誰もが知る児童文学「ピーター・パン」と「不思議の国のアリス」。主人公のモデルとなった2人は1932年、ロンドンの書店で開催された「ルイス・キャロル展」の開幕式で顔を合わせました。この史実を元に描かれた戯曲『ピーターとアリス』が2026年2月、東京と大阪で上演されます。不思議の国のアリスを演じる古川琴音さんにお話を伺いました。

実在のアリスの「影」となるアリス

−戯曲を読んだ印象はいかがでしたか。
「自分が想像していた「ピーター・パン」と「不思議の国のアリス」の世界観とは全く違いました。2作品は子どもの頃から馴染み深い物語ですが、ピーターとアリスに実在するモデルがいたということを想像すらしたことがなかったんです。
演出の熊林弘高さんから作品のヒントとして、村上春樹さんがアンデルセン文学賞授賞式で「影」について語ったスピーチを教えていただきました。アンデルセンの短編小説「影」は、影が主人を食い殺してしまうお話なのですが、「不思議の国のアリス」のモデルであるアリス・リデル・ハーグリーヴスさんと「ピーター・パン」のモデルであるピーター・ルウェリン・デイヴィスさんは、リアルにそういった体験をされたのだなと。新たな世界、知らなかった世界を見せてくれる物語だなと思いました」

−「不思議の国のアリス」に対する印象は変わりましたか?
「作品に対するイメージが変わったというよりも、この物語に作者ルイス・キャロルがどんなものを散りばめていたのかを考えるきっかけになりました。「不思議の国のアリス」と聞くと、チェシャ猫やうさぎ、トランプなどがイメージされますが、どんな物語なの?と聞かれると繰り返し見た作品なのに語るのが難しかったんです。本作への出演のお話をいただいた時に改めて見返したのですが、やはり掴みどころのない作品だと思いましたし、子どもの頃はこの物語のどこに興奮していたんだろう?と、子ども心が分からなくなっている大人の自分にも気付かされました」

−本作にはピーター・パンとアリス、2つのキャラクターが登場しますね。
「ピーター・パンとアリスは対になっているような気がします。男の子にとっての子ども時代のヒーローであるピーターと、女の子が憧れたアリス。そして男の子と女の子が成長で辿っていく過程というのが象徴されているように思います。ピーターの存在もヒントにしながら深めていけたら良いなと思います」

−更にルイス・キャロルとジェームズ・バリーも登場し、作家の視点も入ってきます。
「2つの作品の作者がどんな人だったかを想像してこなかったなと思ったんですけれど、改めて大人が書いたものなんだなと実感しました。子どものための物語ではあるけれど、もう一度大人になって読み返してみると、大人としての子どもへのメッセージが散りばめられている。特にキャロルさんは実在のアリスに向けてこの物語を書いていますし、キャロルさんのアリスに対する並々ならぬ想いから生まれた作品だと思います。ここまで濃い人間模様が詰まっている作品だとは思いませんでした」

ユーモアから生まれる切実さも大切に

−不思議の国のアリスを演じる古川さん。役づくりについてはどのように考えられていますか。
「私が演じるのは実在の人物ではなく、童話の中のキャラクターとしてのアリスなので、自分を含め、お客様が持っているアリスのイメージを大切にしたいと思っています。でもそれだけでなく、モデルになったアリス・リデル・ハーグリーヴスの幼少期の一番コアな部分から生まれたキャラクターなので、そのアリスさんの存在、そしてルイス・キャロルさんが彼女をどう見ていたかという視点も重要だと思います。キャラクターのベースとして、勇敢で大胆な少女というのは持ちつつも、実在のアリスさんと対峙した時は、彼女が見たくなかった自分の姿を映し出す一面もあり、ピーターたちにとってはウェンディの目線も持っています。これをどう表現するか、熊林さんと一緒に創っていけたらと思います」

−演出家・熊林弘高さんとはミュージカル『INTO THE WOODS』でもご一緒されていますね。どんな演出家だと思われますか?
「脚本の中に熊林さんならではのユーモアを見つけ出される方、なかなか脚本を読んだ通りにはさせてくれない方です。本作の事前ワークショップでも翻訳劇という空気に捉われないでください、とおっしゃっていました。
『INTO THE WOODS』でもシンデレラが持っているドロドロとした感じを表すために、念仏を唱えてみたら?と言われたんです。まさかと思ったけれど、やってみるとシンデレラの切実さが凄く感じられましたし、真剣にやっていると周りが笑うんです。そういった笑いが生まれることで本当のシリアスさが浮かび上がってくると思うので、そういった熊林さんのお力を借りて、本作も挑みたいと思います」

−アリス・リデル・ハーグリーヴスを演じるのは麻実れいさんです。
「『INTO THE WOODS』では巨人役として声のみご出演をされていて、役の通り勇ましい印象でしたが実際にお会いすると優しくて柔らかい方でした。この作品はチャレンジだとおっしゃっていて、これまでたくさんの作品に出演されてきた麻実さんにとってもまだチャレンジだと感じる舞台があると知れたことが、私のこれからの役者人生の希望になりました。また麻実さんは文化の空気を纏ったようなオーラのある方で、一緒に「不思議の国のアリス」という題材に向き合って創っていけるのが幸せなことだと感じています。
童話の中のアリスと実在のアリスは、姉妹のような存在かもしれない、と麻実さんはおっしゃっていたんです。実在のアリスは娘がおらず、3人の子どもは全員息子だったので、童話の中のアリスは娘でもあるし、姉妹でもある。そして自分の存在を脅かした影、あるいは自分が影だと思ってしまうくらい輝かしい存在でもあると思います。2人は密接に縫い付けられているような存在なのかなと考えています」

劇場に足を運ぶこと自体が舞台の魅力

−映像作品でもご活躍の古川さんですが、舞台の芝居はまた感覚が変わりますか?
「私は中学校の演劇部が初めての芝居経験だったので、舞台でお芝居をすると自分のベースに戻ってきている感覚があります。稽古期間・本番期間を含めて、栄養補給しているような気持ちになりますね。
私が舞台をやっていて思うのは、稽古と本番を通して、繰り返し同じシーン、同じ台詞を言っていくうちに、これだけ稽古したのに本番になってやっと分かった、という発見が尽きないということです。それだけ舞台の脚本は1回だと掴みにくくて、稽古・本番を繰り返していくうちに染み込んでくるものが多くて。それって詩に似ているような感じがするんです。言葉自体もそうですし、どこにその台詞が掛かってくるのか、それを紐解いていく作業が面白いです。
私もよく観劇に行くんですけれども、劇場に足を運ぶということ自体が1つ舞台の魅力だなと思います。劇場が持つ歴史であったり空気感であったり、役者さんのパワーや振動、美術や照明も体感するものでしかないというか。その空間に身を置いて得られる情報量というのは、映像とはまた違うと感じます」

−最後にメッセージをお願いします。
「世界中の人が「ピーター・パン」と「不思議の国のアリス」という物語を知っていると思いますが、モデルとなった2人について考えたことがある人は少ないと思います。2人が実際にイギリスの書店で会ったという事実をもとにこの作品が書かれているのが面白いですし、2人の会話を通じて、そしてピーターとアリスを通じて、子どもの頃の自分と向き合い、大人になっていくとはこういうことだったのかもしれないと、思いを巡らせることができる作品になっていると思います。色々な期待を持って観に来ていただけたら嬉しいです」

『ピーターとアリス』は2026年2月9日(月)から2月23日(月・祝)まで東京芸術劇場 プレイハウス、2月28日(土)から3月2日(月)まで梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて上演されます。公式HPはこちら

撮影:山本春花、ヘアメイク:伏屋陽子(ESPER)、スタイリスト:山本杏那

Yurika

いつも存在感ある演技で惹きつけ、物語の世界に誘ってくれる古川さん。撮影時も素敵な夜景と共に見せてくださる表情がとても魅力的でした。子どもの時のまま、童話の世界に存在し続けるピーターとアリスを通して、大人になった私たちも様々なことに気付かされそうです。