歌舞伎の超大作「桜姫東文章」をルーマニアの鬼才と呼ばれる演出家シルヴィウ・プルカレーテさんが大胆に演出した舞台『スカーレット・プリンセス』。10月8日(土)に幕を開ける本作のゲネプロリポートをお届けします!(10月7日・東京芸術劇場プレイハウス)

ルーマニア・カブキとして生まれ変わった『スカーレット・プリンセス』

歌舞伎の大傑作にして問題作と言われている、四代目鶴屋南北『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)』を、ルーマニア出身の演出家シルヴィウ・プルカレーテさんが大胆に翻案。スペクタクルに生まれ変わった作品が『スカーレット・プリンセス』です。

歌舞伎のエッセンスや原作のストーリーラインには忠実でありながらも、男女逆転の配役や奇想天外な仕掛けを取り入れるなど、超次元の“カブキ・メタモルフォーゼ”が誕生しました。

写真:田中利幸


ルーマニア語での上演ということで、少し気負って観劇し始めましたが、舞台上部に日本語と英語字幕がついているので安心して観劇できました。ですが、字幕を追っての観劇は少し大変…。原作の鶴屋南北『桜姫東文章』のストーリーを頭に入れておくと、より楽しめるように感じたため、ここに紹介します。

物語は、相思相愛の僧侶・清玄と、稚児の白菊丸が、今生一緒になることはできないと、来世で会えることを信じ、互いの名前を書いた香箱を握りしめて、心中を図るところから始まります。江ノ島の海に白菊丸は勢いよく飛び込むも、清玄は躊躇したため、1人生き残ってしまったのでした…。

それから17年が経ち、高僧となった清玄。ある日寺に、出家を望む「桜姫」という少女が花見にやってきます。桜姫は生まれつき左手が開かないことが理由で縁談が進みません。さらに、強盗・釣鐘権助に家宝が盗まれた挙句、父も弟も殺されたため、出家を望んでいました。

写真:田中利幸

姫は念仏を授かると、途端に左手が開き、<清玄>と名が記された香箱の蓋が落ちます。それを見た清玄は、桜姫こそ、衆道(同性愛)の契りを交わした白菊丸の生まれ変わりだと驚きます。

一方桜姫は、権助という男と再会したことで、出家の決意が失せてしまいます。桜姫は、権助が強盗に入った際に、闇夜の中で犯され、彼との赤ん坊を授かり、忘れられず想い続けていたのです。桜姫と権助は再び愛し合いますが、桜姫の元許嫁の悪巧みによってことが露見。権助はそそくさと逃げ、名の刻まれた香箱が残っていたために相手だと思われた清玄は、桜姫と共に破戒堕落の罪で寺から追い出されてしまいます。

写真:田中利幸


「想い人は権助ただ1人」と一途な桜姫は権助についていきますが、非道な権助は桜姫を女郎として売ってしまいます。
一方清玄は、以前は桜姫の世話をしていた2人の局の住まいにたどり着きます。この局たちも不義の罪で追われ、侘しく暮らしているのでした。強欲な2人は清玄が大事そうに持っていた香箱の蓋を金だと思い込み、手に入れるために毒を飲ませます。激しい争いの末、清玄は首を絞められ亡くなってしまうのでした…。

写真:田中利幸


女郎屋に売られた桜姫は、腕の小さな釣鐘が風鈴に見えることと貴族のような言葉使いをすることから、“風鈴お姫”と呼ばれ売れっ子に。しかし、毎晩枕元に清玄の幽霊が出るので客が遠いてしまい、権助の元へ帰されます。桜姫が幽霊に向かって悪態をつくと、驚くべきことに「権助は清玄の実の弟で信夫の惣太(しのぶのそうた)という非道な盗賊だ」と告げられます。真実を確かめようと、帰宅した権助にそれとなく問い詰めると、酔いのせいもあり、真実を口走る権助。桜姫は権助こそが自分の父と弟を殺した敵だと知るのです。

写真:田中利幸


桜姫は、権助が寝ている隙に家宝を取り返し、「敵との間にできた我が子は敵」と泣きながら赤子に手をかけます。そして、桜姫は見事権助を討ち取り、家の再興に奮起するのでした。

ドレスやスーツ、セグウェイも登場?!歌舞伎のエッセンスを取り入れつつ、独自の変化に注目!

男性俳優が女性を演じるのは、歌舞伎の女形の発想と同じですが、同時に女性俳優が男性を演じているのが本作の特徴。スカーレット・プリンセス(桜姫)をラドゥ・スタンカ国立劇場のホープであるユスティニアン・トゥルクさんが演じており、桜姫の前世である男児の白菊丸とも重なるジェンダーを超越した美しさ。

盗賊・釣鐘権助を、同劇場の看板女優であるオフェリア・ポピさんが男装で演じているなど、配役全てが男女逆転で行われています。

写真:田中利幸

ラドゥ・スタンカ劇場支配人でシビウ国際演劇祭ディレクターのコンスタンティン・キリアックさん曰く「上演するにあたって、日本の歌舞伎にはなく、今までにないことをするために、女性が男性役を、男性が女性を演じることが生まれた」とのことでした。

写真:田中利幸


ジェンダーを変えて演じるといっても、その道を何年も極めている歌舞伎の女形や、宝塚の男役とは違って、どこかその完成されていなさが、「違う性別を演じている」ということを誇張しており、観客はそこに面白みを感じるのではないでしょうか。

プルカレーテ組ではお馴染みのドラゴッシュ・ブハジャールさんによる衣装と美術の面白さも。黄金の袈裟や、和紙のような紙の素材でできたドレスや、サラリーマン然としたスーツと、全く新しい衣装でまさに「メタモルフォーゼ・カブキ」が展開されます。

写真:田中利幸

花道や廻り舞台といった歌舞伎に欠かせない装置はもちろん、独特な幕の使い方や舞台上では見えないとされている「黒衣(くろこ)」を呼ぶなど、歌舞伎の技法を使いつつ独自にアレンジしていることが興味深いポイントです。

また、桜姫の華々しい登場シーンでは、桜姫はなんとセグウェイに乗って登場!1幕ラストの清玄と桜姫が罰せられる場面はダンスのような演出。お祭り騒ぎのように盛り上がった後に取り残された清玄と桜姫のシーンは絵画のような美しさがあり、ぜひ劇場で実際に目にして欲しいシーンでした。

そして、音にも工夫が。剣を抜くと、アニメーションの変身シーンさながらの「キランッ」という音が聞こえて来ます。歌舞伎だったら「拍子木」や「ツケ」が鳴るような場面で、木琴が一音だけ鳴っていたり、「鳴物」のラインナップもバイオリンやカホンなどプルカレーテ流。ぜひ舞台上手に位置する演奏者たちにも注目してみてください。

ブハジャールさんが「歌舞伎を再現するのではなく、深く勉強して自分達のものとして発展させていくことを目標にしている」と話していたことの意味がよく理解できる舞台でした。

舞台『スカーレットプリンセス』は10月8日(土)~11日(火)(10日休演日)東京芸術劇場プレイハウスで上演されます。公式HPはこちら

ミワ

あまり歌舞伎に詳しくない私でも充分に楽しむことができましたが、歌舞伎に造詣が深い方ならより変化を楽しめると思いました。ルーマニア語での上演ですが、言語が解らずとも、舞台上で起こっていることだけでこれだけ伝わることが多くあるのかと目から鱗の貴重な体験でした。