東京の劇場の今を伝える、劇場支配人が語る【TOKYO MY THEATER】第3回は、昨年12月1日にグランドオープンしたばかりの恵比寿「シアター・アルファ東京」のオーナー、飛野悟志さんが登場。「Audience」編集長が山手線の車内から外を眺めていて、気になっていた劇場を訪れました。
劇場は恵比寿の超一等地。「こういう場所は、生半可で劇場を作ってはいけない場所」
JR恵比寿駅から歩いて2分、夜、電車内から見ると、とても目立つきれいなライティング。編集長ならずとも「何をやっている場所なんだろう」と思うのが、出来たてほやほやのシアター・アルファ東京です。オーナーと書かれた名刺をいただいた飛野悟志さんは、舞台・映像製作プロダクション「有限会社ファイナル・バロック」の代表で、役者・演出家としても活躍されています。
――エンタメ界全体がコロナで苦しめられているときに、なぜ恵比寿に劇場を作ろうと思ったのでしょうか?
飛野悟志(以下、飛野) 劇場のあるビルはイーストギャラリーといって、建築家の故・鈴木エドワードさんが設計したことでも有名な個性的なビルですが、このビルオーナーとは二十数年のお付き合いがあります。演劇界では知る人ぞ知る場所で、かつて大人気だった遊園地再生事業団やロマンチカなど5団体に協力いただき1週間ずつ公演を打つ「演劇の極東」というフェスティバルを90年代にやらせていただいたことが、ビルオーナーとの出会いでした。
――飛野さんがフェスティバルの主催者だったんですか。
飛野 そうですね。主催ではありますが、元々は実現できなかった劇場のオープニングフェスティバルの代わりの会場として、このビルのオーナーと交渉して、なんとか実現にこぎつけました。その頃からビルオーナーには、「いつか自分で劇場をやりたい」と話をしていましたが、昨年2月に突然電話がかかってきて、「飛野さん、この場所で劇場をやってみないか」と。
――去年の2月といえば、緊急事態宣言中で大変な時期でしたよね。
飛野 それもありますし、こんな恵比寿の超一等地で、家賃などを想像してみたら、こういう場所は生半可で劇場を作ってはいけない場所なんです(笑)。一応収支を計算してみて、オーナーに「無理です」と返答したんですが、最終的には「お金のことはひとまず置いておいて」という言葉に背中を押されました。
――劇場がある地下は、以前は何だったのですか?
飛野 地下はモダンな設計のパーティー会場でした。会場の中央がプールのようにくぼんでいて、劇場にする工事が始まったとき、建築関係者からは「埋めた方がいい」と言われましたが、上手に活かせば劇場の見やすさに繋がるし、演出にも使えると思って、センター席がくぼんで、サイド席が高いユニークな劇場空間になりました。
長年の夢、東京に「キャパ200席の劇場」を作りたかった
――よく決断されましたね。
飛野 コロナ禍で公演が突然休止になっていく劇団を見て、「何かできないか」と思ったことと、昔から東京にキャパ200席の劇場があればと思っていたので、今、劇場を作ったら喜ばれるんじゃないかと思いました。
――周りの反応はいかがでしたか。
飛野 「それは無謀すぎる」「責任が取れるのか」と言われましたね(笑)。
――それでも飛野さんが決断された理由は?
飛野 公演を打たなければ潰れてしまう組織もあるからです。キャパに関しては自分もいろんな舞台に立ってきましたが、キャパ100席程度だと寂しくて、東京芸術劇場小ホール(シアターイースト・シアターウエスト)のようなキャパ300席の劇場は民間が作るのは厳しい。キャパ200席だと、たとえば1週間7ステージ、合計1400人の観客動員なので、なんとか劇団が頑張れる動員数だと肌で感じていました。そういう「ちょうどいい劇場」を作りたかった。
――なるほど。2月に決断して、12月にグランドオープンというのは大変でしたね。
飛野 自分は凝り性なので、壁材や床材、照明や椅子のデザインなどやらせてもらったんですが、半年あればできると思っていたら、「2年かかるよ」と言われて(笑)、約半年間、3日に一度しか家に帰れない生活を送っていました。
――どうして飛野さんが家に帰れなかったのでしょう?
飛野 劇場を作るのに、全部で20社ほどが関わりましたが、業者が入る時間が全部違うんですね。それらすべての業者の作業時間に付き合っていたら帰る時間が無くなってしまったんです。それで職人さんたちに頑張ってもらって9月にオープンする予定でしたが、東京オリンピック後にコロナのピークを迎えてしまって、12月のグランドオープンになりました。
役者の目、演出家の目から見た、シアター・アルファ東京
――初めて劇場に入りましたが、とても舞台が見やすくて、椅子も良くて、「最新の劇場」だなと思います。飛野さんはオーナーですが、“役者の目”からこの劇場を見ていかがですか。
飛野 自分が作って言うのも照れますが、役者の目で見て一番は「楽屋」です。
――楽屋ですか!?
飛野 楽屋って、当たり前なんですが、つまらないんですよ(笑)。僕にはつまらない場所だし、テンションが上がらない。役者なので、舞台袖に立って、舞台に飛び込むのが仕事なんですが、「待ちの時間にテンションを上げられる楽屋はないのか」とずっと思っていました。それをシアター・アルファ東京で作ったら、役者には「最高だね!」とウケています。演出家や舞台監督からは、「違うところにお金をかければ」と言われますが(笑)。
――飛野さんの“演出家としての目”から劇場を見ると?
飛野 舞台は、ホールに近いサイズを取りたかったので6間の間口があります。プロセニアム・アーチ(舞台を額縁のように切り取る構造物)や緞帳もあり、壁面のモニターなども演出で使えると思いますね。合格点だと思います。
――飛野さんの長年の夢が叶った場所は、これからの演劇人の夢が叶う場所になるんですね。素晴らしいです。
後編に続く
シアター・アルファ東京
渋谷区東3-24-7
https://www.alpha-tk.com/
【直近の公演情報】
劇団シアターザロケッツ「恋はカットがかかるまで」
脚本・演出:荒木 太朗(シアターザロケッツ)
【公演日時】
3月16日(水)19:00
3月17日(木)14:00/19:00
3月18日(金)19:00
3月19日(土)14:00/18:30
3月20日(日)14:00/18:30
3月21日(月)12:00/16:00
【キャスト】
八島諒・大森美優(AKB48)・佐藤弘樹・松田彩希
福原英樹・渋木美沙・水野奈月・小川友暉
水谷柚美・林里容・棚橋幸代・すずきつかさ
井上貴々・だんしんぐ由衣・根魏山リョージ
十二月一日絵梨・折田ジューン(以上、劇団シアターザロケッツ)
飛野さんと取材のやりとりをしていたメールに、新しい劇場を作ったのは、「演劇への恩返しです。この歳まで芝居を続けて来られた人生はまさに疾風怒濤でしたが、それでもやっぱり幸せでした。ということを伝えたくて」とありました。 劇場を「シアター・アルファ東京」と命名した理由を訊くと、飛野さんの会社が運営している荻窪の「劇的スペース・オメガ東京」が“オメガ”なので、2軒目は“アルファ”と名づけたそうです。キャパ200席の劇場は、コロナ対策も兼ねた最新の空調設備を導入し、隅から隅まで本当にピカピカ。開演前は2階のロビーで寛ぐこともできて、まさに飛野さんが目指した、「都心の駅近にある手頃な劇場」を体感しました。