横内謙介さん(扉座)の戯曲「いとしの儚」の演出を手がけるなど、活躍目覚ましい川名幸宏さんが主宰する劇団・東京夜光。役者を集め劇団化して初の公演は、遥か遠い未来を舞台に生きる意味を問う、コロナ禍だからこそ強くメッセージの刺さるSF作品でした。(2021年7月・こまばアゴラ劇場)※ラストに触れているため、ネタバレしたくない方はご注意ください
訪れた未来は、絶対安全なヴァーチャル空間
物語の舞台は、遠い未来を生きる女性ノンの部屋。そこに過去(それでも現在より未来)を生きる人間イチとAIレイが、過去の災害を救う手段を手に入れるため、タイムトラベルで乗り込んできます。そこに、もっと未来から来たエグジと名乗る男が加わるも、ノンもエグジも、記念写真を撮ったり、お話しましょうとお茶を出したりと、どうにも話が噛み合いません。
未来の2人によると、この部屋は想像のすべてが叶うヴァーチャル空間で、実体は宇宙空間のカプセルの中で眠り続けているという。死ぬこともなく、願うだけですべてが叶うこの場所に居続ければ安全だと、イチとレイを誘います。誘惑に負けそうになるイチと、頑なに拒むレイ。
そしてノンは、一度AIに殺されてみたかったと、レイに殺人を持ちかけます。激しく拒否するレイともみ合いになる中、勢い余ってノンはレイを刺殺してしまい…
人間らしさとは、不安と向き合う強さ
レイは実体を持っているため、生き返ることはありません。初めて取り返しのつかない経験をした不安にノンが苦しむ中、エグジから、宇宙空間の実体について語られ、死という人間の避けられない末路は、未来においても乗り越えられていないことが語られます。
ラストは、実体に戻ることを拒み続けてきたノンが、イチとともに宇宙空間へ向かうところで幕を閉じます。テクノロジーの発達が、人間の不安を徹底的に排除していく。しかし、本当は死の不安を見ないふりをしているだけで、その結果、人間らしさを失う未来が待っている。だからこそ、不安としっかり向き合う強さが求められる。そんなメッセージが伝わる最後でした。
より激しさを増すコロナ禍において強く刺さる、不安と向き合うことの大切さを伝えてくれた本作。8月4日までこまばアゴラ劇場にて上演されています。いつか、よりスケールの大きな演出での再演をまた見たいと思いました。