ベルトルト・ブレヒトによる演劇作品の金字塔『コーカサスの白墨の輪』。遠い昔の話として描かれた本作を劇作家・演出家の瀬戸山美咲さんが、未来の戦争が終わった後の物語として再構成し、音楽劇として上演されます。内乱の最中、置き去りにされた“こども”を育てるグルーシェを演じる木下晴香さんにお話を伺いました。
あり得るかもしれない未来として、一緒に想像できる作品に

−ベルトルト・ブレヒトの原作『コーカサスの白墨の輪』を読んでみてどんな印象を抱かれましたか。
「現代に生きる私たちにも刺さる物語であることに驚きました。最初は難しいのかなと思って構えて読み始めたところがあったんですけれど、その心配はどこへやら、とても分かりやすい物語ですし、普遍的なテーマが本当にたくさん詰まった作品なので、現代で上演する意味がある作品になるのではないかなと思いながら読ませてもらいました」
−今回は瀬戸山美咲さんが物語の設定を未来に移して再構成し、人工知能などの題材も織り込みながら、音楽劇として上演されます。
「音楽も1からオリジナルで作られていますし、ビジュアル撮影でもモダンな雰囲気だったので、どんな風に生まれ変わるんだろうととても楽しみにしています。原作だと過去から色々なことを学ぶという感覚がありましたが、未来に舞台を移すことで、“自分たちの将来はこうなっていくのかもしれない”と、よりお客様と一緒に想像をし、身近に感じていただけるんじゃないかと思います。AIなどの恐ろしさも盛り込まれていくみたいなので、現代ならではの作品になりそうです」
−木下さんが演じるグルーシェ役についての印象はいかがでしょうか。
「生みの親ではないにも関わらず、子どものために自分の命をかけてまで歩みを進めていくエネルギーがどこから来るのだろうというのは、稽古場でしっかりと探っていきたいと思っています。最初に思い浮かんだワードは“怖いもの知らず”だったのですが、もしかしたら内乱の最中の極限状態に置かれている人間だからこその行動や言葉だったのかもしれないとも思います。若さや未熟さから生まれる強さを感じる役でもあります」
−近年では『レ・ミゼラブル』でも若き母・ファンテーヌも演じられましたね。
「ここ数年、母親の役というのを少しずつ経験させてもらってきているので、きっと積み重ねてきた経験が今回も糧になってくれると思います。自分ではない誰かになれるのが演劇の面白さなので、精一杯、グルーシェを突き詰めたいです」
“言葉の力を信じる” 瀬戸山作品への信頼

−上演台本・演出の瀬戸山美咲さんとご一緒されるのは3度目。木下さんにとって初のストレート舞台である『彼女を笑う人がいても』で瀬戸山さんが脚本を務められ、木下さんは第47回菊田一夫演劇賞 演劇賞を受賞された節目の作品でもありますね。
「『彼女を笑う人がいても』は芝居に対する感覚が変わった作品でしたし、瀬戸山さんの書かれる物語には“言葉の力を信じる”ということを感じます。演出の栗山民也さんにも“言葉の力を信じて台詞を喋る”ことを教えていただいたのですが、瀬戸山さんの書かれた言葉だったからこそ、信じることができたのだろうなと思います。今回もブレヒトの原作を、瀬戸山さんの視点でどう描かれるのか、読むのが楽しみです。
本作で私を選んでいただいた理由として、これまでの出演作を通して逆境に立たされた女性が強く逞しく切り拓いていくイメージを持ってくださっていて、それがグルーシェに必要なエネルギーだと考えてくださったと伺いました。私が演じる意味を見出して、グルーシェを演じられたらと思います」

−グルーシェの婚約者で戦地に赴く兵士・シモン役を演じる平間壮一さん、グルーシェが育てた“こども”を連れ戻しにやってくる太守夫人・ナテラ役のsaraさん、グルーシェを支えるスリカ役の加藤梨里香さん、“旅一座の歌手”役の一路真輝さんの印象はいかがですか。
「平間さんは私のデビュー作『ロミオ&ジュリエット』でご一緒して以降、親しくしていただいている先輩なのですが、今回取材を一緒に受けさせていただく中で、普段から“人間とは”“命とは”“戦争とは”と本作に通じることを考え続けられている方なのだなと実感しました。だからこそ繊細な機微を感じるお芝居をされるのだなと、デビュー当時から見ていた素敵な姿と、点と点が繋がったような感覚がありました。一緒にお芝居をできるのが楽しみです。
saraさんは同世代で、作品をご一緒するのは初めてです。私自身はお芝居に対する苦手意識があったのですが、saraさんは文学座で鍛え上げられてきたお芝居の力と、私とはまた全く違うカラーの歌声もお持ちですし、私にないものを持っている女優さんという印象があります。本作では裁判で対峙するシーンもあるので楽しみです。
梨里香ちゃんは公私共に仲良くしてもらっているので、お名前があってとてもホッとしましたし、きっと今回たくさん支えていただくことになるんだろうなと頼りにしています。
一路さんはとってもフレンドリーにお話ししてくださって、なんて素敵な先輩なのだと改めて感じました。皆さんのお人柄を知っていくたびに、心強くてホッとしていく感覚があります」
その場で役として生まれた言葉を歌いたい

−木下さんはいつも凛とした美しさや強さを感じる歌声が印象的ですが、歌うときに大切にされていることはありますか。
「大前提として音程のことや技術のことについては考えなくて済むよう、稽古でしっかりと落とし込み、本番ではとにかく言葉のことを考えて歌うようにしています。私たちは台本で歌詞や物語の先を見えてしまっているけれど、やっぱりその場で役として生まれた言葉にしていきたいし、その場で生まれた音を届けたい。栗山さんにもよく言われるのですが、全部の音が役者から流れている音であって、楽譜に書かれているメロディーも役としての感情を描いたものなので、役としての言葉にできるよう、心がけています」
−本作は世田谷パブリックシアターでの上演となります。劇場の印象はいかがですか。
「劇場に来るたびに、好きだなという気持ちが募っていく劇場です。私にとってはストレートプレイで凄く濃密な、大切な時間を過ごさせていただいた場所でもあるので、そこに戻ってこられるのが本当に嬉しいですし、この劇場でこの作品ができるという巡り合わせを本当に光栄に、幸せに思っています。全力で腹をくくりながらこの世界に向き合っていきたいなと思います」
−本作でどんな演劇体験を届けたいですか。
「難しく考えず、近い未来で起こりうるかもしれない世界を目撃するような感覚で足を運んでいただけたらと思います。来ていただけたらきっと自然に何かを知ったり、考えたりするきっかけがたくさん散りばめられている作品になっています。一緒に考えませんか?とお伝えしたいです。作品をお届けするというより、一緒に観て考えていただければ嬉しいです」
音楽劇『コーカサスの白墨の輪』は2026年3月12日(木)から3月30日(月)まで世田谷パブリックシアターで上演されます。公式HPはこちら

いつも美しく力強い歌声、凛とした姿で感動と勇気をくださる木下さん。その根底に「言葉」があるというのが印象的でした。 ブレヒトの原作『コーカサスの白墨の輪』を読み、極限状態の中で他人のこどもの命を守るために行動できるグルーシェの芯の強さに驚きました。舞台を未来に移した時、そして木下さんが役として生きた時、どんな変化が生まれるのか楽しみです。


















