2025年も残りわずかとなり、1年間の出来事を振り返る方も多いのでは。今回、筆者が観劇した演劇・ミュージカルの中から、特に心に残った作品4つをご紹介します。

他の誰でもない“私”を愛したくなるミュージカル『SIX』日本キャスト版

1つ目は、トニー賞2部門を含め世界各国で35の賞を獲得したイギリス生まれの大人気ミュージカル『SIX』の日本キャスト版です。2025年1月に来日版が初演され、続いて東京・愛知・大阪で日本人キャストによる公演が行われました。

英国史においてスキャンダラスな王として名高いヘンリー8世の妻たち6人が現代に蘇り、「誰がいちばん悲惨な目にあったのか」を歌で競い合います。

ノリノリのポップスからしっとりと聞かせるバラードまで、心をわしづかみにするパフォーマンスが80分ノンストップで繰り広げられ、まるでライブに参戦している気分に。一方で、歌詞に王妃一人ひとりの思いや生き様を落とし込み、音楽に乗せて物語を進行させていく演出の上手さにも感心しっぱなしでした。

筆者が思わず泣いてしまったのが、息子の出産後まもなく亡くなった3番目の妻、ジェーン・シーモアが「Heart of Stone」を歌うシーン。移り気な夫との結婚生活で、何があっても揺らがない石のような心を持つことで自らを守ろうとした強さが伝わってきて、控えめで従順だったといわれる彼女のイメージががらりと変わりました。

また、ヘンリー8世と死別して唯一生き残ったキャサリン・パーの「I Don’t Need Your Love」は王妃全員のターニングポイントとなるナンバー。それまで“ヘンリー8世の妻”のうちの1人という立場に囚われていた王妃たちが「もう愛さなくていい、あなたの愛なんていらない!」と高らかに宣言する姿に胸が熱くなりました。自我に目覚めたクイーンたちは生き生きと輝いているからこそ、ラストの「SIX」で味わう爽快感といったらもう、最高の一言につきます。ぜひ近いうちに、そして何度でも再演してほしい作品です。

生きた演技を目の当たりにした舞台『マスタークラス』

2つ目は、2025年3月から4月にかけて上演された舞台『マスタークラス』。“20世紀最大のプリマドンナ”と称されるマリア・カラスの栄光と挫折が交錯する人生を描いたトニー賞受賞作です。

引退後のカラスがニューヨークの名門音楽学校で若きオペラ歌手たちに公開授業、つまりマスタークラスを行うなかで、波乱万丈な過去が解き明かされていきます。

主演は、元宝塚歌劇団の雪組トップスターであり、今や『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』『エリザベート』など数々のミュージカル作品で活躍している望海風斗さん。26年ぶりに日本で上演される本作で、ストレートプレイに初挑戦しました。

実は筆者もストレートプレイを観るのは初めてだったのですが、望海さん渾身の演技にただただ圧倒され、衝撃と興奮が冷めやらぬまま劇場を後にしたのを覚えています。望海さんの台詞や仕草のひとつひとつに、今この瞬間マリア・カラス自身が発したものだと感じられる説得力がありました。最初こそカラスの自由な言動に驚いたものの、次第に彼女の意図を汲み取ろうと耳を澄ませた観客、もとい聴講生は筆者だけではなかったはず。そうやってただ役を「演じた」のではなく「生きた」からこそ、音楽を愛し、自分らしく信念と誇りを貫いたマリア・カラスが舞台上で鮮やかに蘇ったのだと思います。本作を通じて、演劇の面白さと奥深さを改めて実感できたのも嬉しい経験でした。

公演期間中にリピーターになった劇団四季ミュージカル『ウィキッド』

童話『オズの魔法使い』に登場する「悪い魔女」と「善い魔女」の若き日を描いた小説を原作として、世界中で愛されているミュージカル『ウィキッド』。日本では劇団四季によって何度も上演されていて、2024年8月から2025年7月まで15年ぶりに大阪公演が行われました。

筆者は2024年10月の初観劇で味わった感動が忘れられず、2025年5月に2度目の観劇を果たしました。

緑色の肌と魔法の力を持つエルファバと愛らしく人気者のグリンダは、立場も性格も正反対。劇中歌の「What Is This Feeling」で互いに大嫌いだと言い合うほど仲が悪いのですが、ある出来事をきっかけに、次第に友情を育んでいきます。ある意味王道とも取れるガールミーツガールの展開ですが、自分とは異なる相手を認めて尊重することは決して簡単ではないでしょう。つくづく、2人の関係性が眩しくかけがえのないものだと思わずにいられません。

『ウィキッド』の楽曲はどれも大好きなのですが、なかでも心に刺さったのは1幕ラストの「Defying Gravity」です。たとえ世界中を、大切な友人を敵に回してでも信念を曲げないと歌うエルファバは、まさしく重力に逆らって生きようとしています。自分の意思で進む道を決めるのは勇気がいるものですが、この曲を聞くとエルファバの勇気を分けてもらえる気がします。そしてもう1つ、2幕の終盤でグリンダとエルファバが歌う「For good」も外せません。2人がお互いの存在によってどのように変わったかを語るサビの歌詞に、たまらず涙が零れました。本作の「なにもかも違うあなたがいる。だから世界は美しい」というキャッチコピーにもぴったり当てはまる曲です。個人的に劇団四季の日本語訳が美しいと思うので、ぜひ聞いてもらいたいです。

“自分”の存在について考えさせられるミュージカル『ある男』

最後に紹介したいのが、2025年8月に東京で世界初演されたミュージカル『ある男』です。原作は、2018年に読売文学賞を受賞し、映画化もされている平野啓一郎さんの同名小説。弁護士の城戸章良が「愛した人が別人だった」という奇妙な相談について調べていくなかで、公私ともに幸福に見えた自らの立ち位置が揺らいでいきます。

名前も過去も偽って生きていたある男・Xは物語が始まった時点で亡くなっているため、その正体を追う城戸とは本来対峙できるはずもありません。しかし、歌唱による演出で2人が向き合うシーンを自然に創り出せるのが、ミュージカルならではの強みだと思います。特に1幕ラストのデュエット「暗闇の中へ」は、浦井健治さん演じる城戸と小池徹平さん演じるXが互いに「何が真実で何が嘘なのか」とぶつかり合う迫力がすさまじく、ドラマチックな旋律とともに強く印象に残りました。

小説とミュージカルでは設定やストーリー展開に違いも多々見受けられたのですが、個人的にはXがなりすましていた谷口大祐の元恋人である濱田めぐみさん演じる後藤美涼のキャラがより好きになりました。彼女のポリシーを歌にした「三勝四敗」は、落ち込んだときに聞きたくなるナンバー。また後悔し続けるのをやめ、前へと進もうと歌う「私が生きる道」からは、痛みを抱えながらも生きていく人へのやさしいまなざしが感じられ、グッときました。

そして、木々の間からきらりと零れ落ちるように希望が垣間見えるラストシーンも心に染み入るものでした。日本発ミュージカルの意欲作として、今後の再演に期待しています。

もこ

今年もさまざまなミュージカルや演劇を観るなかで、感じたことひとつひとつが自分の心を豊かにしてくれたと思います。2025年も残りわずか、皆さんも1年間の観劇ライフを振り返ってみませんか。