世界各国で観客と批評家に絶賛されてきた舞台『飛び立つ前に(Avant de s’envoler)』が、ついに日本で上演されることとなりました。長い時間を重ねた夫婦のもとに、差出人不明の一束の花が届いた日から、完璧な愛に疑念を抱く静かなざわめきが動き出します。今回は、そんなミステリアスで繊細な心理劇についてご紹介していきます。

まずは『飛び立つ前に』のストーリーをチェック!

著名な作家アンドレとその妻マドレーヌは、
パリ郊外の家で穏やかな日々を送っている。

だが、50年という歳月を振り返るうちに、
ふたりの関係は「完璧な愛」ではなかったのではないかという疑念が、
静かに心に影を落としはじめる。

娘たちの訪問を控え、何気ない日常の支度を進めていたある朝、
届いたのは差出人のない一束の花。

そして、過去の記憶をまとったひとりの女が、扉を叩く──。

静けさの裏に潜む、名もなきざわめき。

ふたりの人生に封じられていた秘密が、
時の奥底からゆっくりと浮かび上がる。

フランスを代表する劇作家フロリアン・ゼレールが描く「家族」

フロリアン・ゼレールはフランスの小説家・劇作家・映画監督です。22歳で小説『人工雪』で作家デビューを飾って以来、圧倒的な筆致で人間の心の奥底に迫る作品を次々と世に送り出し、現代フランスを代表する文芸家としての地位を確立しています。

戯曲作家としても活躍し、いわゆる家族三部作『Le Père(父)』『Le Fils(息子)』『La Mère(母)』は、日常のさり気ない瞬間に潜む摩擦や真実を鋭く描写することで、観客の共感を集めてきました。これらの作品は日本でも上演され、批評家や観客から高い評価を受けています。

中でも『Le Père』は、フランス演劇界における最高の栄誉・モリエール賞(最優秀戯曲賞・最優秀男優賞・最優秀女優賞)をはじめ、英国オリヴィエ賞や米国トニー賞を受賞するなど、数々の名誉ある演劇賞を獲得し、国際的にも広く認知されるきっかけとなりました。

さらに彼の創作活動は映画界にも及び、監督・脚本を務めた映画『ファーザー』(原作『Le Père』)では、アカデミー賞で主演男優賞と脚色賞を受賞するという快挙を成し遂げます。また続作『The Son(息子)』はヴェネチア国際映画祭にも出品され、大きな話題を呼びました。こうした実績により、彼はフランス政府よりレジオン・ドヌール勲章も授与されています。

彼の描く「家族」は、理想だけに満ちた居場所ではなく、記憶の混濁、記憶喪失、世代間ギャップ、不安や葛藤が複雑に交差する人間ドラマそのものです。日常のズレが徐々に浮き彫りになっていく構図は、観る側に深い余韻を残します。

日本で初めて上演される『飛び立つ前に(Avant de s’envoler)』は、まさにゼレールの作風が凝縮された舞台です。彼が91歳の名優ロベール・イルシュのために書き下ろし、ウエストエンドやブロードウェイでも成功を収めた名作を、今回は誰が演出するのでしょうか?

ラディスラス・ショラー演出で立ち上がる『飛び立つ前に』日本初演

ラディスラス・ショラーは、ジャンルの垣根を超えた演出で知られるフランスの演出家です。日本では、2019年と2021年に東京芸術劇場で『Le Père(父)』『Le Fils(息子)』を演出し、2024年には『La Mère(母)』を手がけました。

過去に演出した舞台はモリエール賞に29回ノミネートされ、『Le Père(父)』では最優秀演劇賞など6部門を受賞しています。演出家としても4回ノミネートされ、『抵抗 Rèsiste』『オリヴァー・ツイスト』でコメディ・ミュージカル部門の3賞を受賞しました。

ショラーはゼレール作品に深い理解を持つ演出家で、家族三部作の日本公演にて橋爪功さんや若村麻由美さんと強力なタッグを組みました。再共演となる今作には、深い信頼関係を築き、ゼレールの世界を日本に再現する高い期待が寄せられています。

また、作品のテーマである「老い・愛・別れ」は、誰もが心に持つ普遍的なモチーフだと思います。繊細でミステリアスな心理劇としての描写は、日本の観客にも深く響くはずです。ショラー演出による『飛び立つ前に』は、演劇初心者にも入りやすく、観た後にも長く心に残る舞台体験を届けてくれることでしょう。

かけがえのない時間と記憶を描く家族劇に、日本演劇界の精鋭が集結

フロリアン・ゼレールの傑作『飛び立つ前に』日本初演を彩るのは、日本演劇界を代表する俳優たちです。公式キャストインタビュー映像のコメントとともにご紹介します。

物語の中心となるアンドレを演じるのは、名優・橋爪功さん。過去には『Le Père(父)』にも出演し、その存在感で観客を魅了しました。「ゼレールとショラーによる芝居は妙に気になる、引きずり込まれる」とのコメントから、彼自身の期待と高揚が伝わってきます。

アンドレの妻・マドレーヌ役には若村麻由美さん。台本を読んで「ミステリーやサスペンスの要素を感じた」と語り、「観る人も脳をフル回転させながら楽しめるのでは」とコメント。夫婦の長年の空気感をどう舞台で表現できるか、自らも挑戦心を抱いています。

長女アンヌは奥貫薫さんが演じます。前作『Le Fils(息子)』を観劇した際に「美しい瞬間を積み重ねて大きな物語を作る演出」と感じたことを明かしました。今回は若村さんが演じてきた役を引き継ぐ形で参加するため、「恐れ多さもあるけれど、自分なりのアンヌを、カンパニーの仲間と共に見つけたい」と意欲を語りました。

次女エリーズ役は前田敦子さん。「(台本を)サーッて読み終わりました」「不思議な感覚を味わいました」と一読者として作品への愛をあふれさせます。「今回は皆さんの心に淡々と響くようなお芝居が求められる」と考えており、今までとは異なるアプローチにワクワクしている様子でした。

エリーズのフィアンセ・ポールを演じるのは岡本圭人さんです。『Le Fils(息子)』『La Mère(母)』に出演した経験から、ショラー演出について「人と人のつながりの愛を、ものすごく美しく演出される方。準備していった5倍、10倍面白くなる」と表現し、作品世界への信頼を示しています。

さらに謎めいた女(シュワルツ夫人)として登場するのが剣幸さん。本作には「得体のしれない感覚に浮遊している面白さ」があり、「何が本当のことかよくわからないから余計に楽しみ」と語りました。

橋爪さん・若村さんを中心に織りなすアンサンブルは、まさに日本演劇界の精鋭と呼ぶにふさわしい顔ぶれです。彼らの芝居を通して、人生の終幕に見える風景と情熱を体験できると思います。観る人の数だけ受け止め方がある本作は、みなさんの心に響き続けることでしょう。

舞台『飛び立つ前に』は、2025年11月23日(日・祝)〜12月21日(日)に東京芸術劇場 シアターイーストで上演されます。兵庫県・島根県・宮崎県・秋田県・富山県でも地方公演が実施予定です。詳しい情報は公式サイトをご確認ください。

さよ

『飛び立つ前に』は、家族という誰にとっても身近なテーマを扱いながら、心を強く揺さぶる唯一無二の存在です。特別な知識がなくても、登場人物に自分の経験や感情を重ねながら楽しめます。日本初演という貴重な機会に、ぜひ劇場でご自身の物語を見つけてください。