来月8日に開幕が迫る『てなもんや三文オペラ』をよりお楽しみいただけるように、原作の『三文オペラ』、そして原作者のブレヒトとは演劇界においてどんな人なのかを解説していきます。

作・演出 鄭義信の世界観全開でおくる。全編関西弁の新しい“三文オペラ”

演出家・劇作家の鄭義信さんが、ブレヒトの『三文オペラ』を、1950年代の大阪を舞台に翻案し、全編関西弁での上演に挑みます。鄭さんは2020年にシアターコクーンで上演された『泣くロミオと怒るジュリエット』でも、場所を関西に移し、関西弁、さらに俳優を全員男性で上演するという新しい試みで好評を博しました。

関西弁での劇作にこだわるのは、言葉に“たおやかさ”と“強さ”どちらも備わっているから。鄭さんは、「関西弁でしか描けない世界がある」と言います。

主演を務めるのは、映画『彼らが本気で編むときは、』や、舞台『ハロルドとモード』など多彩な演技力で幅広く活躍中の生田斗真さん。意外にも、関西弁での演技は、ドラマ・映画を含めても今回が初めてなんだとか!本作は“音楽劇”でもあるので、生田さんの歌声にも注目です。

本作の元になっているのが、ブレヒトの『三文オペラ』。
主人公で盗賊団の首領マックヒースは、乞食の元締めのピーチャムの娘ポリーと結婚。娘の結婚相手を知ったピーチャムと妻のシーリアは、そのことを良く思わず、警視のブラウンを脅し、マックヒースの逮捕を頼みます。
ポリーから逃げるように言われたマックヒースは、元情婦のジェニーのところに逃げ込みますが、ジェニーの裏切りにより逮捕されてしまいます。捕まってしまったマックヒースは絞首刑にかけられると思いきや…という作品。

2022年鄭版は、一人娘ポリーを、一人息子のポールに変更。ポールがマックヒースの恋人であり、結婚するという設定は原作のままに、新たな愛の形を描きます。

そのポールを演じるのは、2018年にイギリスへ演劇留学に行き、最近では『ブラッドブラザーズ』で主人公の双子の演技が記憶に新しい、ウエンツ瑛士さんです。
生田さんとウエンツさんは、NHK教育テレビ番組「天才てれびくん」で幼少期に共演していた仲。本作での共演にあたり、生田さんからウエンツさんに「テレビ戦士パワー見せようぜ!」と連絡したのだとか。時を経て、舞台上で主演とその相手役として共演するとは、感慨深いですね。二人の息のあった芝居に期待が高まります。

https://youtu.be/Oq4uJMX9n_U

時代や場所を越えて重なる強かに生きる逞しい人々の姿

『三文オペラ』は貧困、資本主義社会を批判した音楽劇。19世紀末のロンドンを舞台に、盗賊・乞食・娼婦といった貧困層の人々の、したたかで逞しい様子を描いた作品です。矛盾に満ちた現実の社会を、物語でも矛盾に満ちたまま描くことで、“お金がモノをいう世界”という現代社会の本質が捉えられています。

今回、“彼らのしたたかで逞しい生き様と重なる”と鄭さんは、1950年代の大阪でアパッチ族と呼ばれた人々の物語に書き換えました。舞台はロンドンから、大阪陸軍造兵厰(おおさかりくぐんぞうへいしょう)へ。

太平洋戦争で敗戦するまでは、火砲を中心とした兵器のアジア最大規模の製造工場でした。しかし、終戦直前にアメリカ軍によって爆撃され、廃墟に。戦後は立入禁止区域となっていました。しかし、朝鮮戦争の「朝鮮特需」の影響で、鉄の値段がはねあがると、工場跡地に眠る莫大な屑鉄をねらって、生活に困窮した在日朝鮮人、韓国人たちが集まるようになります。違法に国家財産である鉄屑や金属屑を掘り出し始めた彼らが、アパッチ族と呼ばれた人々です。

鄭さんは国籍が韓国の在日韓国人。2017年に第二次世界大戦下の朝鮮半島での家族と日本兵の物語『すべての四月のために』を上演しており、作品に自身のルーツを反映しています。本作でも、鄭さんならではの視点から日本特有の時代背景を反映し、新たな『三文オペラ』が描かれます。

『三文オペラ』の生みの親 ブレヒトってどんな人?

そもそも『三文オペラ』の原作者・ブレヒトとは、どんな人物なのでしょうか。

ベルトルト・ブレヒトは1919年〜1955年頃に活躍した、ドイツ人の劇作家です。
第二次世界大戦中はデンマークに亡命しながら劇作を行っていました。
彼は、従来の演劇の、俳優が「役になりきる」やり方に疑問を抱き、舞台上での出来事を観客が客観的・批判的に観て、物事の本質に迫ることを促す演劇を作りました。ブレヒトが活動していた頃、演劇は政治との結びつきが強かったことが影響していると思われます。ブレヒトは共産主義者であり、資本主義の社会に対して、強い批判意識を持っていました。

そこで、社会を客観的・批判的に観る方法として、演劇で人々が見慣れたものを見慣れないものとして提示する、「異化効果」という方法を採用しました。
ブレヒトにとっての「現実」とは、資本主義の国家のこと。「異化効果」によって、人々に「現実」は変更可能なものだと思わせることが重要でした。そして、ブレヒトにとっての現実の変更とは、共産主義革命を起こすこと。『三文オペラ』の中でも、資本家(悪)と労働者(善)の対立が描かれており、単純な善悪の問題として終わらせずに、どんでん返しの結末を持ってくることで、冷静に作品を観る目を観客が持つことを求めました。
共産主義革命こそ起こせませんでしたが、ブレヒトが演劇界に与えた影響は大きいものでした。
では、「異化効果」とはどんな方法なのでしょうか。

「異化効果」にはいくつか方法があり、1つ目は俳優の役からの離脱です。俳優が、ナレーターとして物語について話したり、自身の演じる役に対してコメントしたりします。
2つ目は、歌・朗誦です。ミュージカルとは違い、それまでのセリフの流れを断ち切って歌うことで、物語に客観性をもたらします。
3つ目に、記号的な身体。これは、中国の京劇や、日本の歌舞伎や能のように、型の決まっている演技方法をさします。

ブレヒトの演劇論は世界中に影響を与え、日本でも、演出家で劇団俳優座の代表の千田是也さんらがブレヒト研究を行っています。
ブレヒトが『三文オペラ』を執筆した時は、まだ彼の中で「異化」が方法論として確立されていませんでした。しかし、作品中の歌でブレヒトについてキャラクターが歌っていたり、この作品のどんでん返しの結末自体が「異化効果」といえるでしょう。

『てなもんや三文オペラ』は渋谷のPARCO劇場で6月8日(水)〜6月30日(木)まで上演され、その後は、福岡、大阪、新潟、長野を周ります。詳しくはこちら

ミワ

鄭さんの独特な世界観の翻案で、どのように「三文オペラ」の世界が立ち上がるのか、とても興味深いです。古典作品が上演されて、多くの人に知られていくことは重要なことだと感じます。