

ヒロインのヴァイオラはとある事情から、男装して「セザーリオ」と名乗っています。そうして国の領主であるオーシーノに仕えることになるのですが、男性のふりをしながらもオーシーノに恋心を抱くようになります。

ところが、オーシーノが思いを寄せているのは、伯爵家の令嬢・オリヴィアです。ヴァイオラの切ない恋模様が描かれるのかと思いきや、なんとオリヴィアが男装したヴァイオラに一目ぼれしてしまったのです!

大波乱が巻き起こる『十二夜』ですが、最後には意外な人物が現れ、大団円を迎えます。

劇中の人物たちは知らない真実を、観客だけが知っている。この演劇的な要素が見事に笑いを呼び、全編を通して楽しめます。シェイクスピア作品屈指の喜劇です。

『ヴェニスの商人』

『ヴェニスの商人』の舞台は、タイトルが示す通り、イタリアのヴェニスです。富豪の娘であるポーシャと結婚を望む青年・バサーニオは、悪名高い金貸し・シャイロックから借金をすることになりました。

シャイロックは、もしもバサーニオが借金を返済しなければ、彼の友人であるアントーニオの「肉」を1ポンド分渡す、という契約を提示します。そして期日までに借金を返済できなかったバサーニオに対し、シャイロックはアントーニオの「人肉」を差し出すように迫ります。

万事休すとなったバサーニオ。しかし、そこに現れた若い法学者が事態を急転させるのですが……。

借金のカタに人肉を要求する、というシャイロックのキャラクター性が光る本作。2024年には、草彅剛さんが舞台でシャイロックを演じ、大きな話題となりました。シェイクスピアが作家として円熟期を迎えたとされる、1590年代の初めに書かれた作品です。

【史劇】シェイクスピアが命を吹き込む、歴史の世界

シェイクスピアは、悲劇や喜劇の他に、歴史上の出来事や人物をモデルにした「史劇」も生み出しており、全37作品のうち8編が史劇に分類されています。

『リチャード三世』

史劇の中で最も強烈な作品と言えるのが、「薔薇戦争」を題材とした『リチャード三世』です。「薔薇戦争」とは、中世のイギリスで起こった覇権争いのことで、名家である「ヨーク家」と「ランカスター家」の対立によって生まれた戦争です。

本作品の主人公であるリチャードは、醜い容姿と生まれつきの障がいのため、家族に対して強い疎外感を持った人物です。そのリチャードが、イギリス王に即位した兄・エドワード4世を王位から引きずり落とし、自らが王位に就いた後没落していく様子を描いています。

容姿や人望には恵まれなかったリチャードですが、あらゆる陰謀や人心掌握術を駆使し、王座に上り詰めていく彼の「魔性」の魅力は、観客を惹きつけてやまない輝きを放っています。

『ヘンリー五世』

『リチャード三世』が悪役としての魅力に輝く王だとすれば、本作品の主人公である『ヘンリー五世』は、それとはまったく正反対の、「名君」と表現すべき王でしょう。『ヘンリー五世』は、同じくシェイクスピアによる史劇『ヘンリー四世』の続編です。

王子という高い立場にありながら、若い頃には放蕩の限りを尽くしていたヘンリーが、心を入れ替えて王に即位してからの物語です。この頃、イギリスはフランスとの戦争の真っ最中でした。この戦争はあまりにも長く続いたために「百年戦争」と呼ばれました。

そのような時代背景から『ヘンリー五世』では、フランスを相手に繰り広げられる戦争の場面が多く描かれています。これはシェイクスピアの作品としては珍しいスタイルです。

実はシェイクスピアが生きていたのは、この百年戦争が終わってから間もない時代でした。シェイクスピアが『ヘンリー五世』の姿を作品に残したのは、この偉大な王に対する敬愛の気持ちがあったのかもしれません。

そのほか、「ロマンス劇」に分類される作品が4編と、シェイクスピアの詩を集めた「ソネット集」を合わせて37作品となります。世界で最も偉大な劇作家が残したこれらの作品たちは、どのジャンルにおいても違った個性を持った素晴らしい作品ばかりです。

糸崎 舞

何より驚くのが、悲劇、喜劇、史劇と異なるジャンルの作品たちが、同一人物が作ったとは思えないほど多彩な個性を持っていることです。どのジャンルもそれぞれに魅力がありますが、個人的には『リア王』や『十二夜』など、多くの人の思惑が入り乱れる作品が大好きです!