10月27日(木)〜30日 (日)北千住BUoYで上演する、エリア51の音楽演劇『ま、いっか煙になって今夜』。バンドとダンスで進行していく、音楽ライブとも、演劇作品とも捉えられるライブパフォーマンス作品です。

エリア51は、“舞台芸術・映像・音楽をはじめ、ジャンルを問わない表現者の集合体”。社会問題を芸術分野で解決する方法を模索し、活動の中で出会った人々と相互に作用しながら、創造のエリアを拡げていくことを目標に、2019年に誕生しました。
近年は積極的にコンクールで作品を発表し、2021 『胎内』演劇人コンクール2021 奨励賞、2022 『ハウス』かながわ短編演劇アワード2022 観客賞、2022 『てつたう』第12回せんがわ劇場演劇コンクール 劇作家賞(神保治暉さん)など受賞歴も。

今回は、エリア51主宰で、『ま、いっか煙になって今夜』では作・演出・楽曲制作を務め、ギターボーカルとしても出演する神保治暉さんにお話を伺いました。

今の世の中で、肩の力を抜いて作れるものが「ポップス音楽」だった

写真:山本春花

−『ま、いっか煙になって今夜』は、「世の中が大変すぎる」という神保さんの実感から“まったりと場に佇む”ような作品の創作が始まったと伺いました。その実感は、昨今の情勢から受けたものなのでしょうか?

神保「コロナ禍のことが蓄積としてありながら、一番ショックとして大きかったのは、ロシアとウクライナの戦争が始まったこと。東京で生活していて、表現活動をして良い理由が分からなくなってしまったことがあって……。自分が作品を続けるというシンプルなことでさえ、大変な時代になってきたなと感じるようになりました」

−その実感から、本作の音楽ライブとも演劇作品とも取れるシームレスな作品への創作に至った経緯について教えてください。

神保「本作の形態に至ったのには色々なルートがあるんですが、1つはポップスを作るということへの抵抗がなくなったこと。2つ目は、コンクールに去年の秋頃から立て続けに出させてもらっている中で、グランプリや優秀賞を狙って作品を作る、ある意味テストを受け続けるようなプレッシャーが結構続いたことで、演劇を作るということに対して、かなり疲労感がありました。
「頑張って作るぞ!」という肩の力を自分でどうやって抜けるかを考えた時に、「音楽なら自由に作れそう」と思いました。僕は、普段自分の劇中で使う音楽を、パソコンの打ち込みで作って使っているのですが、音楽を作っている時って難しいことを考えずに感覚で楽しく作ることが出来ているなぁということを、ふと思い出したんです」

−ポップスを作ることに抵抗がなくなったきっかけは何だったのでしょうか?

神保「演劇プロジェクト「円盤に乗る派」の舞台を観に行った時に、凄くポップだなと思ったんです。嵐などのアイドルが作っている上質なJ-POPの音楽を2時間に引き延ばしたような感覚を受けて。それが凄く楽しかったし、居心地が良かった感じがしたので、そういった世界観を目指してみたいなと感じるようになりました。
あと、8月に『かつてのJ』という作品を上演したのですが、そこでジャニーズの歴史を調べていくうちに、「こういう想いがあったんだ」とか「こういう風に日本の芸能史が動いていたんだ」と知って、ポップスへの解像度が上がったことがあります」

写真:山本春花

−その様な経緯で作られた今回の楽曲の中で、特に注目して欲しい楽曲はありますか?

神保「全部に思い入れがあるから難しいですね……2曲選んでも良いですか?
1曲目は、別れを惜しむと書いて「惜別」という、別れの曲です。作品自体も全体的に“別れ”っていうものをどうやって乗り越えていこうかというテーマがあり、「惜別」はそのリード曲のような楽曲。
“別れを惜しむ”って凄く豊かな感情だと思うんです。その中に、愛情がある。死とか病とか、コロナで会えないみたいなことで別れが起こった時、そういうものをどうやって乗り越えようとすること、別れ自体を惜しむことはとてもあたたかい感情なのではないだろうか、という想いを込めた曲です。

2曲目は、「UCHI☆KOWASHI」という楽曲。音楽ユニット「ずっと真夜中でいいのに」のような、結構ノリノリの曲です。
この作品を作る時に意識したのが、あらすじにもある「死か革命かを迫られている」という言葉。仰々しい書き方なのですが、日常でもずっとそういう究極の2択の選択を迫られているなという感覚があるんです。
例えば、今政治のことで不満があったとしたらデモに参加するとか、武力的に暴動を起こすということも“革命”の方法ではあります。でも、そうじゃない方法で、どうにかポップに音楽で表現出来ないかなと思い、作った曲が「UCHI☆KOWASHI」です。
江戸時代に苦しい生活をしていた町人たちが米騒動や打ち壊しをしていたことは、今思うと割とファンタジーとしても捉えられるかなと。そんな風に想いを馳せることが出来たら、今現在における“革命”についても、ちょっとポップに考えられたりするのかなという試みがある楽曲です」

日本庭園の借景をヒントに、元銭湯という独特な劇場空間を活かす

写真:山本春花

−本作は、音楽ライブと演劇作品のどちらの側面も持ち合わせていると思います。神保さんは、ライブと演劇の違いについてどのように考えていますか?

神保「僕はライブと演劇が、そんなにかけ離れていないように感じています。混ざり合っている部分があるなというイメージです。ただ、演劇を作るとなると、意識的に何か正解があるようなハードルを感じながら作ってしまうところが自分にあったんだなということに今回気付きました。
ライブでは、より正解のない感じが増すというか、自由度が上がる感じです。メンバーと一緒に音楽を作っていると、「ここ、こっちの方が気持ち良くない?」とか「この音要らなくない?」と、皆で自由に気持ち良い音や空間を探っている感じがしています。

一応台本はありますが、皆あまり気にせずに音作りをしていて、そのスタイルがいいなと思っているんです。テキストは「ここにこう書いてあるから、こうしなきゃ」という集団意識が芽生えてしまうことが多いもので、ある意味暴力性があるものだと思うのですが、今回は全く感じていません。むしろ、台本には色々書いているけれど、皆が自由に解釈したものが全然違う方向から返ってきて、ト書を消すことすらあります。
普段の稽古はテキストをどう読むかなど、台本に書いてあることに表現を寄せる方法を探る稽古が多いのですが、台詞ではなく歌詞として捉えると「歌いにくいなら変えてしまえば?」という感じで柔軟に変えられるということがあって、面白かったです」

写真:山本春花

−稽古もいつもとはだいぶ形態が違ったのでしょうか?

神保「今回は稽古というよりも、音楽作りをずっとしていたという感覚です。打楽器奏者の中野は、音楽畑で現代音楽をがっつりやっているメンバー。会社員をしながらベースを担当するメンバーもいたりと、普段の演劇の公演とは異なる環境のメンバーが多いんです。
デモ音源を僕と(ボーカルの)鈴木で作ってデータで送付し、その他のメンバーが自由に解釈し、一緒に音楽作りをしていく。そういう作業が中心でした」

−エリア51の公演は上演空間の作り方が面白いと思います。今回上演する北千住BUoYは、元銭湯で、湯船などが形としてまだ残っている不思議な空間です。BUoYでの上演を念頭において創作していく上で、意識したことはありますか?

神保「紆余曲折あって形としては変わってきてはいるのですが、構想当初は日本庭園を作ろう、という空間アイデアがありました。
僕は、学生時代に野外劇をやったり、KAMOMEの企画で、古民家やカフェ、原宿のキャットストリート、古着屋、ギャラリーなどの劇場ではない空間でやったりしてきた経験が多い。いわゆるブラックボックスじゃない場所でどうやって世界を立ち上げるかっていうことに、そもそも凄く興味があります。
本作の舞台美術の会議をしている時に、枯山水というキーワードから日本庭園の空間の作り方がBUoYにはまるのではないかと。しかも、BUoYの元銭湯で廃墟の空間をどうやって活かそうか考えることは、日本庭園でいう“借景”(※)に当てはまると思いました。

日本庭園では、自然の風景である山や木も風景として利用しています。今新宿御苑とかを見るとビルも溶け込んでいて、ビルも新宿御苑の風景の一部かもしれないなみたいなことを思ったりする。そういう想像力を膨らませながら、空間作りをしています」

※借景:庭園外の山や樹木などの風景を、庭を形成する背景として利用すること。あるいはその風景。

日常を支えてくれるポップスの存在

−今回神保さんは作・演出を務め、ギターボーカルとして出演されると思います。創作する側と出演する側、今はどちらの方がやりたい気持ちが強いですか?

神保「これが難しくて。多分作りたい気持ちの方が勝ってはいますね。僕に代わる誰かがいてくれるなら、それはそれでいい。自分が作る作品に自分で出る場合は、出たほうが色々と成立する時なので、本当は誰かにお任せしたいという気持ちが強いです。

ただ、最近は、8月に一人芝居『かつてのJ』を上演したこともあり、身一つで表現が出来ることは本当に凄いな、素晴らしいなと思っています。
これからコロナがいつ回復するかとかも分からないし、文化芸術に対しての目線の厳しさを考えると、(上演の)規模感をどう設定するかというのは、どんどん難しくなってくるなっていう気がしています。なので、それこそ一人芝居などを気軽にトライ出来るような芸を身につけなければなという意識が最近芽生えつつあって……。そういう意味でも、ギターを弾けたり、歌を歌えたりというのが演出をしながら出来るようになっていきたいと思っています」

写真:山本春花

−最後に。演劇メディアAudienceでは、「生きてて、よかった。そう思える瞬間が、演劇にはある」をコンセプトにしています。神保さんは、「生きててよかった」と思えるものとの出会いはありますか?

神保「すぐに思い浮かんだのは、ミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』。冒頭のシーンとラストシーンが特に好きで、印象に残っています。

あと最近感じるのはポップス音楽に日々支えられているなということ。僕は凄く「東京事変」が好きなのですが、今回は東京事変のライブ映像を参考にしながら演出を考えたりしました。
K-POPとかアイドルの曲も最近はよく聴いてます。生きてて良かったほどの衝撃的なことはないけれど、日常を繰り返せる感じが良いなと思いますね」

写真:山本春花

エリア51の音楽演劇『ま、いっか煙になって今夜』は10月27日(木)〜30日 (日)北千住BUoYで上演です。詳しくは公式HPをご覧ください。

ミワ

神保さんの持つ言葉や知識の多さ、そして誠実な人柄が垣間見えたインタビュー。枠に囚われない演劇作品を作り出すエリア51は、今後小劇場界を牽引していく存在になっていくのではないでしょうか。