俳優の高橋一生さんの一人芝居。上田岳弘さんが書き下ろした脚本に、これまでも高橋さんと舞台で信頼のタッグを組んできた演出家・白井晃さんの演出が揃いました。稽古の多くを俳優、脚本家、演出家の3人での議論に費やしたという本作。80分間、ノンストップで高橋さんが歌い踊り狂う一人芝居『2020』を観劇しました。(2022年7月・PARCO劇場)※以下、ネタバレを含みます。

人間として生きる正しさとは。過ちとは。

今回、高橋一生さんが演じる主人公は、西暦2730年に生きるGenius lul-lul(ジーニアス・ルル)。冒頭、マスクをつけて客席側から現れた彼は、強烈な言葉で静寂を切り裂きます。「沈黙は金。そんな言葉をご存知ですか?沈黙は金、雄弁は銀。昔の人はうまくいったものですね」と。

タブレット端末を操作してバックスクリーンに映像を投影しながら、客席の「君たち」に向けてプレゼンテーションを始めるGenius lul-lul。彼は2730年の世界にたった1人生き残った最後の人類でありながら、何度も生まれ直して、その時々の人生を記憶に刻みつけている、人類のDNAのような存在です。自分の生きてきたさまざまな時代を「君たち」に断片的に見せながら、これまでの人間の過ちを朗々と語り出します。

クロマニョン人だった頃の話、戦時中の日本の話、アフリカで人身売買業を営む話…紹介されるのは気持ちの良いエピソードばかりではありません。抽象的で哲学的なセリフの真意を考え続けた、疾走感のある80分。客席に投げかけられる問題提起の勢いと量の多さに、途中で苦しくなることもありました。心の救いとなったのは、軽妙に嫌味たっぷりに喋り続ける、「高橋一生の曲者芝居」。淀みない台詞回しと予測のつかない体の動きで演技の魅力をたっぷり魅せてくれました。また、コンテンポラリーダンスで舞台上を抽象的な世界に変える、橋本ロマンスさんのなめらかな動きもいいアクセントになっていました。

白い箱が示す創造と破壊の歴史

舞台上のセットは積み上げられた無数の白い箱。50cm四方くらいの白い箱が、一人芝居の空間を埋めるアイテムとして効果的に使われていました。高橋さん、橋本さんの2人が白い箱を塔のように積み上げては壊し、シーンに合わせて造形を変えていきます。

「コレ」と呼ばれる白い箱は、人間が作り出すものの象徴になっていたようです。高橋さんがクロマニョン人に扮している時には、白い箱に焚き火の映像が投影され、人類が類人猿から分岐するきっかけとなった「火」を表していました。しかし、その他のシーンでは「コレ」が示すものは最後まで明言されません。「言葉」なのか、「規則」や「倫理観」なのか。解釈は色々あるのでしょうが、創造されては破壊される「コレ」の存在のもろさを感じさせられました。

繰り返されるキーワード「沈黙は金」と「肉の海」

『2020』はたくさんの「これってどうなの?」を舞台上にひっくり返して、整理できない混沌の中から観客の心に引っかかったひとかけらを持ち帰る、そんな舞台でした。だから、さまざまな解釈があって良いと確信する作品ではありますが、何度も繰り返された「沈黙は金」と「肉の海」というキーワードについて、筆者なりの受け止めを書き記したいと思います。

「沈黙は金」とは言葉どおり日和見主義で集団の総意に従うこと。本心では賛同していなくても、長い物に巻かれた方が首尾よく進むことはありますし、何より、自分が矢面に立たされずに済みます。少なくとも私自身にはそんな経験に覚えがありますし、黙って従うことは場合によっては集団生活を送るうえでのある種のスキルだと感じることさえあります。

けれど、その結果、不合理な決断に至ることもあるわけで。作中では、太平洋戦争中に特攻作戦を発案した大田正一のエピソードや、すべての物質を一瞬で金に変える錬金術と引き換えに人類殲滅の道を選んだ未来世界のエピソードに、人間の集団浅慮の愚かさが象徴されていました。

そしてその愚かさは芝居の世界とひとつづきの今の世の中にも思い当たります。2020年から急速に統制が敷かれた世界で、「正しい」と思うことを信じ、実行する。すると必然的に「間違い」も現れる。「正しい」側に居たいから、SNSで自分と同じような考えの人を探し、自分は集団の中にいるのだという安心感を得る。その状況では、君たちは人間ではない。考えることをやめ、沈黙を続ける「肉の海」に過ぎないのだ。あなたたちは愚かさを抱いて生きているのだけれど、その自覚はありますか?Genius lul-lulにそう問いかけられたように感じ、劇場を後にしました。

Sasha

あの言葉はどういう意味だったのか、あのエピソードが示すものはなんだったのか、と観た人同士で議論したくなる、難解な作品でした。