現在全国で上映中のミュージカル映画『イン・ザ・ハイツ』。こちらの記事でもご紹介したとおり、猛暑を吹き飛ばすようなパワーに溢れたラテン系ミュージカルです。様々な名作ミュージカルや有名楽曲のオマージュが散りばめられているのも本作の魅力のひとつ。先人たちへの敬意に溢れた仕掛けの数々をご紹介します。※以下、楽曲や演出に関するネタバレを含みます。未見の方はご注意ください。

1. 移民魂を引き継いだ『ウェスト・サイド物語』(1957年初演)

オープニングナンバー“In The Heights”からオマージュは始まります。ウスナビが歌い出す前に流れる冒頭のリズムに耳をすませると、ミュージカル『ウェスト・サイド物語』の代表曲である “America”のイントロ部分と同じフレーズであることが分かります。

『ウェスト・サイド物語』と言えば、『イン・ザ・ハイツ』と同じくアメリカに暮らす移民を描いたミュージカルとして、並べて比較されることも多い作品。特に“America”は登場人物たちが祖国プエルトリコとアメリカを比較しながらもラテン音楽のリズムに乗って歌い踊るという点で、本作と非常に近しい雰囲気をまとった楽曲です。

この開始5秒のオマージュは、1957年初演の『ウェスト・サイド物語』から数十年の時を経て『イン・ザ・ハイツ』が移民の物語を引き継いだのだな…と胸が熱くなる瞬間です。

2. 『A列車で行こう』(1941年)のサンプリング

同じくオープニングナンバーの”In The Heights”開始1分30秒ほどのところで、観光客に道を聞かれたウスナビは”Well, you must take the A train” (「A列車に乗るんだよ」)とカメラにウィンクしながら答えます。このとき、後ろに流れるメロディはジャズの名曲『A列車で行こう』。

A列車とはニューヨークの電車系統の一つです。元々は「A列車に乗ればジャズの聖地ハーレムに着くよ」という趣旨の楽曲ですが、ここではハーレムのさらに北に位置するワシントン・ハイツ地区への行き方としてA列車が登場しています。

3. 『ハミルトン』(2015年初演)の小ネタが満載

ニーナの父親がスタンフォード大学に電話をかけるシーンで流れる保留音のメロディは、ミュージカル『ハミルトン』の”You’ll Be Back”。「お前はいつか戻ってくるぞ」と歌うコメディタッチの楽曲です。ニーナが退学したスタンフォード大学から流れる”You’ll Be Back”は、物語の結末を暗示する洒落た演出ですね。

ちなみに、主人公ウスナビを演じたアンソニー・ラモスは『ハミルトン』にも出演しています。また、ピラグアおじさんを演じたリン=マニュエル・ミランダは舞台版『イン・ザ・ハイツ』と『ハミルトン』両方の初代主演を担いました。ピラグアおじさんのライバル、ソフトクリームおじさんを演じたクリストファー・ジャクソンも両作品への出演で知られています。クレジットの最後に流れるあのシーンは、舞台ファンへのちょっとしたサービスだったのです。

4. バスビー・バークレーの振付

「もし宝くじが当たったら?」とそれぞれの夢を語り合う楽曲“96,000”は本作で最も盛り上がるダンスナンバーです。プールを真上から映すカットでは、大勢のダンサーが円陣を組み交差することで万華鏡のような美しい模様が浮かび上がります。

これは1930年代に活躍した振付師、バスビー・バークレーが打ち立てた「バークレー・ショット」と呼ばれる手法。大勢のダンサーに陣形を組ませ、真上から撮影することで完成するダンスシーンは、当時まだ新しかったミュージカル“映画”ならではの画期的な発想でした。バークレーの代表作は1933年公開の『四十二番街』。現代でも愛され続ける古典ミュージカルの一つです。

5. 背景に点灯夫が!『メリー・ポピンズ・リターンズ』(2018年公開)

アブエラの最期の走馬灯として流れる楽曲 “Paciencia y Fe”。幼少期の記憶から蘇ったキューバの労働者たちがニューヨークの地下鉄風景と重なり踊ります。

その中のワンショットでは、アブエラの後ろでガス灯に捕まる男性ダンサーたちのシルエットが並んでいる様子が見て取れます。数秒間にも満たないカットですが、『メリー・ポピンズ・リターンズ』に登場する点灯夫たちのダンスナンバー“Trip A Little Light Fantastic”を彷彿とさせる場面です。『イン・ザ・ハイツ』の原作者であるリン=マニュエル・ミランダは同作で点灯夫ジャックを演じており、あながち偶然でもなさそうです。

6. 重力を超越したダンス『恋愛準決勝戦』(1951年)

ニーナとベニーが遠距離恋愛を目前にして切なくも甘く歌い合う”When The Sun Goes Down”。夕日に照らされながら、重力に抗うようにアパートの外壁で踊る二人の姿が印象的でした。

この場面はミュージカル映画黄金期の名作、『恋愛準決勝戦』のオマージュとなっています。作中の”You’re All The World To Me”という楽曲では、主人公がラブソングを歌いながら床や壁、天井まで使って自由自在に踊ります。回転するセットで撮影された場面は当時大きな話題となりました。『イン・ザ・ハイツ』でも、角度の変わるセットに合わせてカメラが回転することで一連の動きが撮影されています。

Akane

とにかくハッピーな気分になるだけでなく、様々なミュージカルを彷彿とさせる場面が満載で、何度でも見返したくなる作品でした。名作たちのレガシーを脈々と受け継ぐ姿勢は、主人公ウスナビの祖国に対する思いとも重なりますね。